第五十四話

「『牙神』!!」


「『『鬼翔断・極』』!!」


 ズジャァァアアア!!!

 音速を超えた速度で駆け抜ける陛下と俺の技が、ぶつかり合う。

 その激突は迸る闘気と空圧によって、大気が裂けるほどだったが、俺の技は陛下の牙神に完全に力負けし、肩口を僅かながら斬り裂かれた。


「ほう、私の技を受けてその程度で済むとは、やはり腕を上げたな、アラケア。嬉しいぞ、ここまで私に肉薄した者など、今まで皆無だったのだからな」


 そう言いながら、陛下は騎士剣の切っ先を俺に向け、腰を低くして再び牙神の構えをとったが、その腰は先ほどよりも深く落としている。


「来い、アラケア。先制攻撃を許そう。この私にまずは一太刀でも浴びせてみよ」


「参ります、陛下」


 俺が踏み込むのと、噴き出す蒸気が一層、激しさを増したのは同時だった。

 そして秒に満たない時間で間合いを詰めながら放たれた斬撃は、陛下の体を斬り裂いた……かに見えた。

 いや、確かに陛下が羽織る目が覚めるほど青いマントには切れ目がついていた。

 が、しかし陛下自身の体には傷一つついていなかった。それどころか……。


 ブシャァッ!

 俺の脇腹から血飛沫が飛び、俺は咄嗟に一旦、陛下から距離を取った。

 俺の脇腹にすれ違いざまに、陛下が放った牙神が掠っていたのだ。

 間合いのない短距離からの発動にも関わらず、陛下の牙神の威力は些かも衰えず今まで破った者が誰一人としていない奥義と言うのも頷けるというものだった。

 だが、不思議だった。そんな状況にも関わらず……。


 ――俺は身の震えるような喜びを感じていたのだ。


 押さえきれない湧き上がる喜びで、自然と俺は笑みを漏らす。

 確かに陛下は強い。桁外れに。しかしその距離は確実に縮まっている。

 このまま腕を磨き続ければ、いずれは届く日が訪れるかもしれない。

 そう思うと嬉しくて仕方がなかったのだ。


「勝機でも見出したか、アラケア? ふっ、『牙神』はお前に何度も見せている。そろそろ攻略の糸口でも見つけてくれなければ面白くないと言うものだ。この技を破る最初の相手がお前であって欲しいと私は切に願うぞ」


 再び陛下は『牙神』の構えをとった。

 この世のすべての武術を極めたと言う陛下が、今までこの技以外を使った所を俺は見たことはない。

 この奥義一つで相対した敵を倒してきたため、他は使う必要がなかったのだろう。

 現時点ではまだ陛下に勝つことは出来ないかもしれないが、ならばせめて……。

 俺は反撃を試みるべく、体内の気をすべて己の中心に集中させるのと同時に、更に……どっどっどっ、と意識して心臓の鼓動を高まらせ始めた。

 恐らく今、俺の顔や全身は血管が浮き出しているのだろう。


「ほう……初めてみるな。それがお前の切り札か」


 陛下がその様子を見て感嘆の声を漏らす。

 だが、俺は心拍数を上げるのと、暴れ回る気を体内に集中させるのを同時にやってのけることに手一杯でそれどころではなかった。


「……貴方の『牙神』に対抗するため悪あがきで思いついた奥義『光速分断波・鳳凰烈覇』の更なる試みです。参ります……陛下。加減は出来ませんのでどうかご容赦を」


 俺は陛下に襲いかかったが、陛下が牙神を繰り出すのと同じタイミングだった。

 人の目を超える程、高速で奔る斬撃が陛下の牙神をついに捉えた。

 バァァァンッ!

