第四十二話

「消えた……あいつ、一体どこに行ったんだい!?」


 ヴァイツが叫んでいたが、見えなかったのは何もヴァイツだけではない。

 あれほどの巨体にも関わらず、俺でも初速から移動に至るまで、その動きがまったく目で追えなかった。

 しかも大猿の魔物ゴルグの背面は超巨体の魔神の魔物ゴルグと無数の細長い触手で繋がっているが、動きを読まれないためか、移動の瞬間はそれを取り外しているようだった。


「ちっ、やはりあの魔物ゴルグには知性のようなものがあるようだな。中々、小賢しい真似をしてくれる。気を付けろ……次はどこから襲ってくるか分からんぞ!」


 そう言い放った後だった。頭上から先ほどと同様の耳を劈く雄たけびが聞こえ、見上げると、奴は大蛇の口を持った触手の一本にぶら下がって、ケラケラと笑いながらこちらを見下ろしている。

 そして俺達目掛けて飛び降りて「ずずん!」と大きな振動と共に着地すると、ニマ~と笑いながら俺達を値踏みするように見定める仕草をとった。


「くっ、この猿! 僕らを馬鹿にするのもいい加減にしろよ!」


 激昂したヴァイツがビッグボウガンの照準を奴に定めたが、俺はその行動を手で制するとルーンアックスを奴に向け、俺の持てる全力を出し奥義を発動させた。


「……待て、ヴァイツ。ここは俺に任せろ。この距離は俺にとって必殺の間合いだ。出し惜しみはせん。いくぞ、猿の化け物!」


 俺の全身が高熱を纏い、蒸気が噴出すると奴目掛けて飛び掛かり、渾身の力を込めてルーンアックスを振り下ろした。

 それを大猿の魔物ゴルグは右手で掴んで止めたが、構わず俺は完全に振り切った。

 掴んでいた奴の右手の指が数本、燃え上がり、更に血飛沫と共に、千切れ飛ぶ。

 大猿の魔物は「ぎゃおおおおん!」と苦悶の声を上げたが、俺は無視して続けざまに連続でルーンアックスを繰り出した。

 俺のルーンアックスと奴の拳とが、幾度もぶつかり合う。

 指を斬り落とされたというのに、奴は心底、楽しくて仕方がないかのように笑みを浮かべながら、俺の猛攻とも言える攻撃を受けては弾き、あるいは攻撃に転じ、魔神の魔物ゴルグの頭上を俺と共に所狭しと暴れ回った。

 だが、俺の猛攻も長くは続かなかった。奴の動きが俺を上回り始めたのだ。


「……まずい。アラケアが押され出してきてるよ。僕らも援護に向かわないと! ノルン、いくよ!」


「ええ、そのための私達、黒騎士だものね。でも、待って、ヴァイツ兄。まずは私があの猿の動きを封じるわ」


 ノルンはそう言うと、しばらく俺と大猿の魔物ゴルグの戦いを観察していたが、やがてタイミングを計っていたかのように、技を放った。


「……よし、今ね。見せてあげるわ、『巨獣影・黒牢獄』を!!」


 ノルンの影が大きく膨らみ、天へと放たれるとそれらが無数の細長い糸となり一斉に降り注ぐと、動き回っていた俺と大猿の魔物ゴルグの周囲を取り囲む牢獄となった。


「へえっ! 凄いじゃないか、ノルン。うんうん、さすが僕の自慢の妹だよ。よーし、あいつの移動範囲が限定された今なら僕のビッグボウガンでも正確に捉えられるはずだ!」


 ヴァイツはビッグボウガンで俺達の周囲十メートルを取り囲む、黒い牢獄内に閉じ込められた大猿の魔物ゴルグを狙って、次々と矢を放った。

 ……一本、二本、三本と、いずれも確かに命中したが、どういう訳か奴は避ける素振りすら見せなかった。


「不可解だな。なぜ避けない? 確かにお前の移動範囲は限定されたが、かと言ってそれで易々とお前を倒せるとは思ってない。お前には知性がある。これから何をしでかそうとしているのだ?」


