第七十話

「余は……倒されたのか……? シャリムが余のために、用意した無数の魔物ゴルグを繋ぎ合わせて作り出した、力作だった肉体が……崩壊を始めておる……敗けたのじゃな、余は……」


 崩れた巨壁の破片の中の、血まみれのダルドアは床に横たわっていたが、ゆっくりと床に手をつきながら、立ち上がり始めた。


「満身創痍だな。その体ではもう戦えはしまい。大人しく降伏しろ。年配者で、一国の統治者であるお前には、それなりの処遇は約束しよう。だが、あくまでここで最後まで戦って死にたいと言うなら望み通りにしてやる」


「……余の命まで奪う気はないというのか。寛大なのじゃな……」


 陛下は剣を鞘に納めると、ダルドアを見下ろしながら言った。


「本当はそのつもりだったのだがな。部下に見放され、死にゆく老体のお前に少し同情しただけのことだ。気付かなかったのか? そのシャリムもエリクシアも、主要な部下は誰もお前を助けにやって来なかった。本来ならば何を優先してでも、駆けつけなければならなかった時だというのにな」


「ぬ、ぬぅ……シャリムには余にもしもがあれば、自分の判断で船を出港するよう命じてある。その命を優先しただけのことじゃ……」


 そう言いながらも、動揺した様子を見せ、よろよろと体を支えているダルドアを陛下は一瞥すると、俺達の方へ歩み寄ってきた。


「拘束しろ。だが、相手はご老人で一国の王だ、丁重にな」


「はっ」


 俺とギスタは立ち尽くすダルドアに駆け寄ると、ギスタが所持していたロープで両手を縛ったが、それでもダルドアは抵抗する様子をまったく見せなかった。

 だが、その時だった。

 陛下を始め、そこにいた全員が、何かの気配を感じ取った。

 そして「キィィィン!」という聞き覚えのある音が遠く離れた場所からしたかと思った次の瞬間……


 ――ズガガアアァァァン!!


 城全体を揺るがすような凄まじい衝撃と共に、ダーム城の左半分が吹き飛んだ。

 俺達がさっきまで立っていた場所は崩れ去り、地上へと瓦礫が落下していった。


「な、何だ!? 何が起こった! い、今のは……!?」


 それはあっという間の出来事だったが、城の半分が吹き飛んだ破壊跡を見て、俺達は紙一重の差で命を拾ったのだと悟った。

 もう少し遅れていれば……俺達はこの城と共に、運命を共にすることになっていただろう。


「い、今のは……今のは……竜哮砲じゃ。鯨王キングホエール号にも搭載された……。シャリムの奴、余もろともこの城を消し飛ばそうとしたのか?」


 ダルドアはわなわなと体を震わせ、打ちひしがれている。

 その表情からはもう先ほどとは打って変わって、余裕も自信も微塵も感じられず、ただの小さな老人のようだった。


「これではっきりしたようだな、ご老人。お前は切り捨てられたのだ。信頼していたシャリムやエリクシアにな。だが、お前にもまだ出来ることがある。降伏の白旗を掲げるのだ。その役目は国王であるお前にしか出来ない。それで投降する者も現れるはずだ。これ以上、戦いを長引かせないためにもな」


「そう……じゃな。これ以上の戦いは泥沼になるだけじゃろう。……分かった、降伏しよう」


 観念したかのようにダルドアは力なく項垂れると、降伏を受け入れた。

 こうしてギア王国ダーム城は陥落したのである。

 そして城に降伏を示す、白旗が掲げられた時、城にいた兵士達も全員が降伏した。

 だが、それですべてが解決した訳ではなかった。

 港で出港準備をしていた船は一隻残らず出港しており、東方武士団の兵士や忍衆の忍者達の多くは、こぞって姿を消してしまっていたのだ。

 恐らくはグロウスの指揮の元、共に船で海を渡ったものと思われた。


 ――そして俺達は……


 半壊したダーム城を捨て、外に仮の陣を張って、今回の作戦の参加者である俺とヴァイツ、ノルン、ギスタ、ゼル、ミコト、ハオラン、ダールが勢揃いし、皆が陛下の言を待っていた。


「ギア王国の王都はこの通り制圧したが、私は自治権までは奪うつもりはない。勿論、我が国の監視下には置くが、国王にある程度の権限は残し属領と言う形でこの国自体は残そうと思う。だが、残る問題は王都から逃げ延びて海を北に渡ったと思われる、宰相シャリム一派のことだ。奴らに降伏の意思などあるまい。生かしておけば、いずれは我が国に牙を剥くことも考えられる故、このまま見逃す訳にはいかない。そこで我々も一度、アールダン王国へと引き返し、軍艦を率いて追跡を行おうと思うが、念のため皆の意見を聞いておきたい」


 ゼルが挙手し、立ち上がった。


「それについてですが、陛下。我が国は海軍を所持しているとはいえ、黒い霧が及ぶ外海まで航海した経験を持った兵士が、不足しております。対してシャリム一派は周到に出港準備を企てていたとのことですから、あるいは十分な航海訓練を行っていた可能性があります。追跡するにしても、ただでさえ危険な黒い霧の中での航海です。もし海上での戦いとなった場合、劣勢は避けられないかもしれません」


「うむ、もっともな意見だな。だが、黒い霧を始めとする災厄に対抗する専門家であれば我が国に適役がいるではないか。そう、私達のすぐ目の前にな。どうだ、頼めるか、アラケア? お前と黒騎士隊も同行し、我が国の海軍兵士に黒い霧への対抗策を指導してやってはくれまいか?」


 陛下は俺を見据えて言ったが、それは俺自身や黒騎士隊だけではなく、海軍の兵士の命まで預かることになる、この上なく重責を伴った任務だった。

 しかしそれでも、この任務は俺にとって重要な意味を持っていた。


「……分かりました、引き受けましょう。軍艦ではありませんが、一般船舶に乗船して外海を航海した訓練経験であれば私も黒騎士隊も十分に行っております。決してギア王国の者に遅れはとらないつもりです」


 俺はそう答えたが、陛下の手前、内心を悟られぬよう意識して平静を装った。

 そう、この任務こそ内心では待ちに待っていた任務だったからだ。


「そうか、よく言ってくれた。それでこそ私がもっとも信頼する友だ。となれば迅速に行動を起こしたい。ダルドアの身柄も一度アールダン王国の王都まで移送させねばならんしな。明朝、すぐにでも帰路に就こうと思う。それまで十分に休息をとり、戦いの疲れを癒しておくのだ。戻ればまた次の任務が待っているのだからな」


「はっ!」


 俺達はギスタを除く七人が陛下に跪いた。そして……。

 俺はこの任務で行くことになるであろう未知の大陸に頭の中で思いを馳せた。

 ライゼルア家の歴代当主の悲願とも言える、その場所へ向かう機会がようやく俺の代で巡ってきたことに、内から湧き上がる喜びを隠せなかったのだ。

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