第百九話

「いい具合に焼けてきたな。もう食べていいぞ、お前達」


 俺がこの場に集まった皆に声をかけると、炭火で焼いた鉄板の上に乗せられた肉や野菜、魚介類をそれぞれが自身の皿に取り分けて、食べ始めた。


「おいし~い! やっぱり外で食べるのは格別だよね。それにしても、あいつらアンデッドの癖に結構、良い物を食べてたんだ」


 ラグウェルが目を輝かせて、牛ばら肉を口一杯に頬張った。

 俺やマクシムス、黒衣の者達もそれに続いて、次々と口に運んでいく。


「奴らは私が作り出すアンデッドと比べても完成度が非常に高く、生者に近かったですからねぇ。それ故に本来は食事をとる必要のないアンデッドでありながら、食事が入用だったのでしょう」


「だが、そのお陰で美味い食事にありつけたのは、感謝しなくてならんな。しかし……それにしても奴らの目的はなんだったのか。如何なる理由で奴らが生み出されたのか、分からずじまいだったな」


 俺はマクシムスの見解を聞こうと視線をそちらに向けて疑問を口にするが、マクシムスは無言のまま、肉を口に運ぶだけであった。

 大よその見当はついていても、まだ確信が持ててないのかもしれない。


「けど僕たちが揃って食事してるなんて、以前は考えられなかったよね。最初の頃は……僕の一方的な恨みでアラケアとは敵対関係だったんだし。ごめんね、アラケア。あの時の僕は……」


 ラグウェルが、しおらしく食事をする手を止めて言った。

 だからそれを見た俺は言ってやった。


「気にするな、今の姿が本来のお前自身なのだろう? 表情から険が取れて、年頃の少年らしくなったお前が見れたのは、俺にとっても喜ばしいことだ。さあ、肉と魚はまだまだ残ってるぞ、どんどん食べてくれ」


 するとラグウェルもおずおずと、再び肉を口に運び始めた。

 そして宴もたけなわとなる中で……俺はふと指にはめた指輪の宝石が、煌々と赤く輝いていることに気付いた。


(何だ、これは……? ノルンから貰った指輪が光を帯びている?)


 そう思った時、俺はこの島に一つの気配が近づきつつあることを、新たに開眼した力によって感じ取った。

 しかもそれは……俺がよく知る人物の。

 俺はすくっと立ち上がり、脇に置いていたルーンアックスを手にした。


「どこかへ行かれるのですか、アラケアさん。その表情を見ると、何事かがあったのですかねぇ?」


「……ああ、旧知の者が俺に会いにやって来たようなんでな。少しばかり席を外す。お前達はこのまま続けていてくれ」


 声をかけてきたマクシムスにそう言い残すと、俺は宴を後にして要塞島の港へと足早に歩を進めていった。

 一歩、足を進める度に俺の体から否応なく、黄金のオーラが漏れ始める。

 なぜなら……これから来る相手と、激闘が行われるのを予感していたからだ。

 あの時と同様に、いや、それ以上の激しい戦いが。


 ――そして……俺はついに気配をすぐ近くに捉えた。


「……かつて倒したはずだが、不思議とお前が死んだ気はしていなかったぞ。やはり生きていたようだな……


 俺が港に到着し、その名を呼ぶと、要塞島の各所に建てられた突塔の最上に設置してある、妖精鉱が照らし出している光の影になっている物陰から一人の男がすうっと静かに姿を現した。


「お久しぶりですなぁ、当主殿。貴方と再びお会いするのが、まさかこのような場所になるとは、あの時は考えてもいませんでしたが、北を目指す航海の中、シャリムに願い出て、私一人残らせて貰ったのです。貴方が我々を追ってくるのは、予想していましたから」


「なるほどな。お前の望みはやはり再戦か? いや、愚問だったな。因縁の俺達が顔を合わせたなら、やることはそれしかないだろう」


 俺は静かにルーンアックスを構えると、目の前のカルギデを見据えた。

 カルギデもまた背負った鬼刃タツムネを手にし、切っ先を俺へと突き付ける。

 だが、その時……俺はふと気づいた。

 奴の指にもまた俺同様に、紅い宝石の指輪がはまっていることに。


「カルギデ、お前。その指輪は……」


「……ん? ああ、この指輪ですか。シャリムから渡されたものですよ。何でも特殊な力を秘めた物だそうですが、今は関係ないでしょう。さあ、待ちに待った因縁の戦いの時です。始めましょうか、当主殿」


