第四十四話
「覚悟はいいな……大猿の
気配だけなら同等……いや、あるいはそれ以上の力の
放たれる闘気と殺気に、周囲の大気がびりびりと震え始めていた。
俺も奴も決着をつけるべく、激突の機を伺っていたのである。
だが、俺は勝負を決めるべく、腰を低く落とした前傾姿勢でルーンアックスを構えると、意を決して奥義により向上したその圧倒的な脚力で一歩を踏み出し、凄まじいまでの驀進力で、大猿の
ズバァアアアアアッッッ!!!!!
大気をも断ち切らんばかりの斬撃は、奴の肉を斬り裂いた!
狙ったのはまずは奴の右足。奴の驚異的な動きの速さを殺すためだ。
奴の硬い体毛を斬り裂き、肉に食い込んだ確かな感触を感じ取った。
「ぐがっ……ぎゃるるおおおぉぉおおおん!!!」
さすがの奴も堪らず苦悶の表情を浮かべ、咆哮を上げるものの、しかしその闘争心は凄まじかった。怯むどころか、それでも負けじと攻撃に転じルーンアックスの刃を食い込ませたまま、俺を大きく蹴り上げてきたのである!
まともに直撃した俺の体は空中高くへと舞い上げられた!
「ぐっ……厄介だな、あの硬質の体毛は。さすがに一筋縄ではいかないか!」
並大抵の攻撃ではなかった。実際、俺の体は悲鳴を上げている。
しかしここで攻撃の手を緩める訳にはいかないと、俺は闘志を奮い立たせた。
真上まで包み込んでいるノルンの糸牢獄の天辺部分を、蹴り飛ばされた上空で力強く蹴ると、再び奴に向かって空中を突進し、今度は脳天を狙って俺はルーンアックスの一撃を振り下ろした! 必殺の気迫を伴ったこの一振りは音速をも超えており大猿の
「ぎゃぎゃぎゃぐるるぁああああぁ!!」
だが、奴も回避は無理と判断したのか、咄嗟に自身の右腕で俺の攻撃を遮ることで防御を行った。しかし無傷とはいかなかった。
力強く斬りつけたその一撃は爆発音と共に右腕を焼き焦がし、大きく損傷させたのである。防御に回っている時間はない。
そう判断した俺はこの機を逃すまいと、更なる追い打ちを仕掛けた。
ズパァァァンッ!!! ズババァァァン!!!
……連撃に次ぐ連撃の嵐! その度に巻き起こる爆炎と爆風!
この猛攻に奴は反撃の気配も見せず、ひたすら防御に回っていたが、その時だった。
突然、奴の腹部にある単眼がぎょろりと動いたかと思うと金色に怪しく輝き、そしてかっと無数の雷のような光が放たれたのだ。
「っ!? なんだとっ!?」
その強烈な雷光は俺の全身を易々と通り抜けると、まるで落雷に打たれたかのような衝撃に一瞬にして俺の体は痙攣し、跳ね飛んだ。
それを檻の外から見ていたヴァイツは叫ぶ。
「ア、アラケアッ!! くそっ、あの猿! あんな切り札を隠してたなんて。ノルン、この影の檻を一旦、解除してくれ。すぐにアラケアを手当てしないと!」
「いえ、駄目よ、ヴァイツ兄。檻を解除すればあの猿を自由にしてしまう。あいつの移動範囲を限定しているからこそ、アラケア様は戦えているのよ。今、解く訳にはいかないわ」
「け、けど……あれじゃアラケアが……!」
「よく見てみるのね、ヴァイツ兄。アラケア様はまだ諦めてはおられないわよ」
「え?」
ヴァイツは再び俺を見た。そして驚きの表情を隠せずに、呆然とした。
俺が全身から一層、蒸気を立ち昇らせながら、立ち上がろうとしていたからだ。
逆行の中でこそ、俺はより強く立ち上がる。いつもそうしてきたのだ。
「う、嘘だろ。あれほどの攻撃をまともに食らって……。ほ、本当に平気なのかい!? アラケア!」
「ああ、心配するな、ヴァイツ。こいつは俺が倒す。だからお前は援護を頼む」
「……う、うん。でも、この先のことも考えて無茶しないでよ。こいつを倒しても、君が倒れちゃったら意味がないんだから」
「ああ、分かってるさ」
残り時間はもう少ない。しかし気持ちが急いた状態で勝てる相手ではない。
俺は冷静を保ちながらも、全身の気を高めつつ大猿の
「ここまで絶望的な戦いを強いられたのは陛下とグロウスに続きお前が三人目だ。いや、お前に対しては三匹目と言った方が正しいか。……だが、俺に流れる血が言っているんだ。まだまだ上に行けとな」
大猿の
奴の拳と俺のルーンアックスが真正面から激突する。
それは大気を斬り裂くほどの斬撃と、すべてを破壊し砕く力と、極限まで磨き抜かれた攻撃スピードと、互いの殺気と殺気のぶつかり合いだった。
しかし俺がかっと目を見開いたその時! どがあぁぁぁんっ!!!
