第八十三話

「俺はカルティケア陛下の片腕にして赤竜族最強の騎士バーンだ。覚えておくんだな、その俺がお前を討つぜ」

 

 バーンは一言、浴びせるとちらりと上空を見上げ、また視線をミコトに戻した。


「……ちっ、どうやら雲行きからして一雨きそうだな。だが、俺の炎は執念深いんだ。その程度で消えることはあり得ないが、決着は急がせてもらうぜ」


「運が悪かったですね、バーンさん。天候の話じゃありませんよ、貴方が……この私と対峙したことがです」


 ミコトがバーンを屋根から見下ろしながら嘲ったが、それとほぼ同時だった。

 バーンが手にした炎のごとき深紅色の槍の切っ先は、刹那の瞬間に投げ放たれ、ミコトの頬を僅かながら傷つけていたのだ。

 ミコトのその透き通るように白い肌に、赤い血が尾を引いた。


「誰の運が悪かったって? 俺の聞き間違いかよ?」


 バーンが手を天に翳すと、投げられた深紅の槍が高速で再び彼の手に戻った。

 槍が纏う炎は彼の竜気に反応し、ますます激しく燃え盛っている。


「あら、手放した後も動きを自在に制御出来るんですね、その槍。ずいぶん便利じゃないですかぁ」


 屋根の上でミコトがゆらりと動いた。と、思った時には地面に降り立っており、バーン目掛けて疾走していた。

 その手には村正が握られており、横薙ぎに斬りかかったのが、覇者の奥義を使っていない俺の目にも、辛うじて捉えられた。

 が、それに対しバーンは口を大きく開けると、咆哮するかのように激しく逆巻く火炎のブレスを吐き出したのだ。


 ゴオオォオオオォオっ!!!


 ミコトの全身が瞬く間に炎によって包まれる。

 そのかなりの熱量はミコトと言えども一溜りもないかに思えた。


「全身大火傷だなっ! アールダン王国の殺戮兵器!」


「これが、どうかしましたかぁ!?」


 だが、それでもミコトは少しも怯まなかった。

 攻撃を中断することなく、村正でバーンの胴体を目掛けて斬りつけると、そのまま後方まで勢いよく駆け抜けた。

 それは軽装鎧を易々と斬り裂き、バーンの肉体をも斬り払っていた。


「って……な、何だと!? ぐあっ、ああああっ!!」


 脇腹から血液が噴出し、堪らずバーンは片膝を地面につけた。

 しかしそれを見ても同僚のレイリアの顔は、動揺もなく余裕然としていた。


「ふふふ、無様ねぇ。どうします、バーン? 私と変わりますか?」


 だが、その問いにはすぐ答えず、バーンは脇腹を手で押さえながらゆっくりと立ち上がった。

 そして彼が空を仰ぎ見ると、ぽつぽつと降り始めた雨が、瞬く間に激しい雨となって地上に降り注いできた。


「……馬鹿言うんじゃねぇよ、レイリア。俺の竜皮装甲を甘く見るな。あ~あ、けどとうとう降ってきやがった。これじゃ赤竜の俺は本領発揮出来ねぇじゃねぇか。ま、関係ねぇがな、俺の勝利にはな」


 そう言い放つと同時に、みるみるとバーンの体が膨れ上がりだした。

 だが、それを見たレイリアは素早くバーンに駆け寄ると、その首に手にした大鎌をあてがった。


「はい、そこまでですね、バーン。貴方、その形態になったら自我を保てないじゃないですか。カルティケア陛下がお怒りになりますよ?」


 降っている雨とは関係なしに、まるで刃が水に濡れているような大鎌を首に突き付けられたバーンは軽く舌打ちをして、元の姿に戻っていった。


「じゃあどうするんだよ、レイリア? お前なら勝てるってのか? 実際に戦ってみてよく分かったぜ、あの女の並外れた強さがな。ありゃあ……やっぱ比喩でも何でもなくアールダン王国の殺戮兵器だぜ」


