第六十一話

「何だ、こいつは……一体この有様はどうなっている?」


 城内に突入した俺達が、まず目を引いたのは現れた武装した兵士達ではなかった。

 城内の床、壁、天井を覆うように……まるで蜘蛛の糸のように真っ白なものが至る所、一面に張り巡らせてあったのだ。

 その答えを得られないまま、俺達は襲い来る兵士達と交戦状態に入った。


 ガギィイイイン!!

 その兵士達は刀と呼ばれるギア王国独特の武器を振るい、兵装から東方武士団の一般兵士だと思われた。

 だが、その動きの速さ鋭さは一般兵とは思えないほど飛びぬけており、あの時に見た少年と同様の力を得ていることを窺わせた。


「本当に国民や一般兵に至るまでが、人ならざる力を獲得しているようだな。だがっ! 集団としてかかってこられれば厄介だが、個の強さとしてみれば俺達に勝てないほどではない!」


 俺はルーンアックスを上段から振り下ろすと、受け止められた刀ごと破壊しそのまま相手の脳天に渾身の一撃を叩き込んだ。


「さすがはアラケア殿。お見事です。では我々もこのまま兵士達を倒しながら道を開きましょう」


 ゼルは兵士達の首を次々と蹴り抜き、また心臓に拳を打ち込んでいく。

 その蹴りはいとも容易く兵士達の首をへし折り、心臓を打たれた者は心停止を起こし絶命し、地に倒れていった。

 筋骨隆々とした巨漢のハオランに比べると、細身のゼルは単純な力ではなく技を以って、敵の肉体を破壊する術に長けていた。

 人体の構造を頭で理解しているからこそ、どこに力を掛けると人を死に至らしめることが出来るかが、手に取るように分かるのだ。


「聖騎士たる私達には少し物足りない相手ですね。いくら強靭な肉体を得ようとも所詮は一般兵士。技量では私達に遠く及びません」


 ミコトは全身から剣気を放ちながら、手にした大振りの刀を振るって、兵士達の首を一人また一人と刎ねていった。

 だが、彼女が持つその刀の醸し出す気配の禍々しさといったら、相手が魔物ゴルグであっても怯ませかねないほどであった。

 あれは……村正と呼ばれる刀だと陛下から聞いたことがあった。

 昔、ギア王国で名のある刀鍛冶が打ったと言われる業物中の業物だそうだが、途轍もない切れ味を誇ると同時に、持ち主を呪うとまで言われる伝説の妖刀だ。

 なぜその妖刀が彼女の手に渡ったか分からないが、上手く使いこなしている所を見ると彼女によく馴染んでいるのだろうことが伝わってきた。


「へっ、俺も負けてられねぇな。奥義もちょっとだけ使い慣れてきた所だ。すぐに息切れしてた前までとは違うって所を見せてやるぜ!」


 ギスタの両手がふっと消えて敵の背後や真横から首筋、心臓などの急所を的確にアサシンナイフが貫いていく。

 空間を飛び越える距離には限界があるようだが、範囲内であれば閉じられた場所以外、全身または肉体の一部をどこへでも飛ばすことが可能なようだった。

 いかなる死角からでも攻撃が出来るとは、暗殺者に相応しい奥義と言えるだろう。


 俺達四人は数で劣るものの確実に敵を圧倒しており、瞬く間に床には兵士達の死体が山のように築かれていった。

 だが、俺達の目的は雑兵退治ではない。敵の注意を引くことには成功しているが、陛下にグロウスとダルドアを仕留めることに専念して頂くために忍衆の筆頭エリクシアや、こいつら兵士を指揮する東方武士団の武将ガンドと言ったギア王国の主戦力達を足止めしておくことも、俺達に与えられた役割なのだ。


「……このままでは埒が明かんな。ギスタ、ダール殿から貰った炸裂弾を使え。出来るだけ派手に暴れれば大物達もきっと向こうの方からやって来るはずだ」


「あれを使うってのか。へっ、ずいぶんと早い出番だな! ああ、分かったぜ!」


 ギスタは懐から任務に向かう前にダールから受け取っていた炸裂弾を取り出すと腕ごと空間を跳躍させ、城内のあちこちへと放り捨てた。

 するとほどなく城内の至る所から爆発が巻き起こり、壁などを破壊していった。

 そしてその広がった爆炎は、蜘蛛の糸で覆われていた部分をも燃え上がらせた。


「いよっし! さすが噂に名高い刀匠ダールの作品だな。結構な破壊力じゃねぇか。あの不気味な蜘蛛糸にも効果は抜群だしよ」


 ギスタが炸裂弾の予想以上の威力に満足げにしていたその時だった。

 俺、そして他の三人も何者かが近づいてきている気配に気がついた。


「おい、来やがったぜ……」


「ええ、これは……驚きましたね。……凄い気配の持ち主です。何者でしょうか? ……強い、殺気を感じますが、どうやら隠すつもりもないようですね……」


 ギスタとミコトは近づきつつある、殺気の持ち主に戦慄を感じて呟いたが、それは俺も同様だった。

 だが、こうなることが、俺達の狙いだったのだ。

 ようやく大物を誘き出すことが出来たことを、一先ず俺は喜んだ。

 そうして気配の持ち主が現れるのを待っていた時、城の上階の方で刃物が肉を斬り裂く音がしたかと思うと、今度は兵士達の断末魔の叫び声がした。

 しばしして顔の中心に大きな十字の傷痕があり、東洋の甲冑を纏った一人の男が上階から続く階段から姿を現した。だが、その男の得物である手にした

巨大なハーケンにはたった今、ついたと思われる血液がべっとりと付着していた。


「現れたのは貴様か……東方武士団の武将ガンド。荒々しい残忍な性格だと聞いているが、部下を容赦なく殺すとは噂に相違ないようだな」


 俺は階段の中段からこちらを見下ろすガンドを睨み付けると、奴は手にしたハーケンを「ぶん!」と振るって刃に付着した血を払った。


「……戦場を愚弄した者どもを抹殺しただけだ。奴らはお前達を前に及び腰になっていた。弱きは俺の東方武士団にいらん。それよりライゼルア家当主アラケア、お前のことは宰相が甚く気に入っていた。あの男が珍しいこともあるものだと思っていたがな」


