第百十三話

 かつて黒衣の者だった異形は、砕かれた頭蓋骨から無数の触手を表出させ、俺達を威嚇するように攻撃的に激しく動き回らせた。

 そんな異形から俺達は距離を取って、じりじりと間合いを詰めていく。


「だが、奴はどうのようにして、ああなった? それを突き止めなくては、俺達も二の舞になりかねないぞ」


「ええ、知っておかねばなりませんねぇ。それを確かめるためにも、まずは私が一人で仕掛けましょう。貴方達は少し離れていてください」


 そう言うとマクシムスはザッと地を力強く踏みしめ、一瞬にして距離を縮めると、異形の喉元を手甲の刃で素早く斬り裂いた。

 傷口から鮮血が迸るが、それでも異形は意に介すことなく手にした短剣を用いて、マクシムスに躍りかかった。


「むっ、身体能力は以前より増しているようですねぇ。そして習得した技能もそのまま。ですが、しかし……」


 マクシムスは目にも止まらぬ速さで、異形の攻撃を巧みに回避し、突き貫き、斬り裂いて、着実にダメージを与えていった。

 小技ばかりを繰り出して応酬しているのは、異形の体内の虫が如何にして人に寄生して操るのかを、見極めるためだろう。

 と、その時……着実に弱っていた異形は体の中からボコボコと膨らんで、腹が割れたかと思うと、周囲の空気中に、胞子のようなものを撒き散らかした。

 それをマクシムスは咄嗟に口元を手で押さえ、吸い込むまいとする。


「……なるほど、これが人への寄生の方法ですか。それさえ分かったなら、後は対策を立てるだけ。小手調べは終わりです。この胞子は宿主である貴方ごと、私が焼却してしまいましょう」


 マクシムスは両手から展開させた黒炎を、手を合わせることでまとめ上げ、圧縮した黒き竜のごとき炎を、両掌を前方に突き出して、異形の体へと放った。


「ぐぶぁあ……がぁああああ……っ!!!」


 断末魔の叫びを上げながら、異形はあっという間に黒炎の竜に飲み込まれ、その肉体はぼろぼろと炭となって、崩れ落ちていった。

 だが、これで一先ずは一件落着と言うことにはならなかった。

 なぜならこれを皮切りに新たな気配が、俺達に近づいてきていたからである。


「おい、気を付けろ! 新手の敵が接近してきている! 全部で二十二体だ。今、ここへ全速力で駆けて向かってきているぞ!」


 俺が警告を飛ばすと、その場の全員が円陣を組んで周囲からの敵に備える。

 そしてようやく姿を見せた敵の外見を見て、俺達は驚愕に目を見開いた。

 現れたのはアールダン王国の兵装をした、兵士達の成れの果てだったからだ。


「さっきの異形と同様か……! こいつらもあの虫に寄生されている。恐らくさっきの絶叫で、仲間を呼んだのだろうな。だとしたら、こいつらは他の個体とコミュニケーションをとって、緻密な社会を構築する、真社会性生物と言うことか」


「ええ、厄介ですねぇ。次々と寄生を繰り返し、仲間を増やしていく。その性質上、味方の数が多ければ多いほど、被害は拡大すると言うことです。ガイラン国王らの騎士団と黒騎士隊は今、どういう状況になっているか……想像するだけでも、ぞっとしますよ」


