第六十二話
「いくぞ……」
たとえ切り札を用いて互角まで身体能力を上げたとしても、所詮は一時的なもの。
体力を消耗していけば、いずれはこちらが押し切られる。負けは確定。
だが……それでも他に打つ手がない以上、使わざるを得なかった。
「何を考えている、なぜ来ない? ならばこちらからいくぞ!!」
痺れを切らしたガンドの言葉に反応するように、俺は全身の血管を浮かび上がらせながら蒸気を噴出させると、奴が攻撃に動くより先に一歩を踏み出した。
ギィイイイイイン!!!
振り下ろした俺のルーンアックスをガンドは易々と受け止めると「ぬるい!!」と叫んで俺を蹴り飛ばした。
その強烈な威力に俺の体は悲鳴をあげる。
だが、劣勢を強いられながらも、打開策を俺は考えていた。
(このまま時間を稼げば陛下はグロウスとダルドアを暗殺してくださるだろうか? ならば……今、俺達がすべきは時間稼ぎか?)
「何を考えている!? 気に入らんな、お前は戦いに専念していない! 舐められたものだ、この俺と片手間で戦ってどうにか出来るつもりか!? 俺の戦いを愚弄するな! アラケアッ!!」
奴の罵倒と共にハーケンが横なぎに払われ、俺のルーンアックスと切り結んだ。
完全に力負けした俺は、その衝撃で後方に飛ばされたが、壁に激突する前にズザザザッと踏み止まった。そして奴を睨み付け、そのまま次なる技を繰り出した。
「『鬼翔断・極』!!」
地面から斬り上げたルーンアックスから極太の衝撃波が生じてガンド目掛けて放たれていった。
それをガンドは「ぐぉおおおおお!!!」と獣のごとき咆哮を上げてハーケンを振るって斬り裂き掻き消してしまった。
「ぬるいわ!! 俺との戦いに専念出来ぬというなら嫌でもその気にさせてくれる!!」
ガンドが突進と共にハーケンを振るう。……ズザンッ!!
そしてとうとう俺は防ぎきれず、胴体を真一文字に斬り裂かれた。
鮮血が飛び散り、俺は胴体を押さえていたが、耐え切れず床に倒れ伏した。
「……が、はっ!! ぐ、ぐああっ!!」
「立て! シャリムに鍛えられたカルギデを倒したというお前と戦える日を俺は心待ちにしていたのだ! ライゼルア家の当主の真の力、見せてみろ! 武勇を聞く限りお前の力はまだまだこんなものではないはずだ!!」
己の戦いをそれぞれ行いながら、俺とガンドの戦いを見守っていたギスタ達もいよいよ自分達を取り巻く状況が悪い方向へ向かっているのを悟ったようだった。
「おい、まずいぜ。あの野郎の強さ、尋常じゃねぇ。アラケアでも勝てねぇなんて俺達じゃ尚更、勝ち目なんてねぇぞ」
「そう、ですね……このままでは」
ギスタの言葉に返答したミコトが俯きながら思いつめた顔をしている。
だが、その表情には何か強い決意があるのを見て取れた。
「今日が満月だったのは幸運だったのでしょうか。もしかしたら陛下はこのことを見越した上で……」
ミコトの呟きにゼルは血相を変えた。
「……まさか、ミコト。
「ええ、それしか手がないようですから。仕方ありませんよ」
ミコトは襲いかかって来る兵士を斬り捨てると、ギスタの炸裂弾で穴の開いた城内の天井部分の真下へと、ゆっくりと歩を進めていった。そして……。
曇り空に向かって、手にした村正を天高くかざした。
するとどうだろう。それに反応するかのように、雲が割れていったのである。
そして隠されていた満月が浮かび上がる空を見上げると、徐々に徐々に……ミコトの姿が変化していった。
目が赤黒くなり、髪は長く腰まで伸びて、白髪へと変わっていったのである。
その異様な容貌は、まるで荒々しい獣さながらであった。
「お、おいおい……どうしちまったんだよ、ミコトの奴はよ。今までとは雰囲気が全然、違うじゃねぇか」
