第九十二話
「くそっ、あの野郎! 一番槍は俺の役目だってのによ!」
俺の背後で王の側近、バーンが吐き捨てるように言ったが、その声色からは不満さはさほど感じられず、どこか嬉しさを滲ませているようだった。
俺は突進しながら、ルーンアックスを振りかぶる。本命は外皮の弱い腹部だ。
「いくぞ、ミコト! 秘儀『鬼翔断・空破』!!」
通常の鬼翔断は地面から斧を斬り上げて放つ技だが、これは頭上から地面に向けて振り下ろしてから、衝撃波を放つ点で異なる。
ミコトは大蛇のように鎌首をもたげてはいるものの、四肢に支えられた胴体と地の間のスペースは、それほどないため、腹部は簡単には狙えない位置だった。
だから、まずは目くらましとしてミコトの頭部を狙い打ったのだ。
「……ひやぁあははっははあははっ!!!」
次の瞬間、衝撃波が、ミコトの顔面に炸裂していた。
それでも狂ったように笑い続けるその威容は、大蛇のようで巨大な昆虫のような外皮を持つ怪物であった。そしてその無数の複眼がギョロリと、俺を捉えた。
「来るか、ミコト!」
ミコトの巨体が掻き消えた。四肢で大地を蹴って、宙へと飛んだのだ。
そして……俺の頭上に跳躍したミコトは、数トンはあろう体重を武器に、ボディプレスを仕掛けてきた。
俺は真横に飛び跳ねて、回避するが、石や土の塊が舞い上がり、破砕音が響き渡る。
「どいてな、アラケア・ライゼルア! 今度は俺の攻撃の番だぜ!」
そこへバーンが躍り出ると、竜気に反応して燃え盛る炎槍を勢いよく投げた。
軌跡を描いて放たれたそれは、ミコトの頭の周囲を周回するように飛び回った。
――そして……。
「喰らえっ!!! 奥義『
描かれた軌跡から縄状の炎が発生し、ミコトを束縛、強い力で離さなかった。
更に徐々に締め付ける力は増していき、ミコトの体を締め付けていく。
「はっ、決まったぜ。痛覚が集中してるのか、腹部への攻撃は痛いのかもしれないが、俺達が急所ばかり狙うと思ったら大間違いだ! おい、レイリア。今ならお前の『
「お膳立てご苦労様でしたね、バーン。貴方の頑張りに報いるとしましょう」
そう言うとレイリアはパチンと指を鳴らし、ミコトの真下の地面が無数に鋭い刃のように隆起し、腹部を次々と刺し貫いた。
たまらず腹を庇って、のた打ち回るミコトを見てノルンが叫んだ。
「またとない好機到来ね! ヴァイツ兄、背中を貸して!」
「ああ、しくじるんじゃないぞ、ノルン!」
ノルンがヴァイツの背を踏み台にして、大きく跳躍した。
そしてこちらを濁ったいくつもの複眼で睨み付けている、ミコトの頭上から先ほど繰り出したように、両腕を突き出して発生した影の刃を叩きつけた。
「『流星角影刀』!!」
頭を大きく潰され、よろよろとよろめくミコトであったが、体内から感じる大きな気の高まりは、まだ戦いは終わりではないと俺に告げていた。
「気を付けろ、ノルン! まだ……」
俺が言いかけた時だった。瞬時にしてバーンの
そして矢継ぎ早にミコトの尻尾がノルンに一振りされると、更に前方にいたヴァイツに向かって突進し、巨大な口を開けてかぶりついた。
強烈な打撃を受けたノルンと、鋭い牙に食い込まれたヴァイツは絶叫した。
「ヴァイツ! ノルン!」
咄嗟に助けに向かおうとした俺だったが、背後から俺の肩を手でぐいっと掴み、止める者があった。振り返ると、そこにいたのは人の姿に戻った王だった。
「軽はずみに仕掛けるな、アラケア。奴には知性があることを忘れるな。あの女はこちらに好機と見せかけて、攻撃を誘ったのだ。迂闊に飛び込めば、あの二人のように痛い目を見るぞ」
「だがっ! ヴァイツとノルンが受けたダメージは浅くはない。放っておけば殺される! これではまるで、昨日見た悪夢のようだ。あれは今、こうなっていることの予兆だったと言うのか……」
憤り焦る俺を余所に、王はずいっと前に進み出た。
大剣を肩から下ろして両手に構えている。
「アラケア、お前の最高奥義はさっき見せて貰った。『光速分断波・輝皇閃』とか言ったか? 覇者の奥義による黄金のオーラを右腕のみに集中させ、光の波を放つ技のようだが、あれにはまだ上がある。先代妖精王が切り札としていた、隠し技がな」
「……隠し技だと? だが……なぜそれを今、俺に話す? この土壇場で俺にそれを会得しろと言うのか?」
王はミコトの動向を見据えながらも、更に俺に言った。
「右腕のみではない。一点のみに集中させろ。加えて螺旋状に放て。たとえ黄金のオーラの総量が先代妖精王に及ばずとも、刹那の間にオーラを一気に爆発させれば、消耗は多くはない。もしこれを会得すれば、お前の今後の戦いで大いに役立つはずだ」
それだけ言い放つと、ざっざっと地を踏みしめて王はミコトの元へ歩き出した。
その背からは、鬼気迫る竜人族特有の竜気が溢れるように、立ち昇っていた。
「時間稼ぎはしよう。しかし相手は余とて、確実に勝てる保証はない化け物だ。そう長くは持たないと、覚悟しておけ」
ふっと王の姿が消えたと思った瞬間、あっという間に移動し、大剣を大上段から振り下ろして、ミコトの頭上に斬りかかっている王の姿があった。
そして二人の姿が消え、あちこちから衝撃音のみが響き渡る。
「カルティケア王から勝利を託されたという訳か。一点のみ、螺旋……最高奥義『光速分断波・輝皇閃』の更に先にある……究極奥義、か」
俺は高ぶる気を静めると、まだ見ぬ究極の奥義を放つイメージを浮かべた。
そして戦いを繰り広げるミコトの姿を視線で捉えながら、俺はただ自然に、前方へと向けて、ルーンアックスを正眼に構えた。
「究極奥義……『光速分断……』」
俺が奥義の名を言いかけると、ミコトの熱焔によって気温が上昇し、充満する周囲の熱気が、俺を中心として冷たくなっていくように感じられた。
そして俺の黄金の気がルーンアックスの先端一点のみに集中、凝縮されていき、それを俺が振り抜いた時っ……!!
――かつてない希望が、大いなる喜びと共に俺に中に湧き上がった。
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