第八十一話

 王都「龍角都」に辿り着いた俺達がまず感じ取ったのは、あまりの活気のなさ。

 以前、来た時には明るく笑う人々が街並みを賑わせていた。

 だが、今は……そうした民間人達は人っ子一人として見当たらず、ただ険しい表情の王国兵達が警戒に当たっているのみであった。


「酷い有様だな……王都の光景にかつての面影がまるでない。恐らく皆が恐怖に怯えながら、建物の中で身を潜めているのだろう。王が言っていた通り、ミコトがこの国で無差別に殺人を行っているのだ」


 俺はかつて目にして感動すら覚えた美しかった「龍角都」の姿と今の落差に、この事態を引き起こした事の発端が、自分達の身内にある事実に心を痛めた。


「そのようだが、貴殿らを約束通りまずは王城に案内したい。ミコト殿を止めるにしても、まずはポワン陛下から今の王都の現状を聞いて把握しておくべきだろう」


 シンシアは御者席の竜人族に王城への到着を急ぐよう伝えると、馬車は速度を上げて石畳でしっかりと舗装された中央通りを走り進んで行った。

 そして馬車に揺られ続けること一時間強、いよいよ王城に辿り着いた俺達は一斉に馬車から飛び降りた。


「お待ちしておりました、シンシア様。ポワン陛下がお待ちしております。どうぞお通り下さい」


 竜人族と獣人族の門番達が、城門を開門して俺達は城内に通された。

 以前の時と同様の作りの城内は兵士達が、守りをしっかりと固めており、玉座の間に案内された俺達は、王座に腰を下ろすポワン陛下に揃って跪いた。


「よくやって来てくれましたね、アラケア様。貴方が前の訪問からそれほど間を置かずに、再びこの国へ足を運ばれるとは思ってませんでしたが、これも何かの縁なのでしょう。我が国の夜の刻の王であるカルティケア王が、実子であるラグウェルの釈放を貴国に要求しているのはシンシアからすでに聞きましたか?」


「ええ、その王とも先ほど顔を合わせました。一触即発の対面でしたが、私達の同行者だったミコトが王都『龍角都』で凶行を繰り返している事実と、いずれ息子のことで話し合いの場を設けると言い残して去っていきました」


 俺はそれだけ言って一息つくと、ポワン陛下に更に言葉を続けた。

 それを聞く陛下の表情は柔和ではあったが、真剣そのものだった。


「まずはより緊急を要する、聖騎士ミコトがこの国で引き起こしている事件。その解決に私達も当たりたいと思っています。私達の国に所属を置く彼女は、我々が何としても止めなくてはなりません。ですからこの事件の現状を教えて頂けないでしょうか?」


「……いいでしょう。最初の事件は2日前に白昼堂々と起きました。騎士甲冑を身に着けた女性が突然、広場で通行人達を刀で殺し回ったのです。その地獄絵図とも言える様相は、兵士達が駆け付けるまで続いたと言います。それまでの間、彼女は死体から人々の血を啜っていたとも。ですがその時、兵士達は彼女を取り逃がしてしまい、以後も神出鬼没に現れては同様の事件を起こし続けているのです。今も王都内にいるのは確かでしょうが、足取りすら掴めていないのが実情なのです」


 ポワン陛下は申し訳なさそうな顔で、更に呟くように漏らした。


「……分かりましたでしょうか。つまり何も解決の目処が立っていないのが、実情なのです。お力になれず、すみません、アラケア様」


「いえ、ミコトの強さは実際に戦ってみた私もよく理解しています。そして今の時点の私では、まだ彼女には歯が立たないという事実も。ですからポワン陛下にはもう一つお聞きしたいことがあります。それは……妖精種族の王家に伝わると言う『覇者の奥義』についてです」


 それを聞いたポワン陛下の表情が、僅かに陰った。

 やはりシンシアの言っていた通り、陛下はあの黄金色のオーラについて詳細を知っているのだろうことを窺わせた。


「ええ、勿論存じていますよ、その奥義のことは。先代陛下が得意とされていた奥義中の奥義です。ですが、それを私に尋ねると言うことは、もしや貴方もその片鱗を発現させつつあるのでしょうか?」


 俺はこくりと頷くと答えた。


「はい、黒い霧内でミコトと交戦最中に突然、あの力に開眼しました。途轍もない力が自身に漲ると同時に消耗も大きく、まだ完全に御しているとは言えない状態です。ですが、もしこれを完全に操ることが出来れば俺は更に次なるステージに進むことが出来ると……そしてミコトにも勝つことが出来ると、そう確信しております」


「さすがは妖精王家の血を色濃く受け継いだ、姉の血を引くだけありますね。ただ『覇者の奥義』の行使は、生まれ待った資質によるものが大きく、鍛えることは不可能とされる能力なのです。実際、王家の血を引きながらこの私には使うことは出来ません。ですが……貴方の資質が如何ほどかを確かめることは出来ます。シンシア、彼と立ち会ってみてくれますか? この場で構いません」


