第四十一話

 俺は四方から襲い掛かる魔物ゴルグ達を、手にしたルーンアックスで一瞬に細切れに斬り刻むと、ひたすら前へと魔物ゴルグの軍勢を掻き分けて突き進んだ。

 目指すはあの超巨体を誇る、前代未聞の魔神の魔物ゴルグの喉元だ。

 だが、その時だった。次第に距離を縮めていく俺達に反応するかのように、沈黙していた魔神の魔物ゴルグが動きを再開し始めた。

 無数に伸びた大蛇のごとき触手が伸縮し、眼下にいた三下の魔物ゴルグ達を次々と丸飲みし、喰らい始めたのである。


「俺達が反撃に出たのを見て、ようやく痺れを切らして動き出したか。まずいな……あれほどの巨体だ。ただ歩いただけで俺達は踏み潰されて即死だ。……だが、解せん。同胞を喰らって一体、何をするつもりだ」


 そう考えている間にも、奴は魔物ゴルグを喰らい続けていったが、次第に触手や胴体部分が、あの時と同様に赤い輝きを帯び始めた。

 それを見て、俺の脳裏に先ほどの惨状が思い起こされる。


「まさか……同胞を喰ったのは腹を満たし力を取り戻すためか。あれほどの巨体での活動を行うための……」


 そうしてついに再び触手の先の大蛇の口に赤い光が収束していき、煌々と炎のように燃え始めると、いくつもの口から炎の玉が一斉に放たれた。

 今度は王都ではなく、地上で戦っていた俺達や魔物ゴルグ達を目掛けて。

 爆発と共に大地に無数の大きなクレーターが作られ、その無差別攻撃によって人、魔物ゴルグを問わず、原型を留めていない肉片があちこちに飛び散った。


「くっ、何という攻撃だ。近づくこともままならんと言うのか! 被害状況はどうだ!? まだ動ける者がいるなら一旦、下がれ! ここから先は俺が1人でやる! 無駄に命を捨てようとするなよ!」


 飛来する炎の玉の攻撃を奥義により向上した身体能力で避けて、爆発からも逃れていた俺はたった一人、奴へと駆けて向かって行った。

 そして奴の超巨体の足元まで到達した俺は高く跳躍し、その身体に飛びつくと上へ上へと上半身を目指して、よじ登っていく。その時だった。


「アラケア様! 無理はなさらないでください! 何でも一人でやり遂げようとするのは貴方の悪癖です。どうかご自愛を持って、少しは私達の力も頼ってください!」


 声がした方向を見ると、ノルンが翼を生やした黒い影のような鳥に跨り、空を飛行していた。

 その背にはヴァイツもいる。


「ノルン、ヴァイツ! 生きていたか!」


「アラケア、援護するよ! そんな状態じゃあの触手の攻撃を避けられないでしょ? 君はそのまま登ることに専念してていいからさ。他のことは僕らに任せて欲しい」


 そう言うと、ヴァイツは奴の動き回る触手に対して、ビッグボウガンで狙いを定めて、次々と矢を放って攻撃していく。

 勿論、射貫いたのは経穴であった。

 更に対魔物ゴルグ用に開発されただけあって、その矢の威力自体も触手に対して効果は抜群であった。射られた触手は怯んだ様子を見せて、動きを止めていく。


「よし、このままアラケアが無事に頭頂部に登りきるまで援護するよ。本当はアラケアを乗せて一緒に飛べば早いんだけど、三人はさすがに定員オーバーなんだよね、ノルン?」


「ええ、二人でも一杯一杯だもの。三人は乗せて飛べないわ。それともヴァイツ兄が降りるかしら?」


「え、ええ!? 冗談だよね……」


「分かってるわよ。人には適材適所があるんだもの。それにあれほどの重量のアラケア様ご愛用のルーンアックスはとても乗せて飛行するのは無理ね。だから私達はサポートに徹するしかないわ。そう言うことだから……さあ、手を休めずに撃ち続けるのよ、ヴァイツ兄」


 俺はノルンとヴァイツの援護を受けて、どんどんと魔神の魔物ゴルグの肉体をよじ登っていった。

 背に巨大なルーンアックスを背負い、手に負担を感じ始めていたが、ここで止まる訳にはいかない。

 そうして使命感にも近い気持ちでよじ登っている時、ヴァイツ達の攻撃の手を逃れた触手の一本が大蛇の口を大きく開けて、俺へと襲い掛かった。


「くっ……!」


 俺はよじ登っていた肉体を勢いよく蹴って蹴り上がると、今度はその触手へと飛び移った。

 触手は大きく動き回り、俺を振り落とそうとするが、俺は必死に掴まって、更にその上へ上へと目指して、這い上がっていった。


「後、少しだ。いかに巨大でも生物である以上、頭を破壊すれば殺せる。ここまで損害を出してしまったんだ。皆の無念を晴らすためにも、こいつは俺が確実に倒さなくては申し訳が立たない」