「今の彼女には近づいては駄目です。でなければ下手をすれば我々も殺されますよ、ギスタ殿」
その変化に驚いたのは俺達だけではなかった。
東方武士団の兵士やガンドすらも、その神秘的な変化に思わず見入っていたのだ。
しかしそんな周りの様子を意に介さず、ミコトはすたすたと歩いて蹲る俺を見下ろすガンドの肩にぽんと手を置いた。
そしてニコリと微笑んだ。
「お相手……して頂けるのですよね? ガンドさんでしたっけ? せいぜい楽しませてください。貴方の相手はこの私です」
「貴様……面白い。いいだろう! 貴様こそこの俺を楽しませてみせよ!」
そう言い放つと同時に、ハーケンが真一文字に振り回されミコトへと襲いかかる。
そして……それが直撃したかと、誰もが思った時だった。
――ピシリ。
と、逆にハーケンの方に亀裂が入ったのだ。ハーケンは命中したのではない。
直前、ミコトに刃の部分を素手で掴まれて止められていたのだ。
そしてその込められた指の力だけでかなりの業物であろうハーケンはピシピシと僅かなヒビからどんどん亀裂が大きく広がっていった。
「き、貴様っ!!! 俺のハーケンを!!」
ガンドは叫びながら、ハーケンをミコトから離そうとするが、ピクリとも動かなかった。
明らかに今までの、いや……女の腕力では考えられなかった。
「私を止められるのはガイラン陛下お一人のみ。貴方では無理ですね。さあ、楽しませてください。いくらでも悲鳴を上げてもいいですからね」
……見えなかった。その場にいた誰もがそう思っただろう。
気づいた時にはガンドの鳩尾を抉るようにミコトの拳が炸裂していたのだ。
「がはっ……ぐはっ!! き、貴様っ……」
ガンドは吐血し、ハーケンを床に落としてしまった。
だが、その目は憎しみに満ちており、鋭い目つきでミコトを睨み付けている。
「あらあら、武器を手放してどうされるおつもりです? まさか反撃はもう終わりですか? そうですか、つまらないですね。どうやら……貴方の抵抗もこれで打ち止めみたいですし、じゃあ、またこちらから……いきますね」
バンッッ!!
ミコトは床に転がるハーケンを足で力強く踏みつけると刃部分が砕けて破片が周囲へと飛び散った。
そして……そのままガンドに向かって飛びかかり、殴った。
激しく吐血し吹っ飛ぶガンドに馬乗りになるとその顔を何度も何度も殴り続けた。
「ぐわああああッッ!! あああああッッ!!!」
「あら、どうされました? まあ、命乞いをしても聞いてあげませんけどね。打ち明けちゃいますけど、私は血が好きでしてね……。それはもう大好きで、昔はよく人を殺して回ったものです。陛下に止められてからあの人の元に下りましたけど、今も時々、血が騒ぐんです。ああ、だってぞくぞくするんです。やめられませんよ。だって殺しは最高の娯楽じゃないですか。楽しくて、楽しくて……貴方にだって分かるんじゃないですか? だって貴方も戦いが好きみたいですし。あら、気を失ってしまいましたか? 駄目ですよ。さあ、目を覚ましてください」
ミコトは村正でガンドの腕を突き刺すと、気絶から覚醒した奴を再び殴り続けた。
地獄のような狂演が繰り広げられ、俺やギスタやゼルも、いや……東方武士団の兵士達すらも何も動くことが出来ずに、成り行きを見守るしか出来なかった。
俺はこの任務に向かう前に陛下が言っていたことを思い出していた。
――ミコトはこの任務の切り札だ、だと。
その言葉の意味を……俺はようやく理解したのだった。
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