第八十五話
「その構えは……」
ミコトは先ほどの戦いで見せたように、陛下の奥義である牙神の構えをとった。
村正の切っ先を俺に向けて、民家の屋根の上から俺に狙いを定めている。
「私だって最初は力づくで陛下を倒そうと、試みてはいたんですよ。ですけど陛下の隙のなさと、圧倒的な技量に諦めざるを得ませんでした。その過程で習得したのが、貴方もよくご存じ、この『牙神』です。多少、我流が混じっていますが、その威力は身を以て知っているはず。さぁて、それじゃあ……そろそろ、いきますねぇ!」
ズジャァァァアアァァッ!!!
陛下の代表的な技にして、ミコトの切り札であろう牙神が襲い掛かった。
だが、俺は動じることなく、その動きを直撃する刹那まで見据えると、手にしたルーンアックスでギリギリのタイミングで弾いて逸らすことに成功する。
「あら? 今のはちょっと弱かったですかねぇ。じゃあ……今度は少し威力を上げていきますよ」
言い放つとミコトは再び牙神の構えを見せる。その姿勢は先ほどよりも前傾だ。
陛下の牙神は、斬ると突くを極限まで鍛え上げた技。
剣の切っ先を相手に向けて発動し、突進してから状況に合わせて、そのどちらかを繰り出す。
だが、技の特性が分かっていれば、今の俺には見切れないほどではない。
そもそも牙神が恐るべき技であるのは、使い手が陛下だからだ。
他の誰かが真似た所で、所詮は本家の威力に及ぶはずもない。
「何度やっても無駄だ。にわか仕込みの模倣の技で俺は倒せんぞ!」
それでもミコトは高らかに笑いながら、再び牙神を繰り出す。
だが、今度の攻撃も防げない程ではないと、そう感じ取った俺は先の攻撃と同様にルーンアックスを振るい、打ち払った。
――かに思えた。
しかしその刹那の瞬間、ミコトの姿が霞んだのだ。
それは速さのせいだったのか、俺の知らない奥の手を隠し持っていたのか。
村正が斬り下ろされる場面は、俺の目にも確かに捉えられていた。
完全に弾いたはずだったが、村正から放たれた、どす黒い波動は俺の胸板へと重く叩きこまれていた。出血はない、受けたのは目に見える外傷ではなかった。
「ぐ、ぬっ……な、何だと。何をした……?」
急速に体から力が抜けていくのが、分かった。
いや、このままでは立っていることすら、長くは続かないかもしれない。
そう感じた俺はミコトの返事を待たずに、彼女目掛けて飛びかかると、ルーンアックスによる一閃を叩き込んだ。
それを高笑いしながら回避すると、ミコトは俺の顔を拳で殴って吹き飛ばした。
「言いましたですよねぇ。私の『牙神』は多少、我流が混じっているって。私にとって扱い易いように、アレンジを加えているんですよ。だってただの劣化コピーじゃ、あの陛下を倒せる訳ないじゃないですかぁ。侮りましたね、私の技をただの模倣と見誤ったのが貴方の敗因ですよ」
ミコトは蔑んだ目で見下ろしながら、ぐりぐりと足で俺の頭を踏みつけた。
「やめるんだ、ミコト! それ以上は僕らが許さないぞ!」
叫びながらヴァイツは手にした連射式ボウガンから矢をミコト目掛けて間断なく次々と放っていた。
しかし、ミコトはそれらすべてを徒手で掴んで止めてしまった。
「そ、そんなっ……な、何て女だよ!」
「さっきは不意をつかれて喰らっちゃいましたけど、面と向かった状態ならボウガンの矢くらい、どうってことないんですよぉ。邪魔したいなら、お好きにどうぞ。次のターゲットは貴方ですねぇ」
ミコトがゆらりと動き、狙いを今度はヴァイツに定めて牙神を放とうとする。
が、その時……ミコトの足元から巨大な影が立ち昇った。
「じゃあ……こんなのはどうかしら? 手加減はしないわ! さあ、あいつを握りつぶすのよっ!」
――巨獣影!!
