第八十四話

「どうやら……この騎士甲冑に救われたみたいじゃないですか。ふふふ、ははははは……これだけは、ガイラン陛下に感謝しないといけないようですねぇ」


 ミコトは青白く燃え上がる聖騎士の甲冑を力任せに脱ぎ捨てると、村正とそれを納める鞘だけを腰に差して、空より飛来した黒竜と向かい合った。


「ほう、余の煉獄のブレスに耐え抜くとは装備の性能に救われたか。だが、二度目の奇跡はない。次に浴びた時が貴様の最後だ」


「いいえ、二度目は食らいませんよぉ。その前に私が貴方を殺しますから、国王さん」


 ミコトはそう言ったが、炎のブレスを耐え抜いたことを抜きにしても、度重なるダメージの蓄積で、すでにミコトの全身は満身創痍だ。

 痛みを感じていないため、平然としているが、その命は風前の灯火に思えた。


「貴様、痛覚がないのだな? 本来ならば立っていることすら出来ない負傷。どうやら止めるには、殺す以外に方法はないようだ。であれば……余の権限にて貴様に死罪を言い渡すのみ! 跡形もなく消し炭となれっ!」


 カルティケア王の竜の口が開かれると、口内では青白い炎がちらちらと揺らめいている。

 それが激しい奔流となって、吐き出された。

 だが、ミコトが次にとった行動……いや、構えに俺は思わず驚愕した。


 ――なぜなら、あの構えは……。


「『牙神』!!」


 その刹那の間、白銀の閃光が周囲を照らしたかと思うと……それと共に刀の切っ先を前方に突き出したまま、ミコトの体は駆け抜けていた。


 ズジャャァアアアアアッッッ!!!!!


 ミコトはそのまま青白く燃え盛るブレスに飛び込んでいくと、黒竜の肩口を村正によって大きく裂傷を与え、血飛沫が辺りに飛び散った。

 その黒竜の体より滴り落ちた血が、降り注ぐ雨によって洗い流されていく。


「あららぁ、あまり手応えがありませんねぇ。私の村正で斬られてその程度で済むなんて、竜人族の硬質な皮膚って言うのもずいぶん厄介じゃないですかぁ」


 だが、カルティケア王の両の竜眼が、威圧感を覚える鋭い殺意を放ってミコトを睨み付けたと思った時には、斬り裂かれた皮膚の傷口がみるみる塞がっていった。


「あらら……? 再生までしちゃうんですか。勘弁して欲しいですねぇ。私の方はちょっとばかり、今の炎の余波を受けたって言うのに」


「余はすべての竜人族の王にして、最強たる黒竜であるぞ。効かぬな、その程度の攻撃など。人の身で余に挑んだことを後悔するがいい。お前は決して生かしてこの国から出さぬ。お前をここへ連れてきた、アラケアとその仲間達共々だ」


