第六十九話

 ズジャャァアアアアアッッッ!!!!


 周囲を照らす眩い閃光と共に陛下の体が、玉座の間を駆け抜けた。

 いかなる敵をも葬る、陛下の奥義はダルドアを覆う粘液を斬り裂いた……


 ――かに見えた。


 だが……陛下の牙神は粘液によって遮られ、ダルドアまでは届かなかった。

 陛下はダルドアの後方の壁を蹴り上げ、突進の勢いを殺すと床へと着地する。


「ほう、厄介なものだな、その粘液。私の『牙神』を以ってしても、斬り抜けられんか」


「それは当然じゃ。お主の攻撃がどれほど強力であろうと、流動する液体は斬れぬ。そして……弱点である余の本体は粘液の中を自在に移動することも出来るのじゃ。このようにのう!」


 ダルドアを覆う粘液が動き始め、まるで大蛇のように形作られていくと、巨壁に張り付いたダルドア本体は粘液の奥深くへと、隠れてしまった。


「更に……液体というのは攻撃にも応用できる。いかなる物質をも貫き斬り裂く、最強の矛にもなるのじゃよ。ほれ、この通りにのう!」


 大蛇の口部分から「びっ!」と細い水流が放たれる。

 陛下は身を翻して回避するが、その噴射威力は玉座の間の右半分を易々と切断してしまい、切り離された床や壁は、がらがらと地上へと落下していった。


「細く集めた超高圧の液体で、いかなる物質も切断するという訳か。建造物をも真っ二つにするとは……恐るべき威力だな」


 しかし陛下は迷うことなく、再び剣の切っ先をダルドアに向け牙神の構えをとった。

 俺とギスタとマクシムスは、その戦いの様子を遠巻きにして見ていた。

 陛下に加勢は必要ないとは分かっていても、ただ一部始終を見守っているだけで体力と精神力が削られていくほどの、張り詰めた戦いだった。


「すげぇ……まるでレベルが違うぜ。一個の人間が極めたらここまでいけるのか。けど……ダルドアの野郎は文字通り『人間』じゃねぇ。ガイラン国王の攻撃なんて物ともしてねぇじゃねぇか。どうするつもりだ、一体」


「さあ、分からん。だが、陛下の目はまだ諦めてはいない。ならきっと攻略法はあるのだろう。いや、陛下ならやってくれるはずだ」


「なるほど、ではお手並み拝見といきますかねえ」


 マクシムスは腕を組みながら言ったが、と同時に陛下は牙神を発動させた。


「いくぞ、『牙神』!!」


 ズパァァアアアアアアンンッッッ!!!!

 大気に震えが走るほどの衝撃を生み出した今度の牙神は音速を超えていた。

 その太刀筋は胴回りが、川幅ほどもある大蛇のごとき粘液を完全に斬り裂くとその胴体をあっという間に、上下に両断してしまった。


「ひょっ!? 危ないのう、危ないのう! 粘液での防御壁をこうも軽々と斬り裂いてしまうとは! これは油断すればやられてしまうわい」


 しかしその攻撃を以ってしても、ダルドアに届くことはなかった。

 粘液の中を素早く移動して、回避していたのだ。しかも両断した粘液はじゅくじゅくと動き始めたかと思うと、瞬く間に繋がって元通りになってしまった。


「なるほどな、その粘液の性質が掴めかけてきた。では続けていかせてもらうぞ、ジジイ」


 陛下はなおも牙神の構えをとるが、ダルドアは余裕の態度を崩さない。

 強大にして巨大な力を得たが故の自信なのだろう。

 だが、確かに一切の攻撃を受け流し、流動する巨体の中を自在に動き回ることが出来る奴に攻撃を当てることは、かなりの離れ業のように思えた。


 ズパァァアアアアアアンンッッッ!!!!

 陛下は躊躇なく再び牙神を発動させ、ダルドアを目掛けて貫き斬り裂いていく。

 それは先ほどより更に研ぎ澄まされた一撃だったが、それでもダルドアは辛くも自身を移動させ避けていった。


「しくじったか。もう少しだったのだがな。だが、何となく見えてきた。攻略の道筋というものがな」


「ふうっ……これが、アールダン王国国王の実力という訳か。恐ろしい腕じゃな。シャリムもお主には気をつけろと言っておったが、それは本当のようじゃのう。じゃが勝てぬ程ではないな。強いと言っても所詮は人としての強さでしかない。どれ、お主に人では決して勝てぬ超越者となった余の力を見せてやろう!」


