第一話

「最後に懺悔の言葉の一つもないのか? 叔父上」


 俺は断頭台に乗せられた実の叔父である、ヨアヒムを睨みつけた。

 俺の一族が歴代国王の命により長年、調査してきた世界の大半を覆う災厄の黒い霧の秘匿情報を、よりによって不倶戴天の敵国に漏らした嫌疑で今、この男は斬首刑に処されようとしている。


「懺悔か。だが、言い残す言葉はない。今のこの結果も納得しているのだからな。しかし君もいまや本家の当主とは月日が経つのは早いものだ。手間をかけさせてしまうな、アラケア君。さあ、もういいだろう。始めてくれたまえ」


 ヨアヒム・クシリアナ。実の叔父ながら自分の治める領邦では、まとまりのない臣下達を武力によって支配していた男だ。

 こいつに謂れなき罪で斬首にされてきた臣下や領民は数多に昇る。

 この男の今の風情も、これまでの報いということだろう。

 俺も何の憐れみも感じていない。

 しかしこの男が情報を敵国に漏らしたからには、必ず動機となる目的があるはずで、最後に俺はどうしてもそれを知っておきたかった。


「答えろ、ヨアヒム。お前の協力者には誰がいる? 誰の指示を受け、俺の邸宅からライゼルア家の機密情報を盗み出した?」


「言っただろう。何も言うことはないと。知りたいことがあるなら息子に聞くのだな。息子のカルギデはすべてを知っている。私も息子も目的は同じだからな」


「……そうか、残念だ。やむを得んな。では、始めろ」


 俺の指示に従い、処刑執行人が処刑用の大斧を振り下ろす。

 ヨアヒムの首が宙を舞い、死刑は執行された。広場からは民衆達の歓喜の声。

 しかしすでにこの男の死に俺は関心はなく……。


「ヴァイツ、あいつの息子、あの戦闘狂の行方はまだ掴めてないのか?」


 俺の傍に立ち、共にヨアヒムの処刑に立ち会った、紫の髪と双眸を持ち、黒騎士隊隊長格の漆黒の甲冑を身に纏った青年、黒騎士隊長ヴァイツは肩を竦めながら答えた。


「うん、残念だけどヨアヒム卿の息子の行方は今の所はつかめてないね。けどそう遠くへ逃げ切れるものじゃない。時間の問題だと思うけどね。ただ……あの男を捕まえるには、相応の覚悟がいるよ」


「だが、分家の者の不始末は本家当主の俺が負わねばならないだろう。それが簡単な仕事ではなかったとしてもな」


 ヴァイツは「まったく、僕らの仕事は責任重大だよね」とだけ答えると、微笑みを浮かべながら、再び肩を竦めた。


「それだけじゃない、五十年周期の黒い霧による影響はすでに出ているんだ。魔物ゴルグどもの活動が盛んになっているそうだから、俺達は並行しながら本来の職務の方も果たしていかねば」


 俺は手にした戦斧を握りしめると、断頭台から飛び降りた。


「行くぞ、ヴァイツ。霧が生み出した魔物ゴルグどもが近隣の村々を襲っているそうだ。これから奴らの根城を一網打尽にする。ついて来い」


「ああ~! ちょっと待ってよ、アラケア!まったく……忙しくて本当に有り難いことだよね!」


 俺は足早に歩を進めると、後から小走りに追いついて来るヴァイツを振り返りもせず、広場を後にした。



 そしてヨアヒム・クシリアナが処刑され、一週間ほど経過した頃……。

 ようやく俺の元にカルギデに関する、有力な情報が舞い込んできたのである。

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