第六十話
山道を抜け、敵の総本山である王都「黒鄭都」に向かっていると想像していたより天高く聳える城が見えてきた。
その高さはまるで天に憧れているかのように見える。
「あれが話に聞くダーム城というやつか。あんな無駄に高く聳える城を立てて権力を誇示するなど、ダルドアなど碌な国王ではないな」
俺は正直な感想を述べたが、時刻はすでに日が暮れ始めていた。
だが、丁度いい頃合いかもしれない。夜の闇に乗じて王都に忍び込むことが出来れば内部の状況が、より詳しく分かってくるだろう。
頭数で大きく劣る俺達は姑息かもしれないが、ここからは一層、上手く立ち回る必要があるのだ。
そして完全に日が落ちたのを見計らって、俺達は馬車を離れた位置に停車させ、俺、ゼル、ギスタ、ミコトで潜入を行うべく、王都に徐々に近づいていった。
ギスタの空間を飛び越える奥義により、意外なほど上手く潜入することに成功した俺達だったが、王都外周部の下町では灯りの規制が為されているのか、ほとんど真っ暗であちこちで東方武士団の一員であろう兵士達が見回りをしていた。
「ゼル、そういえば今日は満月じゃなかったですか?」
俺達が息を殺してダーム城を目指していた中、ふいにミコトが言葉を発した。
ゼルはそれを聞くと、頭をぽりぽりと掻きながら、その質問に答えた。
「ええ。空が晴れていれば、綺麗な満月が浮かんでいたかと思いますよ。ですが、今夜は月が隠れていて貴方には幸運でしたね」
「ええ……そう、ですね」
そのやり取りを聞いていたギスタが首をかしげる。
俺も意味が分からないと思ったが、余計な詮索をするつもりはなく黙ってそのまま移動を続けた。が、ギスタは好奇心が刺激されたのだろう。
話に割って入ったのである。
「何だよ、今日が満月で晴れてたら何か問題でもあったのか?」
ミコトは努めて冷静な態度で「何でもありませんよ、気にしないで」とだけ言って気配を殺しながら、風を切るスピードで街中を移動していった。
どう見ても答えをはぐらかした返答だったが、ギスタも深くは尋ねなかった。
「ま、俺も暗殺者だ。人の秘密には深くは立ち入らねぇけどよ」
再び俺達は無言のまま完全に気配を消して移動を続け、少しずつダーム城へと近づきつつあった。
気配はそこかしこから感じる。ほとんどは民家の中からだ。
人は確実にいる。だが、夜間外出禁止令でも出されているのか、街中を出歩いている者は兵士以外は誰もいないという状況だ。
そんな時、街中を走りながら、ふとギスタが声を漏らした。
「……この上手くいってる感じが、俺は不気味で仕方ねぇぜ。以前、俺がギア王国の王城に忍び込んでエリクシアに返り討ちにあったって話をしたのは覚えてるよな。あの時もこうだった。自分では上手く立ち回ってたつもりで、見つかるはずがなかったんだよ。それなのにいつの間にか、俺は敵の術中に嵌まっちまってたんだ。結局、それがなぜだったのかは今でも分からねぇままだ。気を付けろよ、お前ら。すでに俺達の動きは敵に筒抜けの可能性がある」
「この敵陣の真っ只中でか? だとしたら笑えない話だな。避けたい事態だが、万が一の時はやむを得ん。こちらも武力行使で反撃するのは止む無しだろうな」
元々、敵地に入った時点で腹はくくっている。
覚悟は出来ていたが、このまま犠牲を出さずに任務を遂行出来れば、それに越したことはないと思っていた。
だが、やはり最悪の事態がいついかなる時に起きてもおかしくないことを、常に想定しておかねばならないのだろう。
「心配入りません。予定通り別動隊が今頃、行動を開始しているはずです。そろそろ始まりますよ。そうなれば合図を機に、私達も次の行動に移らなくてはなりません。迅速に対応お願いしますよ、皆さん」
しばらくして大きく火の手が上がり大勢の兵士の叫び声と怒声、住民達が逃げ出す音がし、先ほどの静けさとは打って変わって騒がしくなった。
そう、陛下の命令により俺達は二手に分かれて、別動隊であるヴァイツ、ノルン、ハオラン、ダールが頃合いを見て、街中に火を放つ手筈となっていたのである。
その狙いは陛下をダーム城に潜入させる事であり、火の手が上がった合図と共に本隊である俺達も陛下とは別に王城を目指すことになっていた。
「どうやらヴァイツ達がやってくれたようだな。では、俺達も行くか」
ここまで騒ぎが大きくなっては気配を殺してこそこそと動き回る必要もない。
騒ぎの混乱に乗じた俺達は、王城へと全力で走って向かっていった。
その最中だった。街の高台から港らしき場所が遠目に見えたが、そこには黒く塗りつぶされたかのような、巨大な黒い鯨のような外観の船が浮かんでいた。
いや、巨大などと言う生易しいものではなく、それはまるで要塞さながらの規格外の大きさであり、その収容人数は万単位は可能であろうかとさえ思わせた。
「あの船は……」
それを見た途端、俺の脳裏にグロウスが語っていた目的が過った。
自分達はこれから海を北に越えて、災厄を引き起こしている根源がいる
奴が言っていたことは偽りではなく、本当にそれを目指していたのだ。
「気にはなるが、今は王城へ侵入するのが優先事項だ。あの船をどうするかは後回しだな」
そう判断した俺は、皆と共に王城に向かって急いだ。
……どれだけ走っただろう。とうとう俺達は天高く聳え立つその居城を真下から見上げる距離まで辿り着いたのである。
王城ダームは周囲に設置された大サイズの妖精鉱の灯りで照らし出されており、無駄に高く作られていることを除けば、実質剛健な印象を受けた。
「……入るぞ、お前達。あの陛下のことだ。すでに俺達より先に潜入しておられるかもしれない。 陛下が無事にグロウスとダルドアを暗殺出来るように俺達もサポートするんだ。悔しいが、それが数で大きく劣る俺達が確実に勝利出来る方法だ。いいな?」
俺は他の三人の顔を見回すと、これから行うことの最後の確認をとった。
三人とも無言でこくりと頷き、全員の意思の一致を見た俺は手で作戦開始の合図を出すと全身から蒸気を噴出させ、城門をルーンアックスにて大きく破壊した。
「ここから先はもう後戻りは出来ない。中で何が起きたとしても任務を成功させることだけを考えろ。お前達も覚悟してここまで来たのだろう。自身の命よりも任務を優先するんだ。さあ、いくぞ!」
そうしてついに……俺達は敵の居城である、ダーム城内へと足を踏み入れた。
目指すは国王ダルドアとグロウスの寝室。
だが、招かれざる俺達の入城と同時に中からは無数の武装した者達が現れ始め、俺達の前に立ちはだかったのである。
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