 そして腕の痺れが限界に達しようとしていた時、俺の手はようやく頭頂部へと到達し、肩甲骨を動かして体を一気に持ち上げ、頭を出すとそこに広がっていた光景を見た。

 そこにいたのは……一体の巨大な大猿の化け物だった。

 背面が無数の細長い触手によって魔神の魔物ゴルグの超巨大な肉体と繋げられており、全身を覆う毛深い体毛と、十八メートルはあろう身長、そしてその顔は悪鬼のようで腹部に巨大な単眼を持っていた。


「お前が……このデカブツの本体と言う訳か。ここまで登ってきて疲労は限界に達しているが、ようやく辿り着いたんだ。王都の南側の防衛を陛下に任された者として、ここでお前を倒させてもらう」


 俺はすっと背負ったルーンアックスを手にすると、構えて鋭い殺気を放った。

 こいつのために多くの仲間達を失ったのだ。

 その張本人を前にして、殺気を抑えることなど出来ようはずもない。

 ……俺は右足を一歩踏み出す。

 怒りの感情を抑えようともせず、俺は即座にこいつに飛び掛かろうとした。

 だが、その殺気に敏感に反応したのか突然、大猿の魔物ゴルグは胸をドンドンと叩きながら大きく咆哮した。

 そのあまりの咆哮の大きさから周囲に衝撃波のようなものが発生し、俺の体が後方に押され、肌にびりびりと強い痛みが走る程だった。だが……っ!


「いくぞ!」


 そんなことには構わず、俺は一足飛びで大猿の魔物ゴルグに斬りかかった。

 全霊を込めた一撃だった。しかしその一撃を奴は右腕であっさり防御すると、その硬質の体毛によって、難なく弾き返してしまった。

 硬く、そして恐ろしく素早い動き。それだけで今まで戦ってきた魔物ゴルグの中でも紛れもなく最強の戦闘力の持ち主であることを俺は感じ取った。

 妖精鉱で作られたこのルーンアックスでも容易く有効打は与えられないならば、己の磨いてきた技量で打ち勝つしかない。


「……望む所だ! ならば受けてみろ、鬼の技『鬼翔断・連』!!」


 ルーンアックスを素早い動きで足元から二度、斬り上げると衝撃波が二重に発生し、大猿の魔物ゴルグへと放たれていった。

 それを見て奴は頭をぽりぽりと掻いた仕草を見せたが、突如、衝撃波を両手で鷲掴みし握り潰すと、更に「うぉおおおおおん!!」と耳を劈く咆哮を上げた。

 と、同時に奴の姿が消え、俺はその姿を見失った。

 移動先はどこだと見回すが、鈍い痛みが俺の背面を襲った。俺に捉えられない動きで、奴は一瞬で後ろに回り込み、蹴りを繰り出していたのだ。

 更に間髪入れず続けられる連続の拳と蹴りに俺の体は木の葉のように宙を舞った。


「がっ、ぐはっ!!」


 受け身が間に合わず、俺は肉の床に無防備にごろごろと転がると、口からは血反吐を吐いて、うつ伏せとなりようやく止まった。

 奴の圧倒的な戦闘能力の高さに、俺は思わず死を覚悟したほどだった。

 だが、気力を振り絞り、俺はルーンアックスを杖代わりにして立ち上がった。

 息を大きく切らしており、満身創痍なのは自分でも分かっていたが、ここで倒れる訳にはいかないと戦闘続行の意思を見せ、俺は奴を睨みつける。

 と、その時だった。「ひゅんっ」という音と共に一本の矢が大猿の魔物ゴルグの肩に突き刺さったのだ。

 攻撃したのは大猿の魔物ゴルグの背後を飛行していたヴァイツとノルンだった。

 黒い影の鳥に乗って頭頂部までやって来たのだ。


「お待たせ、アラケア! って、ええ!? 酷い傷じゃないか! 僕らも加勢するから、あんまり無理しないでよ!」


 ヴァイツとノルンは影の鳥から飛び降りると、頭頂部へと降り立った。

 そして2人は俺の元まで駆けつけて来ると、こちらの様子を見つめている大猿の魔物ゴルグと向き合った。


「あれがこの魔神の魔物ゴルグの本体なんですね、アラケア様。力をお貸しします。少しは部下の私達も頼ってください。貴方の負担を軽くするくらいは私達にだって出来るんですから」


「……ああ、頼む。今回ばかりは俺だけでは勝ち目はなさそうなんでな。奴はかなりの素早い動きをする。筋力もこれまでのどの魔物ゴルグより強い。気を付けて戦ってくれ」


「うん、じゃあ始めようか。黒騎士隊の実力をあいつに見せてやろう」


 俺達三人は面と向かって対峙した大猿の魔物ゴルグを睨みつけたが、その背後に巨大な気配が立ち上るのを見逃さなかった。

 来るっ! と、そう思った時には奴の姿は残像と共に消えていた。

 奴の移動した先は……。

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