 ポワン陛下の言葉にシンシアは少し戸惑った表情を見せたが、すぐに表情を戻して、「御意のままに」とその命を引き受けた。

 そして彼女は腰に差した剣を抜き放ち、俺はルーンアックスを片手に構えると一定の間合いを取って向き合った。


「さて、私では貴殿には敵うか分からないが、陛下のご命令だ。挑ませてもらうぞ、アラケア殿」


「ああ、ポワン陛下の仰られたことだ。恐らく何か意味があるのだろう。受けて立つ、シンシア殿。どこからでもかかって来てくれ」


 俺達は視線を合わせて、互いに相手の初動を見逃すまいとしていたが、そこでポワン陛下が、そんな俺達に「そこまで!」と声をかけて戦いを制止した。


「両者共、そのままです。アラケア様、そのままの状態で『覇者の奥義』を発動させてみてください。それも全力でお願いします」


 意図は分かりかねたが、「覇者の奥義」について知る、ポワン陛下の仰ること。

 これにも何か意味があると思い、俺は意識して不慣れながらも、多少は自由に操れるようになった黄金のオーラを全身から溢れさせた。

 更に振り絞るようにしてオーラを全開で吹き出させると、それは天井まで届かんとするほど大きく立ち昇った。


「ぐっ……これでいいのですか、ポワン陛下。これが出し惜しみなどしていない、私の全開で放つ『覇者の奥義』です」


「ええ、敵と対峙した臨戦状態でなければ本来の全力など出せないもの。ですが、お陰で分かりました。貴方の資質がどれほどなのかが。端的に言うと貴方の黄金色のオーラは先代妖精王陛下のおよそ半分……総量では及ばないものの、扱い次第では今より格段に強くなれるでしょう」


 だが、虎の子の奥義と過度に期待をしていたのか、ポワン陛下が下した評価を聞いたノルンは不満げな様子だった。ヴァイツも驚いたような顔をしている。


「先代妖精王の半分って……。アラケア様が限界まで振り絞ったこのオーラでも届かないなんて、アラケア様を過小評価し過ぎじゃないかしら……」


「いや、だけどその方は純血の妖精族の王家だからね。『覇者の奥義』の使い手の平均値が分からないから何とも言えないけど、本家本元はやっぱり別格なのかもしれないよ」


 ヴァイツとノルンは納得いかなそうに言っているが、俺は今より強くなれる可能性があると分かっただけでも、ポワン陛下の見立てには満足していた。


「いえ、自分の限界値が分かっただけでも収穫はありました。資質以上には鍛えることは出来ないということは、この手持ちの力だけで戦っていかねばならないと言うことです。そして恐らく扱い方は……修練や戦いの中で自分自身で使い慣れていくしか方法はないのですね?」


「ええ、私にはその力は発現していないため、貴方に教えることも出来ません。いえ、私どころか王家でも長らくその使い手が絶えて久しかったのですよ。貴方が先代に続き発現させたのは、貴方の血筋と天賦の才によるものです。あまりお力になれず申し訳ありません。ですが……ライゼルア家と妖精種族の王家二つの血筋を兼ね備えた貴方であれば、恐らく……いえ、きっと先代よりも高みにいけるでしょう。貴方を見ていればそれが分かるのです、アラケア様」


 柔和な顔つきで俺を見つめるポワン陛下に俺は深く頭を下げた。

 そして別れの挨拶と、これから王都に出てミコトの足取りを追うことを告げた。


「ヴァイツ、ノルン、行くぞ。俺達の国から出した罪人に他国での好き勝手をこれ以上は許す訳にいかん。俺達の手で凶行に終止符を打つんだ」


 ヴァイツとノルンに向けて言ったが、その顔は待ってましたと言わんばかりに二人とも引き締めた表情の顔を俺に向けていた。


「うん、分かってる。けど正直、こんな勝手が分からない他国じゃさ。またここにギスタがいてくれたらなって思うよね~」


「ええ、だけど無い物ねだりをしたって仕方ないわ、ヴァイツ兄。地道に……いえ、血の匂いと悲鳴のする所に向かえばあの女はきっといる。あいつはそう言う奴じゃない」


 俺達は踵を返し、つかつかと玉座の間を後にしようとしたが、出口の大扉をくぐろうとした時、ポワン陛下に「待ちなさい」と背後から声をかけられた。

 振り返る俺達だったが、ポワン陛下は今度はシンシアに向けて言った。


「シンシア、貴方もアラケア様達に同行してあげなさい。土地勘のある貴方がいれば、少しはお役に立てるでしょう。どうか、彼らの力になって共に事件を解決に導いてください」


「はっ、ご命令とあらば御意に従います、陛下」


 シンシアはポワン陛下に敬礼し、駆け足で俺達の元まで走り寄ってくると、「また少しの間、よろしく頼む」と言って手を差し出してきた。

 俺達は互いの手を強く握り合うと握手をし、今度こそ玉座の間を後にした。


 ――だが……時刻はすでに夕刻が訪れようとしていた。


 夜の時間がくれば、カルティケア王が横槍を入れてくるのは確実。

 友好的ではない相手だけに、もし遭遇した場合、戦うべき相手がミコト以外に増えないことを今は祈るしかなかった。

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