第三十八話
「それで持ち場を離れて自ら報告にやって来たという訳か、ハオラン。失望したぞ、私の意を何も理解していないようだな。なぜ私が聖騎士であるお前を、前線に立たせずに配給作業の監視に回したのか分かっているか?」
陛下は王都内に不審者が現われたと報告にやって来た、巨漢の聖騎士の男を厳しい目で睨むと、確か名をハオランと言った男は青ざめた顔で肩を落としている。
身長二メートルを越す大男が、陛下の前ではまるで悪戯を叱られた子供のようだ。
「そ、それは……なぜでしょうか、陛下」
ハオランは顔を上げて、陛下に自分の非は何かと問う。
「お前は腕も立ち、教養も聖騎士として最低ラインは満たしている。しかし血気にはやって、ただがむしゃらに行動したがる所がある。剣士や戦士としてならそれもよかろう。だが、百人の白騎士達を従える身としてはそれでは困るのだ。部下の命を悪戯に危険に晒す者に前線で彼らを任せる訳にはいかない。それでもお前を聖騎士として採用したのは聖騎士として働くことで、成長し学んでくれることを期待していたからだ。だが、私の見込み違いだったようだな。もう良い。再び自分の持ち場に戻れ」
ハオランはしゅんとした顔で踵を返すと、元いた場所へ引き返そうとしたが、途中で立ち止まると、勢いよく振り返った。
「お、お言葉ですが……陛下! 俺が今日まで腕を磨いてきたのは皆既日食の日に備えて、皆と共に戦うためなんですぜ! 今、戦力に数えられなかったら何の意味もねぇんだ! 俺も戦わせてください! 俺が聖騎士として不適格と言うなら、降格させてくれたって構わないんで!」
「ほう、降格も覚悟か。ではチャンスをやろう。私は皆既日食が終わった後にギア王国へと宣戦布告を行うつもりでいる。しかし戦いの後始末が忙しい時期に多くの兵員を割く訳にもいかないからな。そこで少数の最精鋭にギア王国に向かってもらうつもりなのだが、お前もそれに加われ。お前は今から聖騎士ではなく、その戦列に参加する一介の騎士だ。良いな?」
ハオランは驚いた顔をしている。そして私もだ。
一国に対し、少人数で攻めることを愚かとは思わない。
実際、一騎当千のアラケア様や陛下、聖騎士ならば大軍を相手取ったとしても切り抜けることは容易だろう。
私達、黒騎士も孤軍奮闘した状況を想定して、訓練を行ってきている。
問題は誰がその任務に選ばれるかだが、恐らく陛下は……。
「あ、ありがたく拝命させて頂きますぜ、陛下!」
ハオランは水を得た魚のように歓喜の表情を浮かべて、深々と頭を下げた。
粗野な所はあるが、仮にも聖騎士として任命された男、戦力にはなるだろう。
「では俺はそれまで何をしていればよろしいんで?」
「南側の塀に向かえ。そこでアラケアの指示に従い、
ハオランは生き生きとした目で承諾すると、大急ぎで昇降装置に乗って地上へと降りて行った。
しかし私の胸中はハオランとは反対に、不安で仕方がなかった。
恐らく陛下はアラケア様をギア王国に送り込むつもりでおられる。
だが、ギア王国にはあのアラケア様をあれほど完膚なきまでに倒してのけた何者かがいるのだ。果たして今度、相対したとして勝ち目はあるのか……。
私が心の中でそのことを心配していた、その時だった。
「心配するな、ノルン。我が友、アラケアをむざむざ死地に送るものか。その任には私も同行するつもりだ。あのアラケアを倒した程の者、私とて興味がある。いずれアラケアの口からそいつが何者か聞くことになるだろうが、少数とはいえ十分な戦力の者を選び抜く。だから今は
心を読まれていたかのようで、私は動揺した。しかも陛下自らが敵地に向かわれるおつもりだと聞き、二重の意味で驚きを隠しきれなかった。
確かにそれなら戦力として、これ以上のない心強さではあるが。
「……お見通し、だったのですね。ですが、アラケア様が向かわれるならその任務、ぜひ私も同行させてください。これでも黒騎士隊では私はかなりの腕前だと確信しております。私なら必ず戦力になれるかと」
陛下は私の言葉に笑顔を見せると、肩をぽんと叩いた。
「アラケアは鈍い所があるからな。お前の好意にも恐らく気付いておるまい。そしてあいつはいざという時には、仲間を危険に晒すまいと自分一人でどうにかしようとする、そういう危うい一面も持っている。だからお前があいつを支えてやれ。いざという時にそれが出来るのはお前しかいまい、ノルン」
「なっ……」
私は思わず顔が紅潮してしまった。
そして自分の気持ちを悟られていたことに思考もままならず、柄にもなくもじもじしていると……。
「ふっ、お前の態度を見ればあからさまだからな。私でなくとも気付くだろう。ノルン、ここは私がいれば十分だ。お前も南側へ行ってやるといい。向こうでアラケアの助けとなってやれ」
「……は、はい! それがご命令とあらば! ……で、ではどうか陛下もご健闘を!」
私は陛下に感謝の気持ちを現すべく、腰を折り曲げお辞儀をすると、恥ずかしい気持ちを抑えながら、そそくさとその場を立ち去った。
私のアラケア様への秘めた気持ちは皆が知ってることだったのだろうかと心臓の高鳴りは収まってはくれなかった。
だが、同時にアラケア様の助けになるべく、磨き抜いてきた力をアラケア様のお側で振るうご許可を、陛下から得られた喜びの感情も自身の中から湧き上がってきているのも事実だった。
しかし昇降機で地上へと降り立った私は、すぐに気持ちを切り替えた。
「いけないわね。これから向かう先は戦場……こんな浮ついた気持ちで向かう訳にはいかないわ」
私は自分の顔をぱんと強く叩くと、自分の馬に跨り、速歩で王都の南へと駆けだした。
南側の塀で戦っておられるアラケア様のお姿を思い浮かべながら。
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