 しばらく糸の牢獄の中で俺と大猿の魔物ゴルグは無言で睨み合う。

 膠着状態だが、こいつが何を考えているのか、まったく分からない。

 もっとも魔物ゴルグの思考など読めるはずもないが……と、そう考えていた時だった。

 無数の細長い触手がもぞもぞと動き出し、再び奴の背面に接続され始めたのだ。

 そして地面が揺れた。一定の間隔で何度も。


「まさか、動き出したのか? 足元の魔神の魔物ゴルグが再び! ノルン、ヴァイツ! 足元のこいつが今、どこへ向かってるか確認してくれ!」


 俺の叫びに反応し、すぐさま二人は魔神の魔物ゴルグの頭上から眼下を確認した。

 そして振り返った二人の表情が陰ったものになっているのを見て、嫌な予感が的中したことを悟る。


「大変だよ、アラケア……! 真下のこいつ、王都に向かってまっすぐ動き出してるんだ! そこまで移動速度は速くはないけど後、十五分もすればきっと王都まで辿り着かれてしまうよ。早く何とかしないと……このままじゃ王都が……蹂躙される!」


「……やはりか。タイムリミットは十五分。それまでにこいつを倒さなければ王都は甚大な被害を被ると言う訳だな。ならば……」


 そう言うや否や、俺は体内の気を一息に爆発的に高めた。

 カルギデ戦でそうしたように生命力を振り絞ることで限界以上の力を引き出し、膠着状態を破り、勝負をかけることにしたのだ。


「王都の人々の命がかかっている。魔物ゴルグごときに奪わせる訳にはいかん。これが全身全霊の力を解放した俺の全てだ! いくぞ!」


 俺の姿が掻き消えるほどの速度で奴目掛けてルーンアックスを叩き込んだ。

 だが、奴は両腕を交差して攻撃を受け止めると、熱で焼かれ傷口から血飛沫を飛ばしながらも押し止まっていた。


「力比べと言う訳か! いいだろう、乗ってやる!!」


 地面に着地した俺は、目に見えぬ速度で続けて渾身の裏拳を奴の右足にぶつける。

 しかし今度の攻撃も奴は体勢を崩したものの踏み止まり、しかもそのまま攻撃に転じ、右腕を振り上げ、俺目掛けて拳を繰り出した。


「ちっ!」


 俺はその拳をルーンアックスで防いだものの衝撃は殺しきれず、後方へと吹き飛ばされ、背後の糸の牢獄へと叩きつけられた。


「ぐっ、がはっ!!!」


 血反吐を吐く俺を見て奴は胸をどんどんと叩き、勝利の雄たけびをあげる。

 しかし俺は気力を振り絞って耐え切ると、奴に対し一歩進み出た。


「これしきで勝ち誇られては困るな!」


 俺は咆哮を上げる大猿の魔物ゴルグ目掛けて、奥義である光速分断波を放った。

 しかし更なる追い打ちをかけるべく突進してきた奴は、それを意に介すことなく難なく素手で弾いてあらぬ方向へ飛ばしてしまった。

 だが、俺もそれを目の当たりにしても、少しも怯むことはなかった。

 間髪入れず突進してくる奴に俺は果敢に立ち向かうと、ルーンアックスと拳の攻撃が激しくぶつかり合って、その度に周囲に衝撃波が飛んだ。


「時間がない。速戦で片付けさせてもらうぞ、猿の化け物。お前を倒すのに十五分もかける気はない。十分でケリをつける。……さあ、最終ラウンドだ。いくぞ!」


 俺はルーンアックスを正眼に構え奴を睨みつけたが、奴からも先ほどまでの笑みが消え、俺達は無言のまま糸の牢獄の中で対峙した。

 紛れもなく王都の防衛戦において、要となる最後の戦いが今、始まろうとしていたのである。

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