第四十三話

「ちっ、またあのデカいのが動き出しやがった! 一旦、後退しねぇと踏み潰されて終わりだ。おい、ハオラン。生き残った兵を集めて、王都前で他の三下の魔物ゴルグどもの侵入を食い止めるぞ」


 ギスタは目前の魔物ゴルグの喉笛をアサシンナイフで掻っ切って息の根を止めつつ、念を込めながら印を組むと、ゴーレム達に指示を送った。

 魔物ゴルグと交戦していた黒騎士や聖騎士隊の白騎士、一般兵士達はさっきの超巨体の魔物ゴルグが吐き出した火炎によって、ずいぶん数を減らしている。

 その上、再び超巨体の魔物ゴルグが動き出したとなれば、ギスタ達にとって敗色が濃くなっているのは否めないが、彼らは残った戦力でここから巻き返す覚悟だった。


「おうよ、撤退だ! これ以上、ここにいたらあいつに潰されてしまうからなぁ! 上に向かったアラケア殿とお供の黒騎士二人はあれから音沙汰ねぇけど、上手くあいつを仕留めてくれることを願うしかないぜ」


 ハオランも手にした戦槌を背負い、味方の騎士達に撤退の掛け声をかけながら、後退を始めた。

 だが、敵の攻撃を凌ぎながら、王都に向かって走っている途中でギスタは目に見えて足取りが重くなり、息を切らしてきていた。


「くっ……はあ、はあ、さすがにこの数のゴーレム達を動かし続けるってのはずいぶん身に堪えるもんだな……かと言って術を解く訳にはいかねぇ。アラケア達が向こうでの戦いに専念出来るように、俺らもここで自分達の持ち場くらいは守っとかなきゃならねぇからな……」


 呼吸がますます荒くなり、ついにはふらつき出したギスタだったが、そんな彼を見かねたのか、ひょいと持ち上げて背負い上げる者がいた。

 ギスタが背中からその姿を確認すると、その男は元聖騎士のハオランだった。

 ハオランはギスタを軽々と背負ったまま、体力に物を言わせてそのまま王都を目指して、走り進んで行く。


「はっはははぁ! ずいぶん軽い野郎だな、ちゃんと飯食ってんのかよ、お前。確か、名前はギスタとか言ったよな? さっきは不審者扱いして悪かったな。けどよ、今は共に前線で戦う仲間同士だ。同じ轡を並べる者として、協力し合いながら戦おうぜ!」


「ハオランか……悪ぃな。どうやら、この術はあまり燃費が良くねぇらしい。いや、俺がまだ未熟だってことだな。これからまだまだ精進しなきゃならねぇ。これからがあればの話だけどよ」


「あるさ! 何しろアラケア殿がおられるんだぜ。あの方は王国を守る盾! あの一騎当千常勝不敗の陛下が、聖騎士達を差し置いて一番に信頼するお方だ。あの方が戦っておられる限り、俺達の勝利は約束されたもんだぜ。だから俺様はこんな状況でも、ちっとも諦めちゃいねぇんだ」


 ハオランの声からは恐れや不安は微塵も感じられず、心の底からアラケアがあの敵を倒してくれることを確信しているかの様子だった。

 そしてギスタもまた実際にやり合ってアラケアの強さを十分に理解していた。

 アラケアと言う男の求心力があってこそ、一度は総崩れになった騎士達は再び剣を取り、魔物ゴルグに立ち向かえているのだと言うことも。


「へっ、羨ましいもんだな。そこまであんたらに信頼されてるアラケアがよ。けど、俺にだってあいつは利用価値がある以上、死んでもらっちゃ困るんだ。だから俺も精一杯あんたらの勝利のために、力を貸してやるよ。おい、もう大丈夫だ、ハオラン。お前のお陰でずいぶん体力は回復した。下してくれ、後はもう自分の足だけで走れる」


「はっはっはぁ! そうかい。だが、遠慮するな! 怪力無双にして底なしの体力を持つ俺様にとっちゃ、お前一人を背負って走るくらいどうってことねぇんだからよ。だからお前はそのまま大人しく休んでな」


 ハオランはギスタの言葉を無視して、彼を背負ったまま走り続けた。

 そして王都の破壊されて崩れ落ちた塀まで辿り着くと、しばしして二人以外の残った黒騎士や白騎士、兵士達も次々と集結し、最後の防衛線を張った。

 地の向こうからは巨大な魔神の魔物ゴルグが地響きと共にここへと向かっており、更にその足元では無数の三下の魔物ゴルグ達もまた、かなりの速さで同じ場所を目指して、進行を続けている。


「ちっ、まるで人の世の終わりみてぇな光景だな……。あのデカブツが止まらねぇ限り、ここに辿り着かれたら俺達は全滅って訳だ。逃げたって安全な場所なんてどこにもねぇしな。やはりアラケアがあれを止めてくれるまでの間、ここを死守するしかねぇらしい」


 ギスタは前方に敵を押しとどめるべく、ゴーレム達をずらっと並べると、自身はアサシンナイフを構えて、迫りくる魔物ゴルグの軍勢を睨みつけた。

 ハオランや他五人の聖騎士達もそれぞれ武器を持ち、徹底抗戦の構えを見せる。

 そして奴らは来た。口からは牙を剥き出しにし、唸り声を上げながら。


「もう来やがった。よし、おっぱじめるとするか! 行きな、ゴーレムども!」


 ゴーレム達が魔物ゴルグ達の進行を食い止めるが、それでも奴らは数に任せて次々と押し寄せてくる。

 そして止め漏らした奴らを今度はビッグボウガンを装備した遠隔射撃班が一斉に矢を放ち、魔物ゴルグ達を射貫き、絶命させていく。

 更にギスタもハオランも五人の聖騎士達も武器を振るい、王都を死守すべく己の使命を果たすために戦ったが、しかしそれでも魔物ゴルグ達の勢いは止まらない。


「行かせるかよ! アラケアがあのデカブツを始末してくれるまでの辛抱だ! それまで俺達は絶対にここを守り抜いてやる! 来るなら来いよ、魔物ゴルグどもが!」


 ギスタは残り少なくなった体力を気力を振り絞ることで補って、戦い続けた。

 魔物ゴルグ達の向こうを見ると、あの超巨体の魔物ゴルグが徐々にではあったが……だが、確実にこちらへと移動してきているのが誰の目にも明らかだった。

 あれにここまで辿り着かれれば、もう誰にも抗う術はない。しかし……。


「へっ、なぜだろうな。不思議なもんだぜ、どうしてかあの男の戦ってる姿が今もありありと目に浮かぶようなのはよ」


 これほどの土壇場の状況だと言うのに、ギスタはそれでも笑っていた。

 なぜなら彼もまたハオラン達と同様、アラケアならば必ずあの超巨体の魔物ゴルグを止めてくれるであろうことを確信していたのだ。

 だからギスタは今、自分がすべきことは、王都を魔物ゴルグから守り抜くことだと、戦いに専念することに決めたのである。


「お、おおおおおおおおおっ!!!!」


 自身の役目を理解したギスタは一心不乱にアサシンナイフを振り回しながら、迫る魔物ゴルグの軍勢に立ち向かっていくと、目に入った魔物ゴルグを技術もクソもなく、ただ片っ端から斬って、斬って、力任せに突きまくっていった。

 すでに一流の暗殺者に相応しく華麗に技を決めて仕留める体力が残されていない今のギスタには、もうこんな泥臭い戦い方しか残されていなかったのだから。

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