 俺と陛下は互いの武器を振るってすれ違う。激しい衝撃が戦いの場である屋上の石床を吹き飛ばすが、どちらもダメージを受けていない。


「ほう、驚いたぞ。『牙神』を繰り出して傷を負わせられなかったことなど初めてのことだ。さすがはアラケア。さすがは我が友だ」


 そう言いながらも、振り返った陛下には動揺は微塵も見られない。

 今は及ばなくとも、いずれは届くと考えていた俺だったが、陛下の眼光を見た瞬間に思わずその殺気に圧倒されていることに気付く。

 強さだけでは計り知れないものを持つ存在、それが陛下と言うお方なのだろう。

 しかし圧倒されつつも、それでも自分の可能性を試したいと言う気持ちは変わらなかった。

 俺はルーンアックスを構え、前傾姿勢で攻撃に入る体勢を整えた。


「続けて参ります、陛下」


「そうか、次も本気で来い。私も全力で受けて立とう」


 相対する俺達だったが、互いの気が高まり、膨れ上がっていく。

 陛下は体勢をかなり低く屈伸させた状態から騎士剣を構えたが、それは今まで俺が見たことのない新たな牙神の構えだった。


「『牙神・天波』。正真正銘の奥義と言った所だ。ゆくぞ、アラケア」


「ではこちらもそれに相応しい技を」


 俺は全身の気を右腕のみに集中させると、ルーンアックスの刃の部分が青白く発光し始めていき、最大奥義『光速分断波・無頼閃』を放つ用意を整えた。


「……」


「……」


 決着の時が刻一刻と近づいている。

 次に奥義を放った瞬間こそどちらかが勝者となり敗者となることが決定されるのは両者とも分かっていた。

 そして……そんな緊迫状態の中、先に機先を制すべく動いたのは俺だった。


「ご覚悟を、陛下! これが俺の最高の奥義です!」


 ……ごわあぁぁぁぁぁっっっっ!!!!


 ルーンアックスを振り抜くと、発せられた巨大なる青白く燃え上がる閃熱が走り、陛下の身に襲い掛かったが、それを待っていたかのように陛下も動いた!


「受けて立とう、アラケア! この奥義まで見せるのはお前が初めてだ!」


 ビシャャャァアアアアアッッッ!!!!!


 帯電を帯びた剣身から放たれる雷光と共に、陛下の体が駆け抜ける。

 雷が走るかのような激しさから生み出された一突きは、俺の最大奥義の閃熱を易々と貫き散らしていくと、そのまま陛下の騎士剣の切っ先が俺へと迫った。

 俺は本能で思わず死を覚悟する。しかしせめて気迫だけでも負けるものかとカッと目を見開いて、技の一部始終を見逃すまいとした。

 刹那、周囲を照らす強烈な閃光が眩く輝き、来る……と覚悟を決めた。

 だが……待てども一向に来るはずの攻撃は来なかった。


「へ、陛下……?」


 視界を奪うほどの閃光が晴れた後、陛下の騎士剣の切っ先は俺への命中の直前で止まっていたのである。


「ふっ、さすがだな。今、使ったのが通常の『牙神』であったならば私も無傷では済まなかっただろう。ここまで私と拮抗した戦いを演じた者は初めてだ。見事だったぞ、アラケア」


 陛下は騎士剣をビュッと振って付着した血を払うと、剣を鞘に納めた。

 その顔は嬉しくて堪らないと言った表情で、笑みを浮かべられていた。

 だが、俺は敗北と言う結果に終わった戦いの決着に、俺と陛下にはまだ予想していたよりもずっと大きな力の開きがあることを、はっきりと実感し僅かでも勝機があると思ってしまった自分を恥じ肩を落として俯いた。


「……ご謙遜を。やはり私ではまだまだ陛下には及びません。まだこれだけの力を隠しておられたとは思いませんでした。この結果も当然のものでしょう」


 そんな俺に陛下は更に言葉を続けた。


「お前は私にはないものを持っている。いつぞやヴァイツとノルンから聞いたが、お前には妖精種族の血が半分、流れているそうだな。ライゼルア家と妖精種族の二つの血を併せ持つお前は、いずれ私にはない力を身に着けていくのだろう。それはいずれ災厄と戦う上で大きな希望となると考えている。だからその力を引き出すべくこれからも精進するのだ、良いな?」


 俺は顔を上げ、それでもしばらく考えていたがそのお言葉に頷いた。

 たとえ今はまだ陛下に勝てなくとも、可能性がある限り諦める訳にはいかない。

 そしてここまで期待してくださる陛下のご期待に応えるため腐っている場合ではないとそう考えたのだ。


「ええ、陛下の盾となり、この国をお守りするのが、ライゼルア家当主の務め。人々が笑って過ごせる世界を到来させるために、この身を職務に捧げましょう」


「うむ、頼りにしているぞ、アラケア。さあ……皆既日食もついに終わりだ。見よ、空を。とうとう我々は今回の災厄の周期から生き延びることが出来たのだ。まずはそのことを素直に喜ぼうではないか」


 空を見上げると、凶星キャタズノアールに覆われていた太陽は徐々に顔を出し始めていた。

 災厄の周期、最大の悪夢である皆既日食の期間は今、終わりを迎えたのである。

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