「俺を知っていたか」


 俺の言葉を聞くや否やハーケンを肩に担ぎ、ガンドが豪快に笑った。

 その顔は楽しくて仕方がないと言った表情だ。


「ああ、知っているとも。知らないはずがないだろう! アールダン王国の武の名門ライゼルア家、その当主の武勇ともなれば黙っていても、ここまで耳に入ってくるぞ! 戦いに身を置く者としてその強さには興味を惹かれないはずがない! さあ、俺に見せてみろ、アラケアよ! 数々の魔物ゴルグを打ち破りし、お前の力をな! ……血が滾るのだ。もうこれ以上、俺を待たせるな!」


 ガンドの雄叫びと共に放たれる、まるで針で突き刺されるような鋭い殺気にギスタ、ゼル、ミコトが身構える。

 だが、そんな三人を手で制して、俺は一歩前へと進み出た。


「お望みならば存分に見せてやろう。ギスタ、ゼル、ミコト。お前達は手を出すな、こいつは俺との一騎打ちをご所望のようだからな」


「聞いての通りだ、お前達も手を出すな! これは俺と奴の戦いなのだからな! お前達は他の三人の相手をしろ! ダルドア陛下のため、必ず殺せ! いくぞ、アラケア! 貴様の首を獲って我が武勇とせん!」


 ガンドは漆黒に塗られたハーケンをかざしアラケアに対し直線上に向かってきた。

 そして横なぎに振り回されるハーケンを俺はルーンアックスの横腹で受けるが、その凄まじい膂力に手にびりびりと痺れが入った。


「そんなものか! 貴様の力は! それでは陛下にお前の刃は届かん! 俺を失望させるな!!」


 俺はその挑発に対し、全身から蒸気を噴出させながらルーンアックスを握る右手ではない左拳で奴の顔面を殴りつけた。

 鉄をも砕く威力はあると自負する己の握り拳だったが、奴は平然と不敵に笑って物ともしなかった。


「ふっ、俺がただお前との戦いだけを優先させる猪武者に見えるか? 何だかんだ言って俺の部下は優秀だ。お前さえ押さえておけば俺の東方武士団の勝利は揺るがん。数の利は決して覆せんのだからな! それに知っていたか? お前達がここへ向かっていたことも陛下はとうにお見通しであったことを。俺達は端から知りつつ、お前達をここへと誘き寄せていたのだ!」


「何だと……っ!」


 俺の中で途端に焦りに似た感情が沸き起こった。

 だが、その隙を目の前の男が見逃すはずもなかった。

 今度はガンドが、俺の顔面へとその拳を叩き込んできたのだ。

 それも何度も、何度も!


「う、うおぉおおおおおっ!!」


 あえて素手で攻撃することによって、歴然たる力の差を俺に見せつけようとでも言うのだろう。

 俺はたまらず後方に飛んで距離を取ったが、ガンドはすぐに密着するように追いすがってきて、決して逃がさなかった。


「……こんなものか、ライゼルア家の当主とは。カルギデもつまらん男に敗れたものだ。まあ、いい……終わりだ。今、楽にしてやる」


 ガンドが右手に握りしめたハーケンを大きく振りかざす。

 俺はふらつく足を何とか立たせながら何とか回避を試みるが、軽い脳震盪を起こしておりとても避けられそうにはなかった。

 だが……その時だった。


 ――ザンッ!!


 ガンドの首筋にアサシンナイフが突き刺さっていたのだ。

 そしてそれが抜けると同時に、首筋から鮮血が噴出した。

 思わぬ横やりにガンドは攻撃を中断すると、手で傷口を押さえて止血を始めた。


「ちっ、危ねぇな。しっかりしろよ、アラケア。本気を出さずに負けちまうなんてお前らしくもないじゃねぇか。さっさとやっつけちまいな!」


 俺はふらつく体をルーンアックスで支えると、視界の揺れも次第に治まり始めてきた。

 と、同時に再び俺の体から蒸気が激しく噴出する。

 しかも今度は陛下との戦いで、悪あがきで思いついた新しい試みをも併用させ……どっどっどっ、と意識して心臓の鼓動を高まらせ始めたのだ。


「ほう、安心したぞ。まだ切り札があったか。だが、なぜそれをさっき俺に使わなかった?」


 ガンドは心底、嬉しそうに獰猛な笑みを浮かべる。

 対して俺にはやはりあまり余裕は残されていなかった。


「……勘違いするな。本気を出さなかった訳じゃない。この試みは体に負担が大きくてな。それにこれでようやくお前と五分五分だ。だが、それは俺達の負けを意味する。この試みで体力を消耗していった俺はいずれお前に倒されるだろうからな」


「つまり勝つための策はもうないと言うことか。見苦しい! ならば玉砕覚悟のそんな技など打ち砕いてくれる。さあ、来い!! せめて華々しく散らしてやろう!!」


 ガンドはハーケンを構え、俺を迎え撃つ姿勢を見せた。

 俺の最後の反撃は恐らく通用しないだろう。奴の言う通り策はない。

 だが、それでも……座して死を待つよりは……俺には立ち向かう以外に道は残されていなかったのである。

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