呉越同舟

第八十話

 幾日かの道中の末、俺達はとうとう黒い霧を抜けた。

 漆黒の闇が支配する空間から一転し、太陽の光が眩く降り注ぐ世界へと切り替わったことで、俺達は両目を眇めながら、馬車を走らせた。


「やはり相変わらずいるな、亜竜や亜獣どもが。俺達の行く手を阻むと言うなら、また相手をしなくてはならないか」


 俺は懐から短剣を取り出して気を込め、投げ放つ構えを取った。

 しかしシンシアが、そんな俺を手で制した。


「必要ないぞ、アラケア殿。下級の竜や獣達は序列には敏感だ。ここに私がいる限り、奴らは手を出してくることはない。これでも私は陛下から騎士の位を賜った上位の妖精族だからな」


 シンシアは笑みを浮かべながら指を差して「見てみろ」とだけ言った。

 すると確かに亜竜や亜獣達は、俺達を見ても、近づかない所か避けてまでいる。

 それを確認した俺は、手にした短剣をそっと下ろした。


「なるほど、理知がない奴らでも、本能で優劣を理解出来るという訳か。確かにこれなら王都『龍角都』までの行路は、安全に進めそうだな」


 俺は決して警戒感を解いた訳ではないが、キャビン内で腰を下ろすと、馬車の揺れに身を任せた。

 そうこうする内に、前に来た時に見たあの美しい王都の街並みが、遠目に見え始めてきた。


「見た感じ、どうやら皆既日食の被害はあまり受けてないようだね。さすが三国最強の軍事力を持つ、デルドラン王国だ。心配するまでもなかったってことかな」


 ヴァイツが王都を遠目に目ながら漏らすが、その時だった。

 俺の目は空から飛行する複数の何かが、こちらへと近づいているのを捉えた。

 それらは次第に大きくなり、両翼を生やしている以外は人の姿をしている。

 だが……俺達の誰もが、このただならない異変にすぐさま気がついた。


「あ、あれは……な、何なの!?」


 ノルンが、全員が、戦々恐々とした表情で、その者達を見上げていた。

 あまりにも凄まじい存在感、動けなくなるほどの狂暴な気配に相応しい物が、ここからでも感じ取ることが出来、高速でこちらへと近づいていたからである。


「まさか、もう我々の到着を察知したのか。早過ぎる」


 どうやらシンシアはあの者達が、誰かを知っているようだった。

 だが、その正体を俺が尋ねる暇もなく、そのまま狂暴な気配の三人はあっという間に高速で接近し、俺達の視線の先、馬車の前へと降り立った。

 それを見た御者席の竜人族は、驚いて手綱をぐいと引いて馬車を急停車させた。


「何だ、お前達は? その両翼を見ると竜人族のようだが、殺気を全開にして俺達の前に降り立ってくるとは、俺達と一戦やりにでも来たのか?」


 俺は馬車から飛び降りると、竜の両翼を生やす壮年の戦士の前に進み出た。

 しかし戦士は不敵にも腕を組んで、口元を歪ませた。

 その戦士は全身鎧で身を固めた重戦士の姿をしており、そして巨大な大剣を背負っていた。

 更にその背後には、青年と少女の二人が付き従っている。

 青年は軽装な鎧を着て、顔は端正ながら、好戦的な鋭い目つきをしていたが、少女の方はと言うと、理知的で落ち着いた顔立ちで、メイドの恰好をしている。


「よくぞ参ったな、アールダン王国からの客人達よ。余は……さて、客人に聞きたいのだが、誰だと思う?」


「さあな、その両翼と竜眼からして三人ともが竜人族なのだろうが、その出で立ちと、いきなり敵意剥き出しでやって来るふてぶてしい態度を見ると騎士か戦士くずれのどちらかだろう。それと腕には自信があるようだが、それをずいぶん過信している自惚れ屋らしい」


 だが、俺の言葉を聞いても三人は余裕綽々な顔で笑みを浮かべている。

 まるで俺達など相手にしていない、と言った感じであった。


「まったく……よく聞けよ、てめぇら。このお方は我ら竜人族の頂点に立たれるお方。デルドラン王国の夜の刻の王、カルティケア陛下だ。恐れ多いぞ、跪け!」


 竜人族の青年は俺達を見据えて一喝した。

 なるほど、この壮年の巨躯の戦士が、話に聞いたカルティケア王。

 王国に到着早々、いきなりのお出ましということか。

 俺はカルティケア王から視線を逸らすことなく、三人の前へと一歩進み出た。


「貴方がカルティケア王か。ずいぶん礼節を弁えない無礼な人物のようだな。客人に接する態度ではない。俺達にも王国を代表してやって来た面子がある。そのような態度に出られて、下手に出ていれば我が国の沽券に関わる。改めて頂けるか、王よ」


