第八十八話
城下町へ飛び出した俺だったが、辺りは未だ活気はなく静まり返っていた。
夕闇に紛れてここまで辿り着くことが出来たが、背後の城では兵士達の喧騒が聞こえてきており、すでに俺の脱獄はバレていると思った方がいいだろう。
「夜が訪れれば、カルティケア王が動き出す。そうなる前に移動できる所まで移動するしかあるまい」
俺は今も王都内を警備している兵士達を極力避けて、ポワン陛下がいる王城を目指して、ただひたすらに用心しつつ走った。
そうしている内にいよいよ日が沈み、王が支配権を持つ夜の時間が訪れた。
だが、それと時を同じくして……あまりにも凄まじい気配が……。
戦慄を感じてしまう程の狂暴な気配に相応しい物が、こちらの方向へと接近しているのを俺は感じ取った。しかも高速で。
「……やって来たか、カルティケア王。今は貴方と接触する気はないが、俺の行き先に見当をつけているのか、正確にここへと向かってきているようだ。これはもしかしたら、戦いは避けられないかもしれんな……」
俺は背負っていたルーンアックスを手に取り、王の襲来に備えた。
空を飛行出来る王であれば、地上を移動する俺の動きなど容易に見つけられる。
こちらへと急接近している王に、俺は戦いも止む無しと覚悟を決めたのだ。
――そして、地面が吹き飛び、舞い上がった土煙の中、一人の男が現れた。
「困ったものだな、アラケア。大人しく牢獄で待っていれば悪いようにはしないと言ったはずだが、余を信用出来なかったと言う訳か」
現れたのは大剣を背負い、鎧で身を固めて立っているカルティケア王だった。
腕を組んでこちらを真っ直ぐに見据えているが、その顔は笑ってはいない。
「ああ、そのことは申し訳ないと思っている。だが、成り行きに任せて事態が悪い方向に進んでしまって後悔するより、出来ることをすべてやってから、悔いたい。そう思っただけだ」
俺の言葉に王は大剣を背から下ろして、じろりと睨み突けた。
その眼光は鋭く、俺もまたルーンアックスを手にして身構えた。
だが、俺は感じ取っていた。目の前の王の強さが、並外れていることを。
「さすが……あのミコトと言う女を倒しただけはあるな。バーンやレイリアであっても、真の姿を解放しなくては手こずるだろう。では……余も本気を出させてもらおう。それがお前の強さに対する礼儀だからな。行くぞ……アラケア・ライゼルアよ」
そこで王は初めて大剣を構えた。
その凄みを感じ取った俺は躊躇することなく、覇者の奥義を発動させ、全身から黄金のオーラを溢れさせた。
口の中が渇き、苦みのある味が口の中に広がっていく。
下手に仕掛ければ逆に斬られるという確かな予感が、俺を迂闊に動けなくさせていたのだ。
――だが、それでも意を決して攻撃を仕掛けるという覚悟が出来た。
それはこんな所では、まだ死ねない。また掴まってやる訳にはいかない。
それらの思いが、俺を突き動かしたのだ。
「……貴方がいかに強敵であっても、負けるつもりはない。こちらにも引けない理由があるのだからな」
俺はルーンアックスを水平に構え、王に向けると刃から黄金の炎が輝き出した。
覇者の奥義を用いての、奥義「光速分断破」である。
「ほう、ライゼルア家に伝わる奥義か」
それを見て目を細めた王が、呟く。
「ああ、知っているのか、この技を?」
「無論だ。先代妖精王の血を継ぐ者が、他国にいると聞き、調べさせた。果たしてその対
「そうか……では、全力で放たねばならないようだな」
俺は水平の構えからルーンアックスを振り抜くと、黄金の波が放たれる。
それが王に炸裂し、爆発の中、王が上空に跳躍したのを俺の目は捉えていた。
俺も王に続いて跳躍して上空に飛び上がると、俺と王の向かい合った間の空間に激しい熱量のスパークが生じた。
「ほう、余の動きについてこれるか。では純粋に力比べといこうではないか」
「ああ、望む所だ!」