 そして異形達が俺達に襲い掛かってきた所で、俺達も飛び出していった。

 俺はルーンアックスで異形を両断し、マクシムスは黒炎を放ち、ラグウェルは黒竜に変身して青白い灼熱のブレスで応戦する。


「人の姿をしてる相手を焼き殺すなんて、心が痛むけど仕方ないよね。だって、殺気を全開にして僕らを襲ってくるんだから!」


「ああ、容赦はする必要がないぞ、ラグウェル。躊躇していれば、俺達も奴らの仲間入りだからな!」


 戦っていく内に分かってきたが、奴らに対し有効打となるのは、ラグウェルの灼熱のブレスやマクシムスの黒炎と言った、燃やし尽くす攻撃手段らしい。

 ならばと、俺も昔取った杵柄である、光速分断波・鳳凰烈覇を発動させた。

 俺の全身から蒸気が噴出し、更に右腕のみに気を集中させる。


「……前最高奥義『光速分断波・無頼閃』だ! とくと味わえ!」


 青白い大炎が異形達を飲み込んでいき、燃え盛る炎で周辺に積もった雪は瞬く間に溶けていき、大地は轟々と燃え上がった。


「これで撃破数十六体、残る異形は六体か! 最後まで気を抜くなよ!」


 俺に言われるまでもなく、マクシムスら傭兵団は冷静沈着に、次々と確実にかつてアールダン王国兵士だった異形の者達の息の根を止めていった。

 それでも奴らは絶命と同時に胞子を巻き散らして、仲間を増やそうとするが、その手段が明らかとなっている以上、下手を打つ者はいなかった。

 そして最後の一体となった異形を仕留めるため、俺はルーンアックスでその首を目掛けて、力任せにぶった斬った。

 その断末魔の際にも、やはり胞子が血液と一緒に撒き散らかされたものの、この撃破によりこの場に現れた、すべての異形達を倒すことに成功した。


「よし、これでようやく全員を仕留め終わったようだな。念のため、生存者を確認しておきたい。今、生き残っている者は何人だ? また寄生された者はいないな?」


 俺が点呼を取ると、その場に立つ者が名乗りを上げ、俺とラグウェルとマクシムスの三人、そして黒衣の者十四人の生存が確認された。しかし……。


 ――人数が足りなかった。もう一人いたはずの黒衣の者が。


「おかしいですねぇ。大陸に上陸した際には、部下達は十六人いました。それが先ほど虫の寄生により、一人が絶命。では残る一人は……?」


 俺達が考え込んでいた、その時だった。

 突如、黒衣の者の一人の首が宙を舞ったのである。赤い鮮血と共に。

 その一瞬のことに多くの者が反応に遅れる中、咄嗟に対応が出来たのは、たった二人だけ……俺とマクシムスだけだった。


「そこですか!」


 敵はまたしても、味方の中にいた。

 いつの間にか寄生されていたのだろう、黒衣の者の首があった場所から、無数の触手が表出し、手近にいた者達に攻撃を仕掛けていたのだ。

 が、一瞬早くマクシムスの掌から硬質化した骨が射出され、その異形の体を突き飛ばしたが……それだけでは終わらなかった。

 なぜなら、最悪の事態はこの後にこそ、待っていたからである。

 どこにも見当たらなかった、もう一人が……どこに隠れていたのかを……俺達全員が気付いた時には、もう手遅れだったのだ。


「ふひぁへぁああ、はははぁあはははっ……!!」


 遥か上空から落下してきた黒衣の者は、狂気を感じさせる笑い声と共に、地面との衝突の衝撃で体を破裂させ、胞子をばら撒きながら、息絶えたのだ。

 そしてそれを不運にも吸い込んだ、黒衣の者達数人は体内で胞子が発芽し、口からこれまでの個体と同じく、触手を表出させて、瞬く間に異形と化した。


「っ!? な、何ということだ。まだこの大陸に来て数時間足らず……。だと言うのに、それがもうここまで被害を出してしまったとは……。これは俺の失態だ、お前の部下を……すまない、マクシムス」


「謝らないでください。彼らも覚悟の上で、この地へ足を運んだのです。だから貴方が責任を感じる必要はありませんよ、アラケアさん。しかし今後の行軍に関しては、戦闘が終わった後で改めて考え直しましょう。この北の大陸について、新たに分かった事実もあった訳ですからねぇ」


「ああ……」


 俺は犠牲者を悼みつつも、これ以上の被害拡大を何としても防ぐべく、ルーンアックスを握り締め、再び戦闘を続行させた。

 しかしこの大陸の脅威は、まだ片鱗に過ぎないと言うことを、誰もが理解しているからこそ、俺達はこれまで以上に慎重に動かざるを得なかった。

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