第九十四話

「やった……か。だが、こちらも満身創痍な有様だ……勝つには勝ったが、首の皮一枚の勝利と言った所だな」


 俺はルーンアックスを地に立てると、力が抜けるのを感じ、片膝をついた。

 そして溜息を漏らす。


 ――究極奥義、光速分断波・無限螺旋衝。


 最初、俺は射程が短いのをカバーするために、カウンターとして使うことを試みたが、むしろその「後の先」こそが、この奥義の本質だったのだ。

 それを戦いの中で感じ取りはしたが、実戦でやってのけるのは中々の離れ業。

 今回成功したのも、たまたま上手くいっただけに過ぎない。

 狙って使用するには、まだまだ更なる鍛錬が必要なことを実感していた。


「……ヴァイツ! ノルン!」


 全身に力が入らないのを感じるが、俺以外にも負傷していた二人のことを思い出し、俺は思わず二人の名を叫んでいた。

 するとその俺の背後から、聞き覚えのあるシンシアの声が聞こえた。


「心配するな、アラケア殿。あの二人なら無事だ。私が微力ながら妖精種族の固有能力である治癒能力で、応急手当てをしておいたからな」


 振り返ると、そこにはヴァイツとノルンを背に担いだシンシアが、こちらへと歩いて来ていた。

 二人は気を失っている様子だったが、まだ息があるようだった。


「すまない、恩に着る、シンシア殿。聖騎士のミコトとゼルに続いてその二人まで失って、アールダン王国に帰還する訳にはいかないからな」


「気にするな、私はこの場で自分に出来ることをしただけだ。それに貴殿の活躍がなければ、この王国はどうなっていたか分からない。だからむしろ感謝するのはこちらの方だ、アラケア殿」


 敬礼するシンシアだったが、そこへ離れた位置で俺達の戦いを見守っていた、王やバーンやレイリア達もこちらへと飛翔してやって来ると、口々に礼を述べた。


「見事だったぞ、アラケア。余らが倒せなかった魔物ゴルグを、お前は倒したのだ。その功績は功績として、認めねばなるまい。お前が我が国に交戦の意思を持ってやって来たのでないことは、その命がけの行動がすでに示したようなもの。お前の戦いを余は称えたい。礼を言うぞ、アラケア」


 それだけ言うと、王は深く頭を下げた。

 それを見たバーンとレイリアは慌てて止めさせようとしたが、王はしばらく頭を上げることはしなかった。


「貴方の息子のことだが、我がアールダン王国陛下は彼を釈放する意思がある。だが、その条件としてこれから世界に災厄を引き起こしている根源を討伐に向かうべく、海を渡る航海に貴方達も力を貸して欲しいそうだ。恩を着せるようで申し訳ないが、考えて頂けないだろうか」


 そこでようやく王は頭を上げると、真っ直ぐにこちらを見据えて答えた。


「元はと言えば愚息が仕出かした不始末だ。あれは少し甘やかしすぎたかもしれんが、それでも余の子であることには変わりはない。事を荒立てずに釈放してくれると言うなら、要求を呑もう。貴国らの王にそう伝えてくれ」