生じているスパークは俺と王がお互いに放つ気で、激突し合っているからだ。
高レベルの者同士の近距離での戦いになると、技を構える動作は命取りになる。
そうなってくると、気を直接ぶつけていくしかないのだ。
そうして俺達は周囲の者が見ていたならば、微かに見えるかどうかの動きでぶつかりあった。
消えては現れ、また別の場所に現われては戦いは激しさを増していった。
――しかし……力比べ勝負はすぐについた。
戦いに気付いて駆けつけてきた兵士達の一人の顔に、血が当たったのだ。
それは王の物ではなく、俺の負傷による出血だった。
だが、俺は喀血しながらも勝負を諦めることなく、王に向かっていった。
「その執念や良し!」
王は手にした大剣を大上段から振り下ろすが、俺はそれをルーンアックスで受け止めると、俺達は更に激しく激突した。
そのため、事ある度にぶつかり合った結果、俺達を中心としてその周囲で大きな震動がし、集まって来た多くの兵士達が立っていられなかった。
「さすがにやるものだ。先代妖精王の血脈を受け継ぐだけのことはある」
「生憎とその人物とは一度の面識もない! 俺は俺だ!」
王が振るう大剣の斬撃を、俺は上手く受け止めて、受け流す。
力では俺より優る王に対抗するべく、技量を駆使して俺は戦うしかなかった。
だが、戦いが長引く度に自分の置かれた状況が、悪化しているのを感じていた。
「ちっ……」
俺は王との戦いの最中、辺りを見回した。
俺がそう感じたのは、王との戦いでこうして幾度か打ち合っている間にも、周りは王が従えている騎士達に囲まれていっているからだ。
(このままでは状況を好転させることは、できないか……)
たとえ王を倒したとしても、ここで再び捕らえられるのは時間の問題と言えた。
しかしそれでもやるだけ暴れてやろうと、満足そうな笑みを口端に浮かべると、俺は戦いを続ける覚悟を決めた。
だが、王との間合いに一歩踏み込み、ルーンアックスを振り下ろそうとした
――まさに、その時だった。
凄まじい勢いで俺と王との間に、巨大な蛾の生物が割って入ってきたのだ。
そしてその生物は、俺に向かって呼びかけてきた。
「アラケア殿、私だ! 掴まれ! このまま貴殿をポワン陛下の元までお連れする!」
咄嗟の出来事だったが、俺は直感で生き残る道が切り開かれたことを感じ取り、弾かれたように、真の姿を解放しているシンシアの背に飛び乗った。
「恩に着る、シンシア殿」
そして俺を乗せたシンシアは超高速で地面を離れ、王達の前から飛び去った。
その速度は凄まじく、あっという間に背後の王達の姿が小さくなっていった。
「遅くなって済まない、アラケア殿。だが、貴殿が王都内でカルティケア王と派手に戦ってくれたお陰で、私も居場所を特定することが出来た。ポワン陛下も心配しておいでだ。それにヴァイツ殿とノルン殿もな」
「ヴァイツ達も無事なのか? 二人も捕らえられていたと思っていたが」
「ああ、捕虜は貴殿一人がいれば十分だと、数日前に釈放されたんだ。今は我々の王城に滞在している。到着すればすぐに会えるだろう」
しかし俺は背後を見てみると、追手が迫ってきているのが見えた。
だが、シンシアは「飛ばすぞ」とだけ言うと、その速度が音速を越えて、大気が周囲に暴風となって巻き起こった。
「速い……飛翔速度は竜人族である王より、貴方の方が上のようだな」
「ああ、それが私の……いや、妖精族特有の飛行性能だからな。降り落とされないように、しっかり掴まっていてくれ」
その言葉に嘘偽りはなく、追っ手からみるみる距離を空けていき、それを見た俺はようやく窮地から逃れることが出来たことを実感し、胸を撫で下ろした。
そして俺の視界に、瞬く間に目的地である王城が見えてきたのだった。
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