第九十三話

 ルーンアックスを振り抜く時、俺がイメージしたのはまずは重力と脱力。

 全身を脱力しつつ、一瞬沈めることで重力による落下加速度を利用する。

 そして最大全開まで、瞬時にすべての力を解放に持っていく。


「だぁあああぁぁっ!!」


 下半身の重さが落下した加速度による衝撃力を、そのまま技の破壊力へと転化させるべく、俺はただ自然に、前方にルーンアックスを振るった。


 ――その一連の動作の間、父との稽古の記憶が、脳裏によぎっていた。


 父は教えてくれた。

 昔々の遥か昔に、ライゼルア本家の血筋の中から最強の名を欲しいままにしていた、一人の天才剣士が現れたと言う話を。

 しかしその天才は周囲に危険を振りまく、火薬庫のようなあまりの危うさ故に、当主に選ばれることなく、追放処分となったと言う。

 だが、天才が残していった修行メニューは、ライゼルア家に代々伝わっていた。


 ――その一つが完全なる脱力状態から、攻撃をするに至るインパクトへの加速。


 その落差が大きければ大きいほど、技の威力は増すと言う理屈だ。

 だが、言うは易し、行うは難し。

 ライゼルア家の歴代当主の中でもこれを完全に会得した者は皆無だと言われている。

 俺とて完璧にマスターした訳ではない。

 しかしそれでも……いや、これは戦闘者として俺の直感だったのだが、最高奥義の更に先をいくには、この極意が最適解な気がしてならなかったのだ。


 ――そして俺が完全にルーンアックスを振り抜いた、その時!


 ルーンアックスの刃より放たれた黄金のオーラは、螺旋を描きながら、激しく大地を抉るように、前方数メートル先へと放たれて消えていった。


「駄目か……これでは不完全だ。今のは……まだ脱力が不完全だ。それに気を一点に凝縮させることも、出来ていない。しかし手応えは感じた。俺の考え方自体は、これで間違ってはいないはずだ。一朝一夕で身につくものではないが、とはいえ……どうやらあまり悠長なことを言っている時間も、残されてはいないようだ」


 俺が視線の先にミコトと激戦を繰り広げている王、バーン、レイリアを捉えると徐々に劣勢をなってきているのが、分かったからだ。


「賭けるしかないか、今の俺が不完全な新たな奥義でミコトを倒すには……一か八か、俺も覚悟を決めるしかない」


 俺はルーンアックスを片手に、ミコトに向かって歩を進めていった。

 そして意を決して覇者の奥義を発動させると、激闘の最中である、ミコトと王達の間に一瞬にして割って入った。


「アラケア! やっとお出ましかよ。その顔はどうやら何かを掴んだって表情だな!」


 バーンが心底、嬉しそうな声で俺に声をかけるが、俺は横顔を向けると、三人に向けて言い放った。


「下がっていてくれ、カルティケア王、バーン、レイリア。後は俺がこいつの相手をする。勝機はある、任せて欲しい」


「よかろう、では余らはお前のお手並み拝見といくとしよう。お前が先代妖精王を越える器かどうか、そしてお前が勝つ所を、ぜひとも拝ませてもらいたいものだ」


 そう言うと王達はこの場から離れて、距離を取ってこちらの観戦を始めた。

 俺はそれを見届けると、ミコトに対し向き直った。


「待たせたな、ミコト。今度は俺がお前の相手だ。元仲間として、お前のような害獣を野に解き放つ訳にはいかない。だから……ここで俺がお前を確実に止めさせてもらう」


 ミコトの無数の複眼が、すべて俺を凝視した。

 そしてその口は鋭い牙を隙間から覗かせて、薄ら笑いを浮かべている。


「ひぇあはは、出来ないことは口にしない方がいいですねぇ、アラケア殿ぉ。貴方ごときに何が出来ると言うのですかぁ? 比類なき力を得たこの私にぃぃ!」


 ミコトが吠えた。と、同時にどす黒い殺意がそのまま衝撃波となり、空が歪むほどの圧力さえ生じさせた。

 俺は咄嗟にルーンアックスを盾にし、防御体勢を取って凌ぎ切ると、雑念を振り払うべく、両目を閉じた。


「何を、しているんですかぁ? 敵を前にして目を閉じて、まるで無防備じゃないですかぁ。いくら死中に活を見出すと言っても、あまり笑えませんねぇ」


 ミコトの話言葉が聞こえる。

 だが、俺は余計な外情報を遮断することで無心になり、完全なる脱力を図ったのだ。

 そして至近距離から、横薙ぎに尻尾の一撃が俺に迫った気配を感じ取った。

 しかし俺は避けることなく、吹っ飛んで地面に叩き付けられ、城を取り囲む塀にぶつかって止まった。


「何を、企んでるんですかぁ? 自殺を考えるような貴方じゃないでしょう。まあ、いいです。私の熱焔で跡形もなく消し炭としてあげますよ」


 目を閉じながらも、ミコトの全身から大きな熱エネルギーが高まっていくのを再び感じとった。

 しかし俺は立ち上がったが、そのまま動くことはしなかった。

 ただひたすら全身の筋肉を脱力させることのみに専念していたのだ。


「くらひゃっ……」


 膨大な熱エネルギーが口内に集束され、青白いビームとなって放たれた。

 真っ直ぐに俺へと伸びるそのブレスは、俺を焼き尽くさんと迫る。

 だがっ……俺は脱力の状態から目を開くと、ブレスを避けながら一気にミコトの元へと駆けた。


 ――そしてルーンアックスを振り抜く!