 その言葉に耳を疑ったのか、ヴァイツが思わず叫んだ。


「えっ!? やっぱり僕らまで制裁対象になってるんだねっ……。一致団結してミコトを倒して、万々歳って訳にはいかないか」


「何を言っている。今更だろう、ヴァイツ。俺達と王達は最初の対面からそういう雰囲気だったはずだ」


「周囲を取り囲んでいる兵士達も、全員が私達の味方って訳でもなさそうですね。事実、カルティケア王の息のかかった兵士達は、私達に睨みを利かせています」


 俺は辺りを見回してみたが、ノルンが言った通り、兵士達が取り囲んでいるのは俺達も含めており、狙いはミコト一人だけではないという様子だった。


「どうってことありませんねぇ。この広大な王都というフィールドを最大限に利用すれば数の利なんて、どうにでもなるんですよぉ?」


 ミコトは手近にいた一人の獣人族の兵士の頭を掴むと、他の兵士達が攻撃に入ろうとする刹那の間に、その肉の塊を投げつけていた。

 その一投げで兵士達が作り出している人の壁を吹き飛ばし、道を作り出した。


「さあ、かくれんぼの開始ですよぉ。ちゃんと見つけ出してくださいね」


 あっという間の出来事で、皆があっけに取られているその間に、ミコトは出来上がった道を走り抜けて、俺達の視界から姿を消してしまった。

 だが、ようやくそれを頭で認識した、この場の全員が取った行動は素早かった。

 皆が一斉に弾かれたように動き出したのだ。


「逃がすな、追うのだ! しかし生死は問わぬが、深追いはするな。発見した者は、余かバーンかレイリアに知らせるだけでよい!」


 兵士達は王都のあちこちに散って、姿を晦ましたミコトの行方を探し始めた。

 俺とヴァイツとノルンも顔を見合わせると、無言でこくりと頷き、ミコトを追跡すべく駆け出した。

 だが、ミコトは逃げた訳ではなく、依然として戦闘を続行し続けていることが、すぐに俺達の耳に伝わって来た。


「いたぞ! 早くこっちに……う、うわああああっ!!!」


「ぎぃゃあああああっ!!!」


 次々と聞こえてくる兵士達の断末魔の悲鳴。

 ミコトは建造物の影や内部などに隠れてのゲリラ戦を行っているのだ。


「まさか一人であの数の兵士達を殲滅するつもりでいるってのかい? ……馬鹿げてるよ、いくらなんでも無謀すぎる!」


 ヴァイツが吐き捨てたが、痛みも疲労もない凶戦士であるミコトにならあるいはやってのけることが、可能ではないかと俺は考えていた。

 ……いや、事実としてあいつはそれを本気で行うつもりでいるのだ。

 俺がそう思考を巡らせていた、その時だった。

 大きな何かが地面を踏み鳴らすような音が聞こえてきたのだ。


「あれは、竜でしょうか? しかも雨水を鎧のように纏っています。あの能力を考えると、あれは恐らくレイリアと言う竜人族だと思いますけど彼女達も形振り構ってはいられないということでしょうか、アラケア様」


「ああ、そうらしい。高等竜人族のみが行える真の姿の解放というやつだろう。この状況、ミコト以外にも誰が襲ってくるか分からん。決して離れるな。俺の目の届く範囲でなら、お前達をみすみす死なせん」


 悲鳴のする方向を目指して王都を駆け回っている俺達だったが、ミコトがやったと思われる殺戮の光景が目の前に広がってきた。

 いずれの死体も力任せに肉体を破壊されているか、胴や頭が両断されている。


「……うわ、相変わらず異常な腕力だね。とてもレディーがやったとは思えない。彼女、外見はとても美人なのにな……残念。これを目の当たりにしちゃったら、さすがにもう女性としてなんて見れないよ」


「ヴァイツ兄、あんな女が好みだったの? 人の趣味にケチつける気はないけど、色仕掛けで籠絡されないでよね」


「うっさいな! だからもうそんな目で見れないって言ってるだろ!」


 俺は走りながら兄妹喧嘩をしている二人を手で制すると、歩みを止めさせた。

 なぜなら前方から、鋭い殺気を向けられているのを感じとったからだ。

 俺のその剣幕にヴァイツ達も遅れて今の状況を察知したようだった。


「そこにいるのは分かっている。出てきたらどうだ?」


 俺が言い放つと、しばらくして聞き覚えのある、高い笑い声が聞こえてきた。

 そこは二階建ての低い建物だったが、その屋根の上に探し人が姿を現す。

 腰まで伸びる白髪を雨で濡らし、片手には愛用の村正を握りしめている。


「ミ、ミコト! 噂をすれば影ってやつだね……」


「ええ、けど今度は逃がさないわ」


 ヴァイツとノルンはそれぞれ棍と槍を構えると、屋根の上に立つミコトを見据えて攻撃に備えた。


「ふふふふふっ、あはははははっ! ……また会えましたねぇ、皆さん。しばらくの間なら、ここに彼らの邪魔立ても入らないと思います。分かってると思いますが、この国はようやく訪れた新天地なんですよ。だからその私の愉しみを妨害する、貴方達にはどうしても消えて欲しいんです」


「……ミコト、その欲求が許されないことだと言うのは、分かっているはずだ。だが、それがお前の望みならば、こちらは全力で止めねばなるまい。ここでお前を倒し、その凶行に終止符を打つ。……始めるとしよう、ミコト」


「ええ、私のために野晒しの死体となって頂きます。皆さん、ではいきますね……」


 俺とミコトはそれぞれ地上と屋根の上から視線を散らして対峙したが、俺の体からは黄金のオーラが以前よりも強く纏わりつき、溢れ出していた。

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