第五十三話
「アラケア様、陛下がお呼びです。ガルナス王城の屋上で待つとのこと」
皆既日食の期間、最終日。いよいよ悪夢の時は、終わりを迎えようとしている。
残る数時間、より気を引き締めようと、王都外を監視していた時、伝令の兵士が俺の元へと、陛下からの言伝を伝えに現れたのだった。
「陛下が? なぜ俺をお呼びなのか、理由は聞いてはいないのか?」
伝令兵は首を横に振り、「いえ、申し訳ありませんが」とだけ答えて、すぐさま立ち去っていった。
「皆既日食が完全に終了するまでまだ時間がある。この時期に何用だというのか。……いや、陛下の言われることだ。俺には計り知れないお考えがあるのだろう」
俺は浮かんだ疑問を頭を振って追い払い、すぐに支度を始めた。
だが、それでも今、俺を呼び出そうとする陛下の胸中を探ろうと言葉を交わしていたヴァイツとノルンに声をかけると、止めさせた。
「よせ、臣下である俺達が陛下を疑うべきじゃない。陛下のご判断を信じるのが、臣下である俺達の務めだ。では俺はしばらく席を外すことになるが、留守の間の番は頼んだぞ」
「うん、しょうがないよね。後は僕らがここを何があっても守り切ってみせるから、安心して行ってきなよ」
「分かりました、この場はお任せください、アラケア様。しばしの間くらい、私達だけで立派に対処してみせます」
ヴァイツとノルンが俺を見送ろうとするが、少し離れた位置からギスタも民家の壁に背をつけながら「任せときな」と笑みを浮かべ、指をぐっと立てていた。
それに俺も微笑み返すと、彼らにこの場を任せ背を向けると、自分の愛馬に跨り陛下がお待ちしているという、ガルナス城を目指して馬を飛ばした。
――皆既日食が終わるまで、残り二時間と言った所か。
疑問はある。
猿の
過去にもこのような例があったかは知らない。
だが、あの超巨体を誇る魔神の
あれほどの怪物が現れたなら文献に載っていないはずがないからな。
今回はこれまでの災厄の周期と何かが違う、ということか?
何かが引き金となり、今回はあの魔神を俺達は呼び寄せたのかもしれない。
だが、当然、考えた所で答えなど出るはずもない。
俺は答えの見つからない思考をやめて、馬を疾走させることに意識を集中させると、やがて王城が見え始め、そして城門前に辿り着いた。
「破壊された城門はあの時のままか。いずれ修復させねばなるまいな」
俺は王城の中に入ると、城内の階段を一歩一歩上がっていく。
しばらくすると、屋上からこちらを照らすランプの明りが見えてきたが、明りを頼りに扉を開き、俺は屋上へと出た。そこに見えたのは一人の影。
その人影に向かって近づいていくと、皆既日食の暗さの中でも次第に、その人物の輪郭がはっきりと見え始めた。
「待っていたぞ、アラケア」
「陛下。ただ今、馳せ参じました。」
俺は跪き頭を垂れると、陛下の次なる言葉を待った。
新たに下されるかもしれない、どんな命令をも果たす覚悟だった。
「そう畏まるな、アラケア。それに心配せずとも
俺は頭を上げたが、陛下が仰ったお言葉の真意を計りかねた。
陛下は
「確かに今の所は
しかしなおも陛下は続けられたが、その言葉には確かな力強さが宿っていた。
「私は皆既日食の間も星読宮の学者達に
「で、では……
陛下の予想だにしなかったお言葉に、俺は好奇心を掻き立てられた。
そのような事実は俺も知らなかったことだったし、
「それもある。だが、私が考えているのはそれだけではない。
俺は大胆な仮説だと思ったが、確かに今回の皆既日食はこれまでとは同じではないと感じていた俺の見解とも一致していた。何者かが
「陛下は何者かが、悪意によって我々が防衛するこの王都を襲わせたとお考えなのですね。しかし人の手によってあれに干渉を与えることは出来るとは思えません。それはライゼルア家の当主である私の見解です。もしそんなことが出来る者がいるとしたら……恐らくは世界全体に影響を与えている災厄、その根源に関わる何者かなのかもしれません」
「ああ、今まで謎に包まれていた元凶であるそいつは、ようやく人類の前で尻尾を出したのだ。ならば我々の手で地の果てまでも追い詰めて叩かねばなるまいな。だが……先日も言ったようにまず当面の敵はギア王国だ。あの国とは古くから確執がある間柄だったが、それも我々の代で終わりにする時がやって来たのだろう。さて……アラケアよ」
陛下は俺の名を呼ぶと、腰に差した剣をすらっと抜いて俺に突き付けた。その目は戯れなどではなく、真剣そのもので笑ってなどいなかった。
「……陛下? な、何を!?」
「武器を構えろ、アラケア。この皆既日食の期間を経て、お前はより腕を増した。それがどこまでのものになっているか、私が見定めてやろう。いつぞやは、私に軽い火傷を負わせてくれたお前だ。私は楽しみだぞ。今の本気になったお前の実力を測るのがな」
陛下はそこで僅かに表情を崩したが、そこから流れ来る冷たいオーラは国王にして最強の聖騎士でもある陛下の剣士としてのその気迫に、その強さに、俺を改めて戦慄させるものだった。
(……何と言う気配だ。世界広しと言えども、陛下に比肩する者などいはしまい。いや、一人だけ……あの男がいたな。俺を完膚なきまでに破った男。だが、次に相対した時には……あの時の恥辱は晴らさせてもらうぞ、グロウス)
俺は頭を振って邪念を追い払うと、じっとルーンアックスを正面に構え、体内の炎のごとき気を爆発させた。
グロウスから敗北を喫したことで完成させた奥義『光速分断波・鳳凰烈覇』を発動させたのだ。
全身から蒸気が噴き出したが、しかし陛下はそれを見ても、態度を崩すことはなかった。
「なるほど、それがお前の本気か。では私も全力を出させてもらおう。そうしなければお前に失礼だからな。さて、では始めるぞ……」
陛下は愛用の騎士剣の切っ先をゆらりと動かすと、俺に剣先を向けた。
俺と陛下はしばらく睨み合っていたが……ついに両者が動いた。
互いが技を発動させ、それは凄まじい戦いの前触れであった。
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