「ぎがっ!?」
奴の拳に地面から斬り上げた俺のルーンアックスが炸裂すると、その拳が跡形もなく吹き飛び、肉片となって辺りに飛び散った。
そしてそれから一秒にも満たない間に奴の足元に瞬間的に移動した俺は……奴の損傷した右足を、真一文字に斬り裂いた!!
「ぎゃるるっ! うおおおおおんっ!!!」
奴が苦し気に悲鳴を上げたが、残った片足ではバランスを取れずにずずぅうんと言う音と共に倒れ、巨体を横たわらせた。
これで奴は身動きはとれない。決着の時は近いと俺はそう確信したが、それでも奴は「ふぅーー! ふぅーー!」と荒い息を漏らしながら、その目は憎しみに満ちており、依然として戦意は失ってはいなかった。
「まだ何かをしでかす気のようだな。だが、時間がないんだ。お前が次の行動を起こす前に、止めを刺させてもらうぞ」
俺は確実に息の根を止めるべく、奴の脳天を目掛けて飛び掛かろうとした……が、その時だった!
大猿の
「まさか……逃げる気か!? させん!」
だが、俺がルーンアックスを叩きつけた時にはすでに遅く、その体は完全に地面へと沈んでしまっていた。
そしてごごごご……と、重低音のような音が辺りに鳴り響いた。
「この振動……ただ逃げた訳ではないということか。奴め……一体、何をしでかそうと言うんだ?」
しばしして真下にいる王都を目指して移動中の魔神の
胴体部分から無数に生えた触手から一斉に紫の煙が噴き出し、上空へと立ち昇り始めたのだ。
俺達がいる頭頂部にも、やがてその紫の煙がやって来ると妙に刺激臭のするそれに思わず咳き込んだ。
「ぐはっ……げほっ……な、なんだ、これ。もしかしたら……毒かも。くっ……ノルン、アラケア! 吸い込んじゃ駄目だ!」
ヴァイツが叫んでいたが、周囲を包み込むほどの煙に対し、俺も他の二人も腕で口元を抑えてみるものの、防ぎようがなく目の痛みで涙が出るほどだった。
しかし俺はそれでも状況を確認すべく、大きく目を見開いた。
だが、その視線の先には……ヴァイツとノルンが驚くべきことに足元から石化を始めていたのである。
「こ、これは一体、何なの!?」
「う、うわぁぁあ! あ、足が石に!」
俺は糸の檻の中から自身の石化に狼狽える二人がいる方に駆け寄ると、格子を両手で掴み叫んだ。
「ヴァイツ、ノルン! どうした!? なぜお前達が石化を始めている!? まさか……この紫の煙の仕業ということかっ! いや……しかしだとしたら、なぜ俺には効果がない?」
そう、俺には体のどこも石化が始まっている様子はなかった。
徐々に石化が進行していく二人を余所に、俺は自分の無事を不思議がったが、そう疑問に思っていた時だった。
近くの地面が盛り上がると、そこから全身真っ白の姿に、筋肉質で、二メートル程の体躯の猿の
「お前は……」
右足は無理やり繋げたかのように継ぎ目がついており、右拳も継ぎ接ぎのようで腹部にある単眼からも、その風貌はどことなく先ほどの大猿の
「ぎぎぎぃ……!!」
「お前……まさか、さっきの大猿の
俺が猿を睨みつけると、奴はにぃいと笑みを浮かべながら、すたすたと俺へと歩み寄って来た。俺と奴の気配が再び高まり、一触即発の状態となった。
そして奴は鼻先までの距離までやって来て、すうっと大きく深呼吸をしたかと思った瞬間、悪魔のような息吹が大気を震わせた!