「ライゼルア家最高奥義……!!」


 ――光速分断破・輝皇閃の、その更に先を目指しッッ!


「究極奥義ッッ!! 『光速分断破・無限螺旋衝』ッッ!!!」


 刹那、景色が一面、眩く輝く。そして大地を、肉を抉る異様な音が鳴り響いた。

 ミコトの絶叫が轟き、巨大な体躯がよろけた。

 だが、しかし……それ以上に深刻なダメージを受けていたのは俺の方だった。


「が、がはっ! ぐっ、ごほっ、ごほっ!!」


 射程の短い無限螺旋衝の弱点をカバーするため、カウンターを狙ったはずだが、タイミングがズレていた。完璧ではなかったのだ。

 更にその後に俺の体は、ミコトの右前脚の強烈な反撃を受けてしまっていた。


「……、……っ、……っっ! あああああッ!! ぁあああああっ!!! いた、痛い! 痛い痛い痛い!! 何をしたんですかぁ!? 私にここまでの痛みを与えるなんてぇぇぇっ!」


 不幸中の幸いが、不完全ながら俺の無限螺旋衝は命中していたと言うことだ。

 しかしミコトは未知の技への警戒心から、追撃を躊躇するも、それも僅かのことだった。


「勝負を、決める気か……ミコト」


 ミコトは全身からマグマのような血を垂れ流しながらも、態勢を立て直した。

 そして満身創痍の俺に押し切れると考えたのか、躍起になって俺に前足を使って攻撃を叩き付け始めたのだ。だが、その判断は間違ってはいなかった。

 何とか立ち上がったが、今の俺に余力はあまり残されていなかったからだ。


「いい加減に死んだらどうですかぁ!? その体で! まだ何をすると言うのですかぁ!?」


 両前足と尻尾の動きは激しさを増し、攻撃力も増していく。

 どうやら向こうも、形振り構っていられない様子だ。

 今までよりも更にえげつなく、力任せな動きで仕掛けてくる。

 そして真横から飛んできた尻尾を受け、俺の体は吹き飛ばされた。


「……来るなら……来い、ミコト。最後に勝つのは俺だ」


 それでも立ち上がり、俺の視線はミコトを見据えると、再び両目を閉じた。

 すでに痛みは感じない。感覚がなくなるほどの攻撃を受け続けていたからだ。

 だが、それは俺には好都合だった。脱力からの瞬時のフルパワー解放。

 むしろ今こそが、そのためのベストコンディションと言えた。


「アラケア、アラケアぁ!! ああああああっ! 忌々しいですよ! あのガイラン陛下と同じくらいに!!」


 ミコトが俺を目掛けて突進してくるのが、気配で分かった。

 全体重を乗せて、渾身の一撃で俺を叩き潰す気だろう。


 ――果たして、いけるか。ここからの逆転劇が。

 ――果たして、通じるのか、この規格外の魔物ゴルグとなったミコトに。


 もし、次の攻撃がしくじれば次はない。俺はここで死ぬことになる。

 だから、俺は腹を決めた。


「お、おおおおおおおっ!!!」


 俺は吠えた。そのことにより体中のリミッターを外し、攻撃に転じた。

 はっきりと分かった。この奥義の本質が……。


 ――気を抑え、脱力により敵の攻撃を受け流し

 ――流された力を、そのまま己の力へと転化させ

 ――更に己の力を加えて、最大の威力に増幅させ、敵へと返す


「喰らえ、ミコト。ライゼルア家最高奥義と覇者の奥義の融合技をっ!!」


 ――その技の名は……


「……これぞ、俺のすべてを込めた究極奥義っっ!!」


 ――光速分断破・無限螺旋衝。


 その螺旋を描く光の波動は、ミコトの肉を捩じり、抉っていき、完膚無きまでに蹂躙していった。

 そしてミコトの全身を飲み込んでいき……


「あ、あああああっ!! ガイラン陛下、ガイラン陛下ぁ!! 助けてください、助けて……あ、あああああああああああっ!!!」


 ――光の波動が弾けた。


 陛下の最高奥義の威力に限りなく近い、その光の乱舞は波動が弾けてからも更に十数秒ほども続いた。そしてその一部始終が終わった時……。

 ミコトの姿は、もはや肉片の欠片すら残っていなかった。

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