 カルギデは両足でダンッと地面を踏みしめると、その姿が掻き消えた。


「っ!? 後ろか!」


 背後から頭上へと振り下ろされる、鬼刃タツムネによる斬撃を、俺は振り返ることなく、ルーンアックスを自身の頭部の真上に持ち上げることで、柄部分で受け止めた。


「さすがは当主殿、戦い慣れてますなぁ! しかしっ……! 次なる攻撃には耐えられますかな!?」


 受け止めていたカルギデの鬼刃タツムネが突如、黒く輝き出した。

 いや、その全身までもが、黒々と漆黒の波動を纏い始めた。


「な、にっ!?」


 俺は咄嗟に前方へと飛び退き、距離を取ってカルギデを振り返った。

 その黒い輝きは、奴のどす黒い意志が溢れかえっているように思えた。

 以前の黒炎と比べても、その光の高まりの強さは比較にならない程だった。


「もしやギア王国の王都を陥落させ、残党となった私達が追い詰められていると思っているのですか? ですが、シャリムは言っていました。北の大陸に分からない貴方達では、辿り着けたとしてもかつてない絶望を知ることになるだろう、と。私達と貴方達との戦いは、まだまだこれからなのですよ、当主殿」


「そうか、その忠告は有り難く受け取っておこう。だが、まるで北の大陸への上陸経験があるかのような口ぶりだな。だとすれば、あの男の正体はやはり……」


 俺は言おうとしていた言葉を中断し、戦いに意識を集中させた。

 夜風に冷えた空気が、互いが放つ殺気により、より一層……冷たさを増していくように感じられる。

 俺達は互いに距離をじりじりと縮めていき、一足一刀の間合いに入った。

 勝負は十秒以内には決着がつくだろう。


「いくぞ、カルギデ」


「いいえ、挑んだのはこの私です、当主殿。ですから、私から先に仕掛けるのが流儀と言うもの!」


 交わしたその言葉が合図だった。

 言葉通りに先に踏み込んだカルギデは、黒い光に包まれた鬼刃タツムネを俺へと振り下ろすと、対した俺はルーンアックスの切っ先を合わせた。

 完全に受け止めたはずだったが、鬼刃タツムネが放つ黒光の波動は、俺を飲み込むかのように、そのまま右腕へと、重く深く食い込んでいた。


「ぐっ! ……やはり腕を上げたな、カルギデっ……!」


 全身を黄金のオーラで纏っていなければ、抉り取られていたかもしれない。

 それほどの一撃だった。だが、右腕の感覚が麻痺しつつある中、俺はルーンアックスを左手を中心にして握り締めると、カルギデへと奥義を……光速分断波・螺旋衝覇を叩き込んだ。


「お、おおおおおおおっ!!!!」


 俺の裂帛の声が周囲にこだまし、黄金色の波動が螺旋を描くように、至近距離のカルギデを飲み込んでいく。

 それをカルギデは鬼刃タツムネを前面に出し、黒い光を全開にして防御を行うが、地面ごと巻き込んで、その体をじりじりと後方へと追いやっていった。


「ぐ、ぬううううっ!! 見事な技ですがっ……だが、しかしっ……!!」


 カルギデが鬼刃タツムネを一閃すると、放たれた光速分断波・螺旋衝覇はその向きが逸らされ、後方へと奴の脇のすぐ横をすり抜けていった。

 しかもカルギデはあろうことか無傷のまま、武器を構え直すと言った。


「……恐るべき奥義です。正直、まだ手が痺れていますよ、当主殿。ですが、安心しました。どうやら貴方には資格があるようですから」


「どういうことだ、カルギデ」


 俺の疑問の言葉にすぐに答えず、カルギデは笑みを浮かべながら、殺気と闘気をも消し去り、手にしていた鬼刃タツムネを背負い直した。


「貴方が北の大陸に上陸するに値する人物か、ですよ。それだけ強さがあれば、そう易々と全滅の憂き目に遭うことはないでしょう。まあ、ライゼルア家の当主たるもの、当然の結果と言えるでしょうが」


「まさか、それを試すために俺の前に現れたと言うのか?」


 カルギデは愉快で仕方がないと言うように微笑むと、しばらくして俺から距離を取って離れた。

 そして踵を返すと、振り返ることなく言った。


「そうとってもらって結構です。獅子のみが生き残る。我々が目指している大陸とは、そういう場所なのですよ。では、またお会いしましょう、当主殿。今度は……北の地にて」


 それだけ言うと、港に向かって遠ざかっていくカルギデに俺は仕掛けようと考えたが、あまりに無防備な背後を見せられて、その気も失せてしまった。


「……どうやら、俺も現状に胡坐をかいている訳にはいかないようだな。まだまだ進まねばならないと言うことか、更に上に……」


 そしてカルギデは港に停泊した小型のボートに乗り込み、黒い霧の闇の中へと消えていったが、俺はそれをただ黙って見送るだけだった。

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