第百八話

「ぐっ……」


 俺は体から力が抜けるのを感じ、思わず片膝を地面につけた。

 そして全身から、震えと寒気が走った。

 どうやら奴らから受けた毒が、とうとう体中に回ってしまったらしい。


「お前は平気なのか、マクシムス。お前の方が先に毒を受けたはずだが?」


 視覚を失ったことに加えて、毒まで貰っては今の俺は戦闘能力が普段より著しく低下しているのは明らかだった。

 だから俺はこの窮地に、敵から襲われることを危惧していた……のだが、俺の言葉にマクシムスが喉を鳴らして笑ったのが聞こえた。


「生憎と私の体は、人の構造から大きく逸脱していますのでねぇ。それより貴方が懸念しているように、戦闘はまだ終わりではないようです。奴らの残存兵力が今、こちらへと向かってきています」


「……やはりそうか。いや、当然の判断だろうな。奴らが待ちに待ったこの好機に、仕掛けてこないはずがない」


 俺は気力を振り絞ると、悪寒の走る体を奮い立たせた。

 そしてルーンアックスを痺れがする両手で、力を込めて握り締める。


「まだ視力は戻らないが、あの雄叫びを聞けば、如何ほどの数がこちらへと押し寄せてきているのか、嫌でも分かるというものだな。まだいけるか、マクシムス?」


「やるしかないでしょう。奴らを殲滅させるのが、あの町の町長からの頼みなのでしょう? まあ、私からすればあのような口約束は、いくらでも反故にしてもいいのですが、貴方はどうあっても守るつもりなのでしょう?」


 言い終えると同時に、マクシムスから気が大きく膨れ上がったのを感じた。

 そしてその全身から強大な熱気が放たれ始め、その力強さは疲労による衰えは微塵も感じさせなかった。


「まったく……お前も大概、化け物だな、マクシムス。よし、では始めるとするか!」


 マクシムスの言葉と気の力強さに、頼もしさを覚えた俺は、僅かに笑みを漏らすと、俺もまた黄金のオーラを纏わせて、ルーンアックスを手に駆けた。

 そして間を置かずに、マクシムスも続いて走り出した。


「いくぞ! ライゼルア家、最高奥義『光速分断波・輝皇閃』!!!」


 放たれた巨大な黄金色の波動は、奴ら略奪者達を容赦なく吹き散らしていく。

 だが、毒で弱体化している今の俺では、全力で放てたとは言い難かった。


「ちっ……常に万全の状態で戦える訳ではないのが、戦闘者の定めとはいえ、全力を出し切れないと言うのも、歯痒いものだな……」


 次々と押し寄せて来る、無数の略奪者達の気配だが、その中で一つ。

 鋭い殺意の気配が俺へと急速に迫っているのを、俺は確かに


「っ!?」


 俺は咄嗟に身を翻して、その攻撃を避けた。

 だが、ここで俺は違和感を感じ取る。

 視力がないにも関わらず、確かに動きが、いや……気配がに。


(……間違いない、今の攻撃はさっきの青年の略奪者が狙撃してきたものだ。あの正確無比の銃撃を今、俺は避けたと言うのか)