ゴオオオオオッッ!
赤く煌々と輝くビームのような煉獄のブレスが俺目掛けて襲いかかった。
俺は紙一重でそれを回避したものの、ノルンが周囲に張り巡らした影の牢獄の格子を強大な破壊力にて吹き飛ばしてしまった。
「あの牢を破壊するとは……なるほど、大層な威力だ。 まともに直撃すれば即死は免れないと言うことか。だが……っ!! ぎりぎりでの戦いなど幾度も経験している!」
俺はふっと気配を消して猿の背後に姿を現すと、真後ろから襲い掛かったが、猿の動きの速度は小柄になった分、先ほどよりも圧倒的に増していた。
あっという間に振り返ると、ルーンアックスの刃部分を両手で挟むことで止めてしまった。
「脅威だな、その動き。あの巨体の質量がそのまま凝縮されたことでパワーは増し、更にスピードまで跳ね上がっているということか。しかしいいのか? そうして両手が塞がっていては、これから俺が発動させる技から逃れることは出来んぞ」
俺は左手の中指と人差し指を揃えて「クン」と真上に向かって突き出すと、自分を中心とした周囲五メートルから獣のごとき黒い影がせり上がり、ドーム上の檻が出来上がって、俺と猿がいる辺りを覆いつくした。
「ぎっ!?」
猿は驚いて周囲を見回す。その表情は意表を突かれたと言った顔だ。
「ノルンほど器用なものは作れんが、これぐらい単純で大雑把な檻なら俺でも作り出せる。何しろこの技の本家本元は俺だからな。お前は絶対にここから逃がす訳にはいかん。もう残された時間もない。さあ、終わらせよう。この至近距離でのデスマッチでな!!」
俺は奥義による気をルーンアックスを構える右腕に集中させると斧の刃に赤く輝く光が生じ……そしてそれを一気に振り抜いたっ!!
猿は咄嗟に防御をしようとして両腕を交差したが、そのまま両腕は千切れ飛び、その高熱を伴った斬撃と爆炎は、猿の腹部の単眼に深い傷を作った!!
「……ぎぎゃあああぎゃぎゃがぎゃッ!!!?」
途端に猿の
続けて俺はルーンアックスを振りかぶるが、今度は刃は青白い光に輝き出した。
先ほどと同じ技だが、その違いは熱量の差にあった。
表面温度が激しい物ほど青白く輝く。
つまりそれだけ威力が先ほどとは桁違いだと言うことであった。
ここに来て猿は初めて怯えたような表情で狼狽え始めた。
「さらばだ、猿。紛れもなく強敵だったぞ! これが俺の最高の技だ! せめて苦しまず楽に逝け!」
そして、とうとう俺の最後の決着をつけるための攻撃は繰り出された。
……ごわあぁぁぁぁぁっっっっ!!!!
ルーンアックスから発せられた巨大なる青白い閃熱は、そのまま真っ直ぐに猿の
「ぎぎぎっ!? ぎあぁぁぁっぁぁぁぁっ!!?」
巨大な閃熱が猛威を振るい、猿の全身を飲み込み、次第に崩壊させていった。
最後に猿の断末魔の声が響き渡り、そして……黒い影のドーム内を眩く照らす閃光が晴れ、視界が回復した時、猿の姿は跡形もなく崩れ去っており、すでにどこにもなかった。
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