 するとカルティケア王は小馬鹿にした表情で、俺の言葉に答えた。


「無礼はどちらなのだ? あのような狂人を我が国に送り込んでお前達の王は我が国と戦争でも始めるつもりなのか? 今が昼の刻でなければ、余らが直接、出向いている所だ。奴は今も我が王国の包囲網を潜り抜けて、民達を殺して回っている。その責任は誰が取るつもりだ?」


 俺は予想外の返事に対し、とっさに言葉が思い浮かばなかった。

 恐らく王が口にしているのはミコトのことだろう。

 懸念していたことだが、やはりミコトは俺達よりも一足早く王国に到着し、湧き上がる殺戮衝動のままに、連続殺人を行っているのだ。それも現在進行形で。

 立つ言い訳などないと思った俺は、深々と頭を下げた。


「それについては全面的に謝罪するしかない。その者は恐らく俺達の同行者だった、ミコトと言う聖騎士だろう。ミコトは俺達が責任を持って止めさせてもらう」


「口だけなら何とでも言えるよなぁ、ええ! おい!? 妖精族、竜人族、獣人族の精鋭達が誰一人、太刀打ちできない相手だぜ。あれはお前達の王国の殺戮兵器なんじゃないのか、疑ってるくらいだ。王国三強の陛下や俺とレイリアが出張ろうにも、すぐに姿を眩ませちまう。出来るのか? あれを止めることが、おめぇらなんかによ!」


 竜人族の青年が声を荒げて捲し立てるが、今にも飛びかからんばかりのその青年を、カルティケア王は手で制止した。


「余計なことを言う必要はない、バーン。さてさて、部下が失礼したな。この者は腕が立つが、血気が盛んなのでな。こればかりは非礼を詫びよう。だが、あれを倒せる者が、果たしてお前達の中にはいるのか? 余の見立てでは、一番腕が立ちそうな者は……お前のようだが」


 そう言うとカルティケア王は真っ直ぐに俺を指差した。

 そのまま王は俺を見定めようとでも言うのか、眼光から鋭い視線を放ち、俺も対抗するために威圧するための視線を彼に向け、火花を散らす。

 しばらくそうして睨みあっていたが、王は少し笑うと俺に言い放った。


「ほう、感心したぞ。お前は余をちゃんと見ることが出来るのだな。だが、それでも話にならんな。お前ではあの狂人に敵うまい。今が夜の刻であればお前に手合わせを挑み、思い知らせてやってもいいのだが、この時刻ではそれも叶わん」


 カルティケア王は踵を返して後ろを向くと、更に続けて言った。


「よかろう、入国するならするがいい。お手並みを拝見といこうではないか、ライゼルア家当主よ。余の息子の件もある。いずれ腰を落ち着けて話せる場を設けよう。行くぞ、バーン、レイリア」


「っ! ……俺のことを知っていたか」


 カルティケア王はそう言い残して両翼を広げて飛び去り、続いてバーンとレイリアの二人も揃って翼を羽ばたかせて、空へと去っていった。

 残された俺達は彼らの後姿を見上げていたが、緊張が解けたかのようにヴァイツとノルンは大きく息を吐き出した。


「ふうっ……行っちゃったね。恐ろしい威圧感だったよ、あの王様。僕なんてびびって何も言えなかったのに……あんなのと物怖じせず言葉を交わせるなんて、やっぱりアラケアは凄いよ」


「ええ、もし戦っていたらどうなっていたか……想像したくないわね。今が日中だったことが、幸運だったのかしら」


 冷や汗を流すほど、二人にとって大きな心理的プレッシャーだったのだろう。

 ヴァイツとノルンは腰が砕けたのか、その場の地面にへたり込んだ。

 一方、俺は……王の言葉を思い出し、改めてその事実を重く受け止めていた。


 ――狂人ミコトがこの国に入国し、殺戮を繰り返している事実を。


 俺は「行くぞ、時間が惜しい」と言って馬車に戻ったが、キャビン内で黄金のオーラが漏れ出している、握り締めた両拳を見つめていた。

 自身の新たなる成長の可能性を秘めたこの力を、一刻も早く御する必要があるようだなと、心に誓いながら。

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