いざ、災厄が生まれし地へ

第九十五話

「成り行きで出立してしまったが、ポワン陛下に別れの挨拶くらいはしておくべきだったか……」


 俺は流れるような速さで移動していく地上を窓から見下ろしながら、心残りを漏らしたが、背後から声がかかった。声の主はバーンである。


「まあ、少しばかり性急だったかもな。けど挨拶なら今からでも出来るさ。こっちに来てみな。他国にはない、俺達の国だけに伝わる技術を見せてやるよ」


 言われるままにバーンに飛空船内の一室に案内されると、そこには一際大きな水晶玉が台座の上に置かれてあった。いや、接続されているようだった。


「これは……?」


「こいつはな、妖精の耳と呼ばれる俺達の通信手段だよ。重要な機能を果たしているのは台座の方で、水晶玉は付属品だな。見てな、ポワン陛下の元に繋ぐぜ」


 バーンが手を水晶玉に翳すと、淡く光り始め、どこかの映像が映し出された。

 だが、その光景には見覚えがあった。ポワン陛下が鎮座していた玉座の間だ。

 そして次第に水晶玉は、ポワン陛下を映し出した。


「……バーンですか? それにアラケア様もご一緒のようですね。まずは貴方の体が快復されたこと、無事に旅立たれたことを嬉しく思います。貴方達の旅路に、幸先があらんことを願っておりますよ」


「……ポワン陛下、挨拶もせずに出立してしまった非礼、まず詫びたい。そして私の負傷を陛下自ら治療してくださったそうで、お礼を申し上げる」


 俺の詫びと礼にも、ポワン陛下は相変わらず柔和な顔のまま受け答えをされた。

 そしてその側にはシンシアがいるのも、水晶は映し出していた。


「構いません。デルドラン王国の昼の刻の王は、本来は貴方なのです。臣下として正当な王位継承者を助力するのは、当然のことですよ。貴方にその気がないのは分かっていますが、もし気が変わられたなら、いつでも王位を貴方に譲るつもりでいます」


「一介の武人に過ぎない私にとっては、勿体ないお言葉です。心の片隅にはとめておくことにましょう」


「ふふふふ、嘘が下手ですよ、アラケア様。貴方はアールダン王国で、骨を埋める覚悟でいるのでしょう。そこまで貴方が忠誠を誓っている、ガイラン国王にもよろしくとお伝えください」


 俺は思わず頭を下げた。

 だが、そこでポワン陛下の表情はどこか憂いを帯びたものとなり、更に言葉を続けた。


「貴方はこれから私には想像も出来ないほど、険しい戦いに挑まれるのでしょう。けれど……どうか決して死なないでください。これは私からの唯一の願いです。では……ご武運をお祈りいたします、アラケア様」


 そしてそこで通信が途切れた。恐らく向こうから、通信を切ったのだろう。

 俺はこれほどの技術が存在することに感心しながら、バーンに尋ねた。


「この通信装置はどれほどの距離からでも、通信が可能なのか?」


「ああ、通信機同士がありさえすれば可能だぜ。けどこれを作り出す過程が、あまりに非人道的過ぎて、今では新たに作ることは禁止されてるけどな。だから今はこうして、過去の遺物に頼ってるだけで、量産はされてないんだ。知りたいか? なぜこれが妖精の耳と呼ばれているのか、これがどうやって開発されたのかをよ」


「いや、やめておこう。それよりカルティケア王はアールダン王国に到着まで一日もかからないと言っていたが、そろそろ到着する頃か? だったら俺達も、降りる準備をしておかなくてはな」


 バーンは嬉しそうな表情を浮かべると、愛用の長柄の槍を手に取った。

 その身は小刻みに震えており、どうやら武者震いをしているようだった。


「……ああ、天に凶星キャタズノアールが現れて数百年。以来、世界に災厄を振り撒いている、その要因を俺達は、これから討伐に向かおうってんだからな。喜びに震えるぜ、否応なくな」


「俺達もカルティケア王やお前達を、戦力として期待させてもらうつもりだ。お前達の腕前は俺も実際に手合わせして、嫌と言うほど分かっているからな」


 俺がそう言った時だった。船内全体に響き渡るように王の声が聞こえてきた。

 どういう理屈かは分からないが、これも彼ら独自の技術なのだろう。


「皆の者、短い旅だったが、もう十数分でアールダン王国の王都が見えて来る。着陸の際の振動に備えておけ。繰り返す、着陸の際の……」


 繰り返された王の船内指示が終わると、俺はバーンに言われるがままに、部屋を出て座席に腰を下ろした。

 見れば俺達以外にも他の乗組員やヴァイツとノルンもすでに座席で座っていた。


「まあ、念のためだ。揺れに関しては、そこまで激しく船が揺れるということはないから、心配すんなよ」


 俺達は座席に設置されていたベルト状のもので体を拘束すると、着陸に備えた。

 しばししてゴゥンと音がして急に揺れ、大きく斜めにぐらつく。

 窓の外を見ると、眼下の地上が迫って来ていた。

 そして……降下速度が緩やかとなっていき、いよいよ俺達の乗る飛空船は、アールダン王国の領土の土を踏んだようであった。


「到着だ。さあ、降りるがいい。お前達の王が余らを歓迎してくれると言うなら、余らもその期待に応えて差し上げねばな」


 王の言葉と共に、飛空船から格納式のタラップが降ろされると、俺達は短くも感動を思えた空旅を終え、順番に地上に足を降ろしていった。

 するとそこへ王都方面から、アールダン王国の兵士の一団が、駆けつけてきた。


「ア、アラケア様! アラケア様ではありませんか! このような形で帰国されるとは思いませんでしたので、物々しいお出迎えになったことを、お許しください。この乗り物は何なのでしょうか? 空からやって来たのが、見えましたが」


「驚かせてしまったようだな。デルドラン王国の王家に伝わる、世界で唯一の空を飛行する飛空船という代物らしい。それより陛下に取り次いでくれ。陛下の命を果たし、デルドラン王国の面々の助力を得ることに成功したとな」


 俺が説明すると、兵士達は戸惑いながら少しの間、飛空船を眺めていたが、やがて俺に敬礼し、陛下に知らせを届けるため、王都へと戻っていった。

 そして俺は王達の方を振り返ると、ヴァイツとノルンを左右に伴って、皆に歓迎の挨拶をした。


「ようこそおいで下さいました、カルティケア王とその臣下の方々。私達、アールダン王国は貴方達の来訪を歓迎します。王城に案内しましょう、どうか私についてきて頂きたい」


 俺達は王とバーン、レイリア、数十人の竜人族の兵と共に、陛下に帰還の挨拶と皆の紹介を行うべく、王都へと向かっていった。

 異なる種族が混じって歩く、今の俺達は、見るものが見れば、異様な光景に見えたに違いない。

 だが、同じ戦場で轡を並べた俺達は、種族の垣根を超えて、日常では決して生まれなかったであろう、仄かな信頼関係が生まれていた。


 ――そして、その築かれた絆は……。


 これから死地に向かうことになる、俺達には何よりも心強く感じるものだった。

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