第三十七話

「まったく……納得いかーーん!!!」


 一人の筋骨隆々とした長身の男が王都の市街地で、国民達に配給を配る作業に立ち会いながら叫んでいた。

 男の名はハオラン、アールダン王国の栄えある聖騎士の中の一人である。

 皆既日食に備えて一か月間、王都に招集された国民全員を食わせるだけの食料は備蓄されていたが、それでも腹一杯食べさせるまではいかない。

 だからこの危機的状況の中、それに不満を持った者達が暴動を起こさないとも限らないため、聖騎士であるにも関わらず、彼は前線で皆と共に戦うことなく、良からぬ考えを持った者が現れないか、ここで目を光らせているのである。

 しかしハオランは聖騎士である自分が戦えないことに、不満を募らせていた。


「くぅ~~~、この背に背負った戦槌が泣くぜ~。何で俺様がこんな仕事を……。俺様も戦列に加わりたいってのになぁ。陛下のご命令とはいえやってられん。おい、お前ら! こんな状況で暴動なんか起こしやがったら許さねぇからな!」


 ハオランは配給を待ちながら列を作っている、国民の皆さんに怒鳴りつける。

 その声で列に並んでいる人々は竦み上がって、目を伏せてしまった。


「ったく。弱い者いじめみたいじゃねぇか。強い相手と向かい合ってこそ栄えある聖騎士だってんだよなぁ。あ~あ、ここに俺様が満足する強い奴でも現われてくれれば退屈しなくて済むんだがな」


 ハオランは心底うんざりした気持ちで、配給を待つ人々を睨んでいたが、……その時だった。


「驚いたぜ。聖騎士の中にもこんな脳筋がいるんだな。それにお望みの強い奴ならここにいるぜ、あんたの背後にな」


 ハオランはぎょっとして後ろを振り向いた。

 そこにいたのはフードを深く被った全身黒ずくめの1人の男だったが、聖騎士である彼ですら、今の今まで気配など微塵も感じ取れなかった。


「動揺してるじゃねぇか。聖騎士様ともあろう者が俺ごときに気付かないとは、こりゃ聖騎士ってのも噂程じゃねぇのか、それともあんたが聖騎士の中でも格下なのかどっちなんだ?」


 だが、目の前のどう見ても不審者から挑発を受けたにも関わらず、ハオランはむしろ心の底から喜びの感情が沸き上がってきたのを感じていた。

 この男は強いと直感で理解出来たし、そんな奴が自分に絡んできてくれたことを退屈で不満だった彼にとっては、感謝しかなかったのだ。


「くぅ~~~、感謝します、神よ。ようやく退屈すぎた時間が終わってくれる。おい、お前。名を名乗ってもらおうか? まさか敵国の人間じゃないよなぁ。だったらお前をここで血反吐が出るまで痛めつけなくてはならなくなる」


 黒ずくめの男はフードを上げて、素顔を現した。

 その男は黒髪の端正で男性的な顔立ちをした男だったが、ハオランはその挙動一つとっても、洗練された身のこなしを感じ取っていた。


「俺はギスタって者だ。よろしくな、聖騎士さんよ。ギア王国とは関係ねぇよ。ただの根無し草の暗殺を生業とする旅人だって言えば分かるか? この国とも縁も所縁もないが、世話になった奴らがいてな。ま、恩を返しに来たって所だ」


「そうか、俺様は聖騎士隊が一人、獣心のハオランってもんだ。陛下とこの国に仇なす不届き者を倒すことを仕事にしている訳だが……よし、決めた。王城でお前の身許の取り調べを行うことにする。来てもらおうか、弁明は王城で聞こう!」


 ハオランはギスタの腕を掴んで連行しようとしたが、するっとすり抜けられて身を躱されてしまった。


「生憎と俺はあんたに用はねぇ。それより知ってるなら教えてくれ。アラケアって男は今、どこにいる? 俺はそいつの助けになりに来たんだ」


「アラケア……だとぉ?」


 ハオランは意外な名を出されて一瞬、面食らってしまった。

 突然、街中に現れた不審人物にしか見えないこの男が、ガイラン国王と親交の深いアラケアの知り合いかもしれない戸惑いと、それが事実であれば邪険に扱ったと知れれば、後で国王に何を言われることか分からなかったためである。


「当然、知ってるが……一応、聞いておかねぇとなぁ。どういう関係だ、あの人と」


「デルドラン王国であの男には世話になった。俺の名を出せばあいつも分かってくれるはずだぜ。特訓を終えてギスタは戻ったってな」


 ハオランはギスタがギア王国の刺客の線を疑ってみたが、すぐに面倒臭いと思って考えるのをやめた。

 会わせればはっきりすることだし、この退屈な場所から離れる大チャンスと考えたのだ。


「よし、いいだろう。俺様について来い。アラケア殿なら王都の南側で魔物ゴルグの軍勢と戦っておられるはずだぜ。ついて来な」


 ハオランは一般兵達にこの場を任せると言って、ギスタを連れて意気揚々と南側の塀に向かおうとしたが、ふと目を離したほんの僅かの隙に、そのギスタは掻き消えるようにいなくなっていた。


「な、何ぃ!? ど、どこ行きやがったんだぁ、あの黒ずくめ!」


 ハオランは慌てて周囲を探してみたが、すでに影も形もなくなっていた。

 そして自分にさえ気配を感じさせなかった足運びとこの神出鬼没さに、ギスタが並みの使い手ではないことを感じ取っていた。思わず戦慄してしまうほどに。


「な、納得いかーん!! 結局、不審者だったのか! どっちだったんだ!? くぅ~~~、ちくしょう。俺様としたことが大失態を犯しちまったぜ! と、ともかくこのことは陛下にお知らせしないとな……よし」


 ハオランはここを離れる口実が出来たことを、少しだけ喜びつつ後のことを兵士達に任せて、国王に報告するために北側の塀に向かって大急ぎで走り出した。

 その頭上から眺める男がいるのに気づきもせず。


「アラケア、俺は強くなって戻ってきたぜ。ギア王国のエリクシアと決着をつけるにはあんたの力が必要だ。弟分のセッツの仇を取るため……ここでしっかりあんたに恩を売るために戦ってやるよ」


 黒ずくめのギスタはすっと身を翻すと、市街地の屋根から屋根へ飛び移って王都の南側へと、走り抜けていった。

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