巨大な獣のごとき影は大きく口を開いてミコトを包み込んだ。
そしてみしみしと音を立てて、力が込められた巨獣の影は、縮小していく。
「ヴァイツ兄! 何してるのよ、早くアラケア様を!」
「っ!? わ、分かった!」
ノルンの声で弾かれたようにヴァイツは俺を助け起こすと、ミコトを飲み込んだ巨大な影から、俺を抱えて距離をとって離れた。
しばらく握り潰されようとしているミコトを俺達は眺めていたが、やがて不安げな表情でヴァイツが口を開いた。
「これで殺れると思うかい、ノルン?」
「いえ……無理ね、あんな化け物が相手じゃ動きをしばらく止めるだけで精一杯だと思うわ。けれどそれでも……アラケア様が回復するだけの時間さえ、稼ぐことが出来れば……」
ノルンが言った通り、ミコトは自身を潰そうとしている巨獣影を、逆に力で押し返そうとしている。だが、俺の全身の感覚も少しだけ戻ってきていた。
俺はルーンアックスを杖代わりにして立ち上がると、手に力を込めてみた。
「これなら……何とか、いけるか。よしっ……!」
全身を覇者の奥義による黄金のオーラで纏わせ、己の動体視力、身体能力を高めることで、いつでも戦いを再開できるように戦闘態勢を整えた。
そして視線の先ではとうとうミコトが巨獣影を打ち破り、握り締めていた影を周囲に四散させてしまっていた。
「お待たせしましたねぇ、皆さん。それじゃ戦いを再開……」
ミコトが言い終わらない間に、俺は地面を蹴って飛びかかっていた。
牙神が発動するその前に、一撃を加えようと試みたのだ。
機先を制されて、ミコトは咄嗟に村正で攻撃を受け止めたが、刃がぶつかり合った衝撃により、激しい衝撃波が辺りに飛び散った。
「ふふふっ、あははははっ! 驚きましたよ、アラケア殿。単純な腕力では私には全然、及びませんけど、私よりもずっと戦い慣れているせいか、ずいぶん粘ってくれるじゃないですかぁ。しかもまさか! 私がアレンジした『牙神』を受けて、また立ち上がってくるなんて……ちょっと驚きですよ!」
俺の攻撃を左右に打ち払ったミコトは距離をとって再度、牙神を繰り出そうと構えをとった。
対抗すべく、俺もルーンアックスを両手に持って正眼に構えた。
降りしきる雨の中、冷たい空気がより一層、冷えていくよう感じられる。
「私のこの奥義は陛下とは異なる方向に昇華させた技。名前を付けるなら『牙神・冥淵』とでも名付けましょうかねぇ。受けた者は身体機能だけでなく、精神までも喪失させてしまう、そういう特性の技なんですよ。二度受けて、生き残れると思わないことです」
「ならば受けなければいいだけだ。俺も今、放てる最高の技にて対抗しよう。自身でもどれだけの威力があるか、掴め切れてない技だ。お前こそ覚悟を決めるんだな」
俺は全身を纏っている黄金のオーラを右腕とルーンアックスだけに収束させた。
この一撃にすべてを賭けるべく、出し惜しみすることなく、注ぎ込む。
そして対峙した俺達は互いに、相手の一挙一動を見逃すまいとしていたが、その状況でもなおミコトは不敵に笑っていた。
それは目の前に獲物がいるから笑っているような、これから命を刈り取ろうとする捕食者としての笑みであった。
「では……いくぞ、ミコト」
「ええ、どこからでも」
俺は意を決して足を一歩、踏み出すと手にしたルーンアックスを振り抜く。
と、同時にミコトも村正の切っ先を前方に突き出し、俺を目掛けて牙を剥いた。
――そして互いの奥義はぶつかり合い……。
戦いの舞台となった王都の街並みは互いの奥義が纏う、それぞれ黄金色と黒紫色の光によって飲み込まれていった。
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