「ですねぇ。けれど、それでも陛下には及びません。ですからここは私が……、陛下のご到着まで時間稼ぎといきましょう」


 レイリアは大鎌を構えると、クスクスと肩を震わせたかと思うと、嬉しそうに鎌を動かした。その様子はまるでこの状況を楽しんでいるかのようだった。


「あら、ずいぶん余裕じゃないですか。気に入りませんねぇ、その澄ました顔。思わず、斬り刻んであげたくなるじゃないですかぁ」


 ミコトとレイリアは互いに相手を真っ直ぐに見据えて、対峙した。

 だが、今のやり取りの間にミコトが仕掛けなかった理由が俺には分かっていた。

 レイリアが隙を見せず、いつでも攻撃に移れるよう睨みを利かせていたからだ。


「お待たせしましたね、ミコト様。今度はこの私が相手をします。ちなみに実力は先ほどのバーンよりやや上という程度。ですが……」


 レイリアはパチンと指を鳴らし、言い放った。


「貴方は私に勝てませんよ。地脈流動ストリーム・ネオ、発動」


 と、同時にミコトの周囲から雨水が立ち上り、収束しつつ勢いよく中央の攻撃対象へと襲い掛かった。

 ミコトはその水流を両手で防いでいるが、完全に雨水の檻とも言える、その内部に封じられている。


「お分かりになりましたか、ミコト様。私は地竜の竜人族レイリア。地脈を操ることで水、風、炎と言った流れを制御する。このような雨天でこそ、最も力を発揮することが出来るのです。けれど……念には念を。更に、もう一つ発動です」


 再び指が鳴らされると、雨水の檻の中に地面から突き出した土の刃が、両手が塞がっているミコトへと襲い掛かり、無防備な胴体に次々と突き刺さった。

 ぽたぽたと血がミコトから滴り落ちるのが見えたが、呻き声一つ漏らさない。

 それを見てレイリアは余裕ある笑みを浮かべていたが……。


「レイリアと言ったな。油断するな……次の攻撃が……くるぞ」


「何を言っているのでしょうか、アラケア様? もうミコト様は死を待つのみです。大地の刃に貫かれて出血しているのが、見て分からないのですか?」


 俺の忠告に耳を貸さず、レイリアが言葉を言い終えたと思った、その時だった。

 雨水の檻が何か強い力によって叩きつけられ、四散してしまったのである。


「……え?」


 そこには刃に貫かれながらも、平然としているミコトが立っていた。

 やはり出血をしているにも関わらず、痛みも疲労も一切、感じてはいない。


「ずいぶん意外って顔してますね~、レイリアさん。けれど……私はただ力任せに破っただけですけどね。ほら、こんな風にっ……!」


 ミコトがその場のほとんどの目に捉え切れない速さで、レイリアの顔をあっという間に鷲掴みにすると、そのまま地面へと叩きつけた。

 何度も地面に叩きつけられながら、レイリアは吐血しながらも、目は決して死んでおらず、しかしただ一方的に嬲られ続けている。


「さっき言いましたよね~。その顔、すぐに斬り刻んであげますから、楽しみにしててくださいよ。貴方を女として終わらせてあげますから」


「……それが、どうしました? 愚弄する気ですか……私は騎士です。陛下に騎士としてお仕えした身で、そんなことを恐れると思わないことです。ですがこうなったなら、私の竜人族本来の姿で相手をして差し上げ……」


 その時だった。ミコトが村正を振りかざした瞬間、放たれた矢が風を切る音と共にミコトの体を貫いていた。放ったのは……。


「趣味が悪いよ、ミコト。女の顔を傷つけようなんて、その辺にしとくんだね」


 ヴァイツが手にした連射式ボウガンでミコトを射ったのだ。

 そして……。


「あら、ヴァイツ殿。それに……他にもずいぶん死にたがりが多いようですね」


 ミコトの目の前には、俺とヴァイツとノルンが立ちはだかっていた。

 全員が、ミコトを見据えて、それぞれ武器を手にしている。

 更に周囲を、駆けつけてきたデルドラン王国の兵士達が、取り囲んでいた。


「ほう、これは……中々、どうして。やるものだな、我が王都を荒らすこの賊の女は」


 そして、一触即発とも言えるその場に誰かの声が響き渡ったと思うと、ミコトは何かに気付いたように上空を見上げた。そこには青白く輝く何かが……。


 ――否、蒼白く燃え盛る炎がミコトに襲い掛かった!


 この場にいた全員が目にしたのは、全身をそれによって焼かれるミコトと、炎を吐きだした漆黒の威容を持った巨躯の者。

 すべての者が注目する中……バーンとレイリアはその者に跪いた。


「……カルティケア陛下。申し訳ありません。俺達が未熟なばかりに陛下のお手を……」


「よい。時間稼ぎご苦労だった、バーン、レイリア。お前達は勤めを果たした。後は余がこの賊の相手をしよう。お前達は下がっているがいい」


 バーンとレイリアが頭を下げて跪いた相手。

 それは漆黒の鱗を纏い、両翼を羽ばたかせながら飛翔する、威風堂々とした巨大なる黒竜であった。

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