第百七話

 俺が取った行動……それは捨て身であった。

 防御も回避も捨てて、被弾を覚悟の上で、ただ相手に向かって突き進み、ルーンアックスを振るう。そして駆けた俺は、青年の略奪者を目前に捉えた。


「喰らえッ、奥義『光速分断波・螺旋衝覇』ッ!!」


 黄金のオーラを一点のみに集中させ、螺旋を描くように解き放った究極奥義の簡易版とも言える、それは青年の略奪者を飲み込んでいく……かに見えた。

 だが……突如、真下から俺の足を掴んだ何かにより、放たれた奥義が向かう方向がズレてしまい、青年の略奪者の後方へと通り過ぎていった。


「……な、何だとっ!?」


 突然の出来事にバランスを崩し、転倒しそうになるが、何とか持ち直す。

 咄嗟に足元を見ると、崩れ去った砦の瓦礫の中から二本の手が伸びており、俺の足を掴んでいた。

 そしてそのまま……沼の中に沈むかのように、俺を瓦礫の中へと引きずり込んでいった。


「う、うおおおおおっ!!!」


 俺の叫びが掻き消される程、その手は俺を掴んだまま地中に潜り込んでいく。

 そして砦が立っていた丘の側面から飛び出した俺と、ようやく両手を手放したそいつは落下していく最中、空中で向かい合った。


「何者か知らんが、あの狙撃手と同様に並みの略奪者ではないようだな。いいだろう、ではまずはお前から相手をしよう!」


 俺はルーンアックスで風を受けることで、落下の方向を変える。

 そして丘の傾斜部分を蹴って、その両手足が肥大化し、熊のような黒髪と髭を蓄えた略奪者へと手にしたルーンアックスで斬りかかった。


「オオロロロォォッ!!!」


 刹那、雄叫びを上げたそいつはルーンアックスを両手で挟んで受け止めた。

 しかし構うことなく、俺はそのまま振り抜き、奴は丘の傾斜に激しく叩き付けられた……はずだったが、そうではなかった。

 奴は再び丘の傾斜の中に、ずぶずぶと潜り込んでいったのである。


「っ!? 地中を自在に移動出来ると言う訳か!」


 俺は傾斜の突起物を掴んで、落下の勢いを殺しながら、しばらく滑るように丘を下っていったが、やがて停止すると、すぐさま、頭上を見上げる。

 するとラグウェルが飛翔しながら、こちらへと降下してきていた。


「アラケア、僕の背中に乗って! 僕も助太刀するよ!」


「ああ、恩に着る、ラグウェル」


 俺はラグウェルの背に飛び乗って跨ると、丘の頂上に建造されていた砦跡に向かって、真っ直ぐに空中を飛び進んだ。

 そして丘の頂上を飛び越すと、見渡してみたが、砦跡には地中を移動する熊風の略奪者も、狙撃手である青年の略奪者も、どこにも見当たらなかった。


「……身を隠したか。賢い判断だ。まともに正面からぶつかっても、勝機は低いと判断したのだろうな」


 恐らく自分の土俵に持ち込んで勝負を仕掛けてくるだろうと読んだ俺は、狙撃手から次なる狙撃が来るのを、ラグウェルに跨りながら空中にて待った。


 ――そして、来た!


 俺の死角から飛来した三発の弾丸は、正確無比に俺に被弾する。

 鋭い痛みを感じつつも耐え切った俺は、狙い通り研ぎ澄ませていた耳で、発砲音がした位置を特定し、ラグウェルに指示して、そこへ向かわせた。


「いたな、あそこだ。だが、あの余裕の表情を見ると、向こうもこうなることは、想定済みだったと見ていいだろうな」


 恐らく奴らの狙いは毒による、俺の戦闘続行不能だろうと思われた。

 実際、ライゼルア家当主としての免疫力と、妖精種族の治癒力で常人より進行が遅れてはいるが、すでに手足に痺れる感じが出始めている。


「いくぞ、ラグウェル。罠だろうが、奴の懐に飛び込んで、その首を貰う。このまま奴の元まで向かってくれ!」


「任せて、アラケア!」


 ラグウェルは猛スピードでみるみる内に、青年の略奪者との距離を縮め、とうとう十メートル以内に奴を捉えた。

 俺はその背から勢いをつけたまま飛び降りると、今度こそ必殺の間合いからルーンアックスを振り抜き、青年の略奪者の片腕をぶった斬って両断した。


「終わりだ。今度こそ、その首を刎ねて完全に……っ!」


 続けて追撃を仕掛けようとする俺だが、刹那、不吉な予感が脳裏を過った。

 己の腕と武器を失ったはずだが、それでも尚、青年の略奪者は不敵な笑みを崩してはいなかったからだ。

 そして異国の言語で何か呟いたかと思うと、青年の略奪者は足元の樽のようなものに取り付けられたピンを、残った片手で強く引っ張った。


 ――カッ!!