 王のその言葉にバーンとレイリアも、今度は反対しなかった。

 バーンは腕組みをしながら、レイリアと顔を見合わせて満面の笑みを浮かべた。


「ちっ、陛下がこう仰ってるんだ。仕方ないよなあ、レイリア?」


「ええ、ですねぇ。臣下である私達は、陛下のご命令に従うだけですよ」


 この決定にすでに決意が固まったのか、バーンとレイリアははむしろ望む所だと言わんばかりの表情である。

 難航すると思われた王達との交渉は、長く険しい道のりだったが、この結果まで辿り着けたことに、俺も満足げに笑みを溢すと、彼らに答えた。


「ああ、よろしく頼む。カルティケア王、バーン、レイリア」


 ――だが……握手をしようと、そこまで言い終えた時だった。


 俺は王達との和解と、仲間の無事を知ったことで、気を緩めてしまったのか、緊張の糸が途切れ、疲れと疲労が一気に満身創痍の体に押し寄せてきた。

 それに逆らうことは叶わず、俺はぐらりと体をよろめかせて、前方の地面にゆっくりと倒れ伏し、次第に意識も遠のいていった。


「お……、アラ……!」


「早く、運……だ!」


「急ぎ……さい!」


 しばしの間、王達が俺の名を呼ぶ声が聞こえていたが、視界が暗転していき、やがてそれも聞こえなくなった。



 ◆◆



 俺が目を覚ましたのは、王城らしき建造物のどこかの一室だった。

 目が覚めてすぐに目に入ったのは、ベッドの近くの椅子に座りながら、寝息を立てているノルンの姿だった。


「ノルン? 寝ているのか。そうか、また俺を看病してくれていたようだな」


 俺は看病疲れをしているのであろう、ノルンを起こすことはせず、再びベッドに体を横たわらせた。

 疲れや体の痛みは、ほとんど失せてしまっている。

 ライゼルア家の当主の肉体と、妖精種族の治癒能力の賜物によるものだろう。


「アラケア、様? 目を覚まされたのですか?」


 しばらく今後のことを天井を眺めながら考えていた俺だったが、何時の間にかノルンが目を覚ましてしまったようで、俺に声をかけてきた。


「ああ、起こしてしまったか。すまなかったな、看病大変だっただろう。だが、どうやらお前のお陰で受けた負傷は、快復してしまったらしい。ヴァイツももう無事なのか? それと俺はどのくらい寝ていた?」


「はい、アラケア様よりも軽傷だったのと、ポワン陛下がしてくださった強力な治癒の力のお陰で、私もヴァイツ兄も、もう動き回れるぐらいです。それと今日ですけど、まだあの戦いがあった日の翌日ですよ、アラケア様」


 俺はそれを聞くと、ベッドから上体を起こした。

 帰国すれば外海を通り、海を北へと越える、危険が伴う航海が待っている。

 王との交渉が済んだ今、あまりモタモタしている時間的余裕はなかった。


「すぐにでも帰国準備をするぞ。ギア王国の残党に先を越される訳にはいかない。俺達も出来るだけ早くグロウス達が向かったと言う、北に船を出さなくては」


 しかし俺の剣幕を見て、ノルンは涼しい顔で返事を返した。


「大丈夫です、アラケア様。アールダン王国への帰国準備はすでに整ってます。カルティケア王が私達のために、用意して下さった船があるんです。きっとアラケア様も見て驚かれると思いますよ。出発はいつでも出来るそうですから、外に見に行きますか?」


「……船? ここは陸地だぞ。海がないのに一体、どうやって移動すると言うんだ?」


 するとノルンは疑問を呈する俺の手を引いて、ベッドから立ち上がらせると案内するかのように、外へと俺を連れ出していった。

 そして城を出た時、俺の目の前に飛び込んできたのは……。


「あ、あれは……何だ? 城の敷地内に船があるぞ。しかもあんな形状の船は、今まで見たことがない。あの船はこの陸地で、どうやって動くと言うんだ」


 船の入り口らしき場所に立っているバーンが、こちらに手招きしている。

 俺は理解が及ばないながらも、呼ばれるがままに、そちらに向かっていくとバーンはニッと俺に笑いかけた。


「よお、アラケア。飛空船を見るのは初めてみたいだな。どうだ、こいつを見た感想は? こいつは海を渡る船じゃない。空を飛行して渡るための船なんだぜ」


「空を飛行する飛空船、だと? 悪いが、聞いたことがない。動力はなんだ? これはどうやって動く?」


 戸惑う俺にバーンは心底、愉快そうな笑みを浮かべながら、答えた。


「まっ、乗ってみれば早いな。すでにお前らの荷物は飛空船内に運び込んである。最初は慣れないかもしれないが、空をかっ飛ばすのは最高の気分だぜ」


 そう言うとバーンはこの飛空船とかいう乗り物に乗り込むと、俺もノルンに手を引かれて、言われるがままに中へと搭乗した。

 すると中には数十人の竜人族と王やレイリア、そしてヴァイツの姿もあった。


「目が覚めたか、アラケア。話はすでにヴァイツとノルンから聞いている。急ぎなのだろう? お前さえ目覚めれば、すぐに出立するつもりでいた。今こそ余ら竜人族の王家に伝わる、この飛空船の出番が来たと言うことだろう。飛行準備はすでに終えている。揺れるぞ、しっかり掴まっていろ」


 王は部下達に指示を出すと、飛空船がガクンと大きく振動した。

 かと思った時には、みるみる地面が遠のいていき、たった今までいた王城があっという間に小さくなって、見えなくなった。

 窓からその様子の一部始終を眺めていた俺は、度肝を抜かれていた。


「こ、これが……飛空船、か。これほどのものがこの世界にあったとは、まだまだ世界は俺の知らないことで満ちているようだな……」


「このまま飛ばすぞ、アラケア。黒い霧上空を通過し、アールダン王国を目指す。到着までは、一日もかからないだろうが、それまでこの初めての空の旅を、存分に楽しむといい」


 しかし今の俺にはそんな王の言葉など、耳に入ってはいなかった。

 ただただ……今、目の当たりにした世の広さを、思い知らされていたのだ。

 だが、そんな俺の思いを余所に、飛空船は更に速度を上げていった。

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