彼の地に、救世主あり

プロローグ

「また一つ……村が黒い霧に飲まれたのですか」


 剣を背負い、閉じた右目の瞼に三つの傷がある男がいる。

 その男が離れた位置から眺める先では、村を包み込むように黒い霧が発生していた。

 その中からは獣のような唸り声と、人々の悲鳴が聞こえてくる。


「如何なさいますか、若。霧はこの近隣の村々までにも及び、生み出された魔物ゴルグどもによって、人々が容赦なく次々と殺されているようですが」


 そして閉じた右目の男の背後に並ぶ、鎧をまとった十数人の騎士達。

 そのうちの一人が、男に問いかけた。


「捨ておきなさい。こう言った人助けは当主殿のやるべきこと。それにこの程度の数の魔物ゴルグでは、彼らが求める量には足りないでしょう。ここには我々はただ立ち寄っただけ。さあ、先を急ぎましょう」


 閉じた右目の男は踵を返して、現在進行形で惨劇が行われているこの場から立ち去ろうとする。

 ……が、そこへ霧に飲み込まれた村の中から這う這うの体で逃げ出してきたのであろう、村の住人らしき数人の若者達が、閉じた右目の男の一団を見つけると、救いを求めて走り寄って来た。


「き、騎士様! どうかお助けを!」


 若者達は閉じた右目の男に縋りついたが、彼らを追って十数体の魔物ゴルグ達もまた黒い霧から這い出し、ここへと向かって来ていた。

 閉じた右目の男は気怠そうに振り返るなり、助けを懇願する若者達を乱暴に横に振り払った。

 そして背負っていた巨大なノコギリのような刀を手にすると、向かってくる魔物ゴルグ達の前に進み出た。


「まったく……怠慢ですなぁ、当主殿。貴方がきっちり仕事をしないから私が尻拭いをしなくてはならない。仕方ありません、手早く終わらせるとしましょう」


 騎士の一団を敵と認識した魔物ゴルグ達が、一斉に騎士達に躍りかかった。

 だが、閉じた右目の男が、握り締めたノコギリ刀を振るうと、一度に数体の魔物ゴルグを吹き飛ばし、千切れ飛んだ頭や腕が、いくつも地面の上で転がった。

 それでもなお怯むことなく、次々と牙を剥いて攻撃を仕掛けてくる魔物ゴルグを、閉じた右目の男は一太刀のもとに斬殺していく。


「……さて、それでは最後の総仕上げといきますか」


 目前の魔物ゴルグ達をすべて始末した閉じた右目の男は、今度は黒い霧に飲まれた村の中へと、臆することなく、たった一人で入っていった。

 若者達が固唾を飲んで見守る中、霧に覆われた村から魔物ゴルグの断末魔の声が、次々と聞こえ始め……やがて静かになった。


「やれやれ、追われる身である私はこんなことをしている場合ではないというのに。まあ、丁度いい肩慣らしにはなりましたがね」


 しばらくして閉じた右目の男は全身を返り血で染めながら、悠々と黒い霧の中から現れたが、それを見ていた若者達はわっと歓声を上げて、村を救った救世主である、その男の元に駆け寄ってきた。


「あ、ありがとうございました、騎士様!村を救って頂き何とお礼を言っていいか」


「貴方様は我々の恩人です。ぜひともお礼はさせてください」


 しかし閉じた右目の男は心底、興味がなさそうに配下の騎士達に声をかけると、感謝の言葉を述べる若者達を無視して、そのまま立ち去っていった。

 若者達はぽかんとした表情で男の後姿を眺めていたが、去り際に彼が見せた表情と呟いた言葉を確かに聞いていた。


「さて、今回の災厄の周期では人類の生存領域はどれだけ残りますかなぁ。……まあ、私は上手く立ち回って生き残ってみせますがね」


 閉じた右目の男は笑っていたが、それは死に行く者に冷たく笑いかける冷徹さを感じさせるものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る