 そう言い終わるや否や「びっ!」と言う音がして、見ていた俺達にはまったく発動の瞬間すら捕えられなかった超高圧液のレーザーが、大蛇の口内から放たれた。

 更にそれが粘液の体の各所から十発二十発三十発と間断なく網目状に放たれると玉座を間をスパズパッとサイコロステーキのように斬り裂いていった。

 それら無数に迫った逃げ場のない液レーザーの回避はどう見ても不可能と思えた。


 ――だが、俺は確かに見た。


 一歩間違えば生と死の狭間。そんな極限状態の中で陛下は笑っていたのだ。

 その殺気と闘気に反応し、陛下の手にした剣がバチバチと雷を帯び始めた。

 しかも陛下は放たれた水圧レーザーを一撃たりともその身に受けてはいなかった。

 だが、陛下の体に沿って、背後の切断された玉座の間の壁や足場は崩れ去り、真下へと落下していった。


「どうした、ジジイ。攻撃はそれで打ち止めか? だったら次はお前に当てるぞ。今度は正真正銘、本当の『牙神』を見せてやろう」


「……なんじゃと。貴様、どうやって防いだ……いや、躱したのじゃ」


「さてな、それは自分で考えるといいだろう」


 決して躱されるはずがないと絶対の自信を持っていた己の技が通じなかったのを見て、ダルドアの表情にようやく動揺が走ったのが見られた。

 そんなダルドアを見据えて、陛下は体勢をかなり低く屈伸させた状態から剣を構えたが、あの牙神の構えは俺には記憶に新しかった。


「さて、これが私の最高奥義だ。中々、楽しめたが、お前の攻略法はすでに見えた。今度の一撃で終わらせてやろう。反撃をするなら早々にするのだな」


「くっ……」


 ダルドアは押し黙ったが、しばしして「ゴウンッ、ゴウンッ」と城の揺れとは違う何かが流れる音が、城内……いや、城外からも聞こえ始めた。

 と、同時に大蛇の頭部のサイズも徐々に、大きく膨れ上がり始めた。


「これは水を吸い上げる音か? 恐らくダーム城の後ろに広がっている湖の水を、その大蛇の口へと吸い上げているのだな」


「ご明察じゃよ、よう分かったもんじゃ。本来はこの城に備わった兵器の1つであり湖の水を圧縮して撃ち出す砲塔だったのじゃが、今は余の肉体の一部として取り込んで機能しておる。その威力や否や、街を容易く吹き飛ばすほどじゃ。さて、お主の最高奥義とやらと、どちらが優るか試してみるかのう、若造」


 ダルドアは再び余裕を取り戻すと、膨れ上がった大蛇の口が大きく開かれる。

 そして吸い上げられた水が極限まで圧縮されていった。


「いいだろう、その挑戦受けて立つ。私とて興味があるのでな。街を吹き飛ばす兵器とやらと私の奥義のどちらが優るのかが。来い、ジジイ」


 緊迫した空気の中、陛下とダルドアはしばらく睨み合っていた。

 互いに次の一撃に全力を込めるべく、溜めを行っているのだろう。

 俺達はその一部始終を固唾を飲んで見守っていたが、そんな一触即発の状態もそれほど長くは続かなかった。


「さて、覚悟はいいかのう。これにてチャージ時間は終わりじゃよ。そろそろ消えてもらおうか、若造。最大威力で放たれる我がダーム城最強の兵器『竜哮砲』を受けて消し飛ぶがよい!」


「面白い……ならば私はそれを最高奥義『牙神・天破』で迎え撃とう」


 キィィィンと言う音と共に、はち切れんばかりに膨張した大蛇の口からついに竜哮砲は発射された。

 と、同時に陛下のお姿が元いた位置から、かき消えた。

 俺の時と同様だった。

 雷が走ったかと錯覚する程の激しい雷光を纏った突進から生み出された一突きは、極太の水流と真正面から激突したのだ。


「どっちだ! どっちの攻撃が優ったのだ!? へ、陛下は……ダルドアはどうなった!」


 俺は空を覆い尽くさんばかりに広がる閃光に目を細めながらも、視線を凝らした。

 そして俺が目にしたのは……陛下の必殺の一撃がダルドアの切り札である竜哮砲を四散させ、前方にいる奴が纏う大蛇にまで及んだ瞬間。

 そして……その余波を受けた大蛇を形作る粘液が、暴れ狂い熱量に融解していく様であった。


「……なっ……何という一撃じゃ……」


 ダルドアは粉々に砕け割れた、張り付いていた巨壁と共に落下してきた。

 そして……それらの所々からダルドアの腕や足がはみ出しており、あちこちから血が滴り落ちていたのである。

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