ギア王国への侵攻

第五十五話

 皆既日食の期間も終わり、王都の地下に避難していた人々は地上へと戻り、王国と自分達、国民を守り切ったガイラン国王の偉業に拍手をし、褒め称えた。

 人々は危機を乗り越えたことを安堵していたが、魔物ゴルグによる王国領内の物的被害、黒い霧の浸食により狭まった人類生存領域など、問題が山積みだった。

 しかし一武人である俺には、それらの仕事で陛下をお助けすることは出来ないため今、自分に出来ることを果たすべく、王城の地下牢獄を訪れていた。

 目の前の牢内には、あの俺の命を狙ってきた黒竜がいる。

 だが、その姿は竜から人間の少年のものに変化しており、高等竜人族のみが行えるその技にこの少年もかなり高位の者だということを窺わせた。


「さて、単刀直入に聞こう。お前が俺の命を付け狙う動機をな。暗殺者を雇ってまで俺を憎む理由は何だ? 俺はお前には見覚えがない。しかしそこまで憎むからにはお前と俺には大きな因縁があるのだろう。それを包み隠さずに話して欲しい」


 黒竜の少年、ラグウェルは忌々し気に俺を睨んでいたが、やがて口を開き始めた。


「お前は姉さんの死の原因を作った男だ。だけどお前は覚えてないよな。姉さんはお前のために体を壊して死んでしまったんだ」


「姉? 何のことだ? 俺にはそれこそ覚えがない。武人として女性に危害を加えることはしていないはずだが」


 俺の言葉にラグウェルは殺意に満ちた目で俺を睨み、そして叫んだ。


「ナルテイシア! この名を知らないとは言わせない! 僕が慕っていた最愛の人であり、お前の実の母の名だ! お前があの人を殺したんだ。お前を生んだことがきっかけで……」


「な、何っ……そ、その名は……。そうか……。確かに父から母は俺を身籠ったことで体調を崩したと聞いている。お前が俺を恨む理由はそれか……」


 予想もしていなかった名に意表を突かれた俺だったが、それを聞いていたノルンが激しい剣幕で口を挟んだ。


「ふざけないで欲しいわね。そんなの逆恨みじゃない。アラケア様には何の罪もないことだわ。筋違いもいい所よ」


「うるさい、うるさい! そもそもあの男が姉さんと駆け落ちなんてしなければ姉さんが命を落とすことなんてなかったんだ。責任はお前らライゼルア家にある! 僕はどんな手を使ってでもお前らの血筋を絶やしてやるぞ!」


 ラグウェルはなおも、恨みつらみの言葉投げつけてくる。

 だが、その動機を知った今、これ以上、彼を責めようとは思えず俺は「……そうか。すまない」とだけ呟いて、その場を後にした。

 背後でノルンが俺の名を叫んでいたが、振り返ろうという気は起きなかった。

 彼の今後の処遇は陛下がお決めになるだろうが、諸事情を考慮して、刑罰を軽くして頂けるよう、進言してみるつもりだった。


 地下牢獄から出ると、背後からノルンも俺を追ってやってきたようだったが、それを待っていたかのように元聖騎士のハオランが俺を呼び止めてきた。


「よっ、アラケア殿、お嬢ちゃん。陛下がお呼びだぞ。恐らく前に言っておられたギア王国を攻める候補選びの話だと思うけど、俺様が選ばれるのは確定として恐らくあんたらもだろ? さてさて、他には誰が選定されるのか……へへっ、気になるよな」


「そうか。誰が選ばれるにしろ我々、臣下は陛下のご判断に従うのみだ。俺達をお呼びと言うならば、あまり陛下をお待たせする訳にはいかない。行くぞ、ハオラン」


「おうよ」


 俺達はハオランを伴って、玉座の間を目指し城内を進み始めるが、そこかしこで兵士達が慌ただしく行き交い、働いている。

 皆既日食が終わってもやるべき仕事が山のようにあるのだ。

 この目まぐるしい忙しさの中、ギア王国を攻めるのは本来であれば正気の沙汰ではないのだろう。

 しかし皆既日食の被害の対処に追われているのは、ギア王国とて同様。

 だから今が千載一遇のチャンスであるのも確かだった。

 俺達は玉座の間の大扉を開けると、玉座に鎮座する陛下の前に進みでて跪いた。


「よく来てくれたな、アラケア、ハオラン、ノルン。なぜお前達を呼んだのか理由はすでに察していると思うが、以前も話していた不倶戴天の敵国、ギア王国の件だ。だが、もうしばし待て。まもなく全員が集まる。話はそれから始めよう」


 陛下のお言葉通り、しばらくして次々と玉座の間に人が集まってきたが、その顔触れはいずれも俺が強者と認める見知った者達ばかりだった。

 聖騎士ゼル、ミコト、黒騎士隊長ヴァイツ。そして……。

 加工の難しい妖精鉱を加工出来る数少ない刀鍛冶の一人、刀匠ダール。

 陛下に呼ばれ新たに現れたのは、その四人だった。


「どうやら全員が揃ったようだな。他の者は退室してくれ。私と彼らだけで話をしたい」


 陛下のお言葉に従い、玉座を警護する騎士達は次々と玉座の間を出ていった。

 そして陛下は後に残された俺達を見回すと、話を切り出し始められた。


「この場に集まったお前達は紛れもなく我がアールダン王国の最精鋭、我が国が誇る人財達だ。私はお前達を擁していることを誇りに思うぞ。そんなお前達だからこそ頼みたい。ギア王国を討つため、私と共にその力を振るって欲しい。将来、再び災厄の周期が訪れた時、近隣にいがみ合う敵国がいることは害はあっても利などない。だから今、決着をつけておかねばならないのだ。だが、そのために大軍を動かす余裕はない。この場にいる少数精鋭にて奴らを撃滅まで追い込む。宰相シャリムと国王ダルドアの首を取るのだ。アラケア、ヴァイツ、ノルン、ダール、ゼル、ミコト、ハオランよ。どうか私にお前達の力を貸してくれ」


 陛下がその言葉を言い終えられた時、皆はその下された命令と事の重大さをあらかじめ予想していたにも関わらず、恐れや不安など微塵もないかのように一丸となって「おぉぉぉぉぉぉぉぉ!」と雄叫びを上げた。

 陛下の実力を皆が信頼しているからこそ、この任務が無謀などではなく果たすことが出来ることを確信しているのだ。

 俺も皆と共に、この場の熱気に高揚感を覚えて大きく声を上げた。


 とうとう正式に下されたギア王国撃滅の命。出立は明朝からになることが、陛下の口から語られ、俺達はそれまで各自、別れてその時を待つこととなった。

 が、俺の胸の高鳴りは止まることはなく、屋敷の修練場で一夜を明かすことを決めると瞑想と訓練を繰り返し、万全の状態を維持すべく体内の気を整えた。

 そして……短くも長くも感じた夜が明けると、俺達は出発の時を迎えたのである。

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