 しかしそう考えている間にも、間髪入れず、次なる狙撃がやって来た。

 だが、今度の攻撃も俺には、はっきりと視えていた。

 軌道を変え、再び俺へと弾丸が舞い戻ってきている、その動きの軌跡まで。

 だから俺はこの感覚が何なのか確かめようと、次の瞬間には……。


 ――弾丸を、指で掴み取っていた。


「なるほど、どうやら……錯覚か何かではないようだな」


 考えるより先に、実感していた。俺の中で新たな力が開眼したことを。

 高揚する気持ちを抑え、ならば……と、俺は全速力で略奪者達の群れの間を駆け抜け、青年の略奪者の元へと一直線に走った。


「……いたな。狙撃手らしく、ずいぶん遠方に構えているじゃないか」


 俺の感覚はこの要塞島全体に存在する、あらゆる気配を捉えていた。

 その中から、目的の相手をピンポイントで探ることなど、簡単なことだった。

 地中から俺へと接近しつつある、もう一つの気配でさえも。


「お前は黙って消えていろ、熊面の略奪者」


 足元から伸びた両手を、俺はルーンアックスでぶった斬った。

 更に追撃として奥義、光速分断波・螺旋衝覇を繰り出し、大地を粉砕した。


「ぎぃにゃ……ああぁぁぁあ……っ!!」


 地面ごと抉り取って、原形すら残さずに木っ端微塵にした熊面の略奪者を一瞥すると、俺は更に駆けて、狙撃手である青年の略奪者を目前に捉えた。

 そいつは失った右腕に代わり、右脇に長銃を挟むことで狙いを定めていた。


 ――そして、発砲。その数……二発、三発、四発、五発。


「視えるっ! 気配が! まるで俺がこの空間を支配したかのように!」


 縦横無尽に軌道を変えて飛び回り、死角を狙って襲い来る五発もの銃弾を、俺はすべて見切って手で掴んで、動きを完全に止めてしまった。


「っ!? ぎっ……」


 この結果に動揺する奴の心情すらも、俺には手に取るように感じとれた。

 そしてとうとう青年の略奪者の眼前に立ち、彼を見下ろした俺は言い放った。


「苦戦させられたぞ、お前のその狙撃の腕前にはな。だが、勉強になった。世の中には、このような戦い方をする敵もいると言うことをな」


 そして俺は一呼吸をした後に、力を込めると、ルーンアックスを振るった。

 肉が断ち切れる音と共に、青年の略奪者の首が宙を舞い、胴体が崩れ落ちる。

 と、その直後、背後からよく知っている声がした。


「その男の胸元を調べてください。解毒剤が入っているはずです。彼の内なる声が、そう囁いていましたのでねぇ」


「なるほど。しかし便利なものだな、お前の異能も」


 俺は背後のマクシムスを振り返ることなく、言われたままに青年の略奪者の胸元から液体が入った小瓶を取り出すと、それをぐいっと飲み干した。


「ふう……少しだが楽になったな。本当に解毒剤だったらしい。もうしばらくすれば、完全に効いて体から毒が抜け切るだろう」


「どうやら貴方が倒した二体が略奪者達の中でも、抜けた存在だったようです。見なさい、奴らが退却を始めています。停泊しているガレオン船に乗って、主の元にでも逃げ帰るのでしょうかねぇ」


 その光景を俺も新たに開眼した力によって、確かに視ていた。

 逃がすつもりはないが、このまま泳がせて奴らを作り出した魔女とやらの居場所を突き止めるには、うってつけの機会と思い、俺はただ黙って見ていた。


 ――しかしその時……。


「アラケア、あいつらを追うんでしょ!? せっかくここまで戦ったんだ! 逃がす訳にはいかないよね! 僕ならすぐに飛んで行けるよ!」


 空からラグウェルの声がし、両翼を羽ばたかせ、俺達の頭上を旋回していた。

 どうやらラグウェルは、一目散に逃げ出していく奴らを見て、いてもたってもいられないのか、僅かに気が急いているのが、気配から分かった。


「いや、無理をするな。お前も降りてきて少し休め、ラグウェル。奴らはマクシムスの異能のことは知らない。無事に逃げおおせたと思わせられれば、奴らは自身の創造主である、魔女ベルセリアの元へと戻っていくかもしれないからな」


 俺は逃げていく奴らの後ろ姿を眺めながら、まだ見ぬ魔女に思いを巡らせた。

 そして一呼吸置いて、続けて言った。


「だから……今は待つ。蜥蜴の頭を叩く機会が巡って来る、その時をな」


 俺が言い終えた直後、ラグウェルが大地を揺らす轟音と共に、漆黒の巨躯を降り立たせた。

 そしてその姿をみるみる人間形態へと変化させていく。


「ちぇっ、仕方がないなぁ。まあ、楽しみは後にとっておけってことだね。けど……魔女ベルセリアか、どんな奴なんだろうね」


「さあて、それは会ってみなければ分かりませんよ、ラグウェルさん。奴らがどこに逃げようと私には聞こえるのですから、焦る必要はありません。それより皆さん。今日はこの島で、野営でもしませんかねぇ? 幸い奴らが残していった食料は、ここには存分にあるようですから」


 マクシムスは笑みを浮かべながら略奪者達が建てたと思われる、建物に親指を向けて言うと、空腹を感じていたのであろう、ラグウェルは年相応の子供のように飛び跳ねながら喜んだ。


「ああ、今日は一先ずこの島で一夜を過ごすとするか。準備が出来たら、海上で待機している船の連中も呼んでな」


 そして俺もまた我先にと、ガレオン船に乗り込んでいく奴ら略奪者達から視線を外し、野営を行う準備を進めるべく、建物へと歩を進めたのだった。

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