 一瞬にして視界が真っ白に染まる程の、強い閃光が走った。

 と、同時に光が目に焼き付き、視覚を奪われ、何もかも一切が見えなくなった。

 そしてこの状況を作り出すのが奴の目的だったのだと、それを理解するまで、そう時間はかからなかった。

 だが、そんな状況の中でも……いや、むしろこんな状況に陥ったからこそ、周囲から現れた無数の略奪者の気配が、俺に向かって一斉に襲い掛かってきた。


「……これしきで俺を倒せるなどと思うな!」


 俺は視覚以外の五感を研ぎ澄まし、感じ取った敵の気配にルーンアックスを矢継ぎ早に振るうことで、薙ぎ払っていく。

 しかしその時、上空からラグウェルの声がした。


「アラケア、気を付けて! 地面の下だよ! またあいつが!」


 俺は即座にラグウェルの言葉の意味を理解し、咄嗟に跳躍することで、そいつから逃れようとしたが、僅かに間に合わず、地中から伸びた手に片足を掴まれ、移動を封じられてしまう。

 だが、俺に居場所を教えたも同然のそれは、俺にとって好機に等しかった。


「……奥義『覇王影』!!」


「……ぎっ!?」


 足元で驚きに満ちた、声にならない異国の言語が呟かれた。

 己にとってアドバンテージのある、地中に潜んだ自分が反撃を受けるとは予想すらしていなかったのだろう。巨大なる獣の手のように大きく広がった、

俺の影は地中のそいつごと飲み込んで、喰らっていった。


「ぎあ……ぃああああっ!!」


 手応えはあった。だが、無傷ではなかろうが、完全にその身を破壊する直前で逃れるのを許してしまった。

 地中の気配が、どんどん遠ざかっていく。


「動揺はすれど死を恐れず、交戦の意思を持って向かってくる、マクシムス以外のネクロマンサーが作り出した略奪者どもか……。やはり……頭を叩かねば、こいつらは戦いをやめることはないだろう」


 視覚が回復するまで、まだ時間はかかりそうだと判断した俺はラグウェルを呼び、その背に跨ってマクシムスと合流するべく、地上へと向かった。

 そこではマクシムスが黒炎で焼き払ったのであろう、焦土と化した焼け野原が広がっていた。

 目は見えずとも、残った五感からそれを感じ取ることが出来た。


「……ずいぶん派手にやらかしたものだな、マクシムス」


 ラグウェルが地上に降り立ち、近くにマクシムスの気配を感じた俺は、その背から飛び降りて、目前まで歩み寄った。


「お戻りですか、アラケアさん。おや、その目はどうされたのですかねぇ? もしや今、私の姿が見えてはいないのでしょうか?」


「ああ、不覚を取った代償だが、直に視力は戻るだろう。それより奴らは、あらかた片付いたのか?」


 マクシムスは喉を鳴らして笑いながら、答えた。


「ご覧の通りです……ああ、今は視力がないのでしたね。しかしこんな雑兵をいくら倒しても、頭を倒さない限り、奴らはいくらでも作り出されるでしょう。ですから、頭を叩く必要があります」


「俺と同じ考えか。何とかそいつの居場所は分からないのか、マクシムス?」


 だが、その時……俺の言葉に反応し、マクシムスの内から怒りや憎しみとも言える感情が湧き上がったのを、俺は見逃さなかった。

 いつも不敵な笑みを浮かべている、この男らしかぬ激情だ。


「……そのことなのですが、先ほど私の異能を使って、奴らから声を聞き出し、その正体を知ることが出来ました。これほど完成度の高いアンデッドを大量に作り出し、操れる、この私と同様の存在。いえ、私以上の腕前であろう、そのネクロマンシーの使い手は……」


 マクシムスは少し押し黙る。そしてしばししてから、口を開いた。


「名はベルセリア、そう呼ばれる魔女のようですねぇ」


「魔女……ベルセリア」


 俺はマクシムスから放たれた、俺達が倒すべき、その敵の名を心に刻み込む。

 そして確かな予感があった。俺達の外海を渡る航海は、その魔女によって険しさを一層、増していくことになるであろうことを。

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