第三十四話

「……では、始めるぞ」


「…………ええっ! お受けしましょう」


 俺とアルフレドは病院の外に出ると、広場で向かい合い、対峙していた。

 俺が陛下より賜ったルーンアックスを構えるならば、彼も陛下から拝領された名剣フランベルジュを構え、互いに一歩も譲らず、殺気をぶつけ合う。


「さすがですね、アラケア様。貴方が放つオーラが私を威圧し少しでも動けばその斧で斬られるというイメージが付き纏って離れない。……しかし、私は動く必要がない。それでも貴方を攻撃出来るとしたら?」


「……それは面白い。では貴方の技を見せて頂けるか?」


「ええ、喜んで」


 するとアルフレドは剣を鞘に戻して、構えを解いた。そして念を込めたかと思うと彼の背後に無数の刃が浮かび上がった。

 だが、実体を伴った本物の刃ではない。あれは恐らく……彼の剣気が生み出した幻の刃。


「『幻刃』とでも名付けましょうか。私が陛下より教わった技の一つ。貴方のお察しの通り、これらの刃に殺傷力はありません。けれど……。斬られるという感覚を可視化したものですから、痛いですよ、かなり」


 そう言い放つと、彼の背後に浮遊していた無数の幻刃が俺へと一斉に放たれた。

 と、同時に俺はさっと身を翻すと、斬りかかってくる幻刃の斬撃を避け、アルフレドに斬撃を繰り出そうとした。


「言ったはずです。私は動く必要はないと。先に仕掛けたのは貴方だ」


 アルフレドは鞘に納めた状態で剣の柄を握っていたが……それを一気に引き抜いた。


「っ!? ちっ!」


 その刹那……俺は直感で彼が繰り出そうとする攻撃に必殺の気迫を感じ、後方へと飛び退かざるを得なかった。

 それは音速をも超える神速の技であった。

 飛び退く俺に人の目には見えない速度の衝撃波が放たれると、俺は咄嗟に斧で防御を行ったものの、大きく後方に弾き飛ばされ、ずざざざざっと足を地面に踏ん張ってようやく止まった。


「なるほど、半径四メートル。それが貴方の必殺の間合いと言うことか。幻刃で相手にその距離まで近寄らせるべく誘い込み、羅刹のごとき斬撃を食らわせる。それが貴方の必勝のパターンなのだな」


「お見事です。たった一度の手合わせで、そこまで見抜くとはやはり陛下が一目置かれるだけのことはあります。咄嗟に危険を察知し、後方に身を逸らしたため致命傷は避けられたようですが、四メートル以内に入ったなら、私は確実に相手を斬り伏せることが出来ます。さて、どうやって攻略します?」


 アルフレドは再び背後に幻刃を浮かび上がらせ、剣を鞘に納め柄を握った。

 先ほどと同様に、居合の間合いに俺を誘い込もうと言うのだろう。


「そうだな、ならば俺はこうする」


 俺はアルフレドを人差し指で指差すと、すうっと線を引くように横切らせたが、今度は驚きの表情を浮かべ、飛び退くのは彼の方だった。

 攻撃してくる気配を感じ取り、身を躱したもののアルフレドの聖騎士隊の甲冑がその動きに沿って傷が走った。


「こ、これは……貴方はその徒手のみで斬撃を飛ばして繰り出せる。そういうことですか」


「ああ、カルギデが俺に対し使った技だが、気を操る技術は俺のライゼルア家が本家本元だからな。あいつに可能なら俺にも出来るということだ」


「なるほど……動かず攻撃出来るのは私だけではないと。ならばこちらも戦い方を変えるしかないようですね」


 アルフレドは剣を再び鞘に納めた状態で、抜剣の構えをとった。

 先ほどと同じ構えだが、今度は無数の幻刃が俺ではなく、その鞘へと吸い込まれていった。

 斬るという気迫が、離れた俺にまで伝わって来る。

 恐らく次に繰り出されるのは、彼の奥義。ならば病み上がりとはいえ、俺も体を酷使し本気を出さねば勝負は危ういだろう。

 さすが陛下が選び抜いた精鋭中の精鋭、十人の聖騎士の一人ということか。


「ならばこちらも奥義で迎え撃たねばなるまい。……欠点を克服すべく新たに考案した真の秘奥義『光速分断波・鳳凰烈覇』をな」


 俺の全身から炎が燃え上がると、それが手にしたルーンアックスへと燃え広がっていく。

 そして俺の背面から煉獄の火炎鳥が浮かび上がり、奥義は発動した。

 ここまでは……だ。この先は俺にとっても未知の領域になる。


「陛下に貴方の出国を認めさせた技ですか。光栄です、貴方がそれほどの奥義を使わざるを得ない程、私の実力は貴方と伯仲していると認めて頂けたことに」


「ああ、しかしこれから見せるのは、更にその上をいく技だ。加減が効かず、並みの相手では殺してしまうが、貴方なら大丈夫だろう。では……推して参る。アルフレド殿」


「……ええ、受けて立ちます」


 そしてアルフレドは鞘に納めた剣の柄を握り、俺をじっと見ていたが……鋭い殺気を放つと共に、剣を一気に引き抜いた。

 と、同時に俺もまた奥義の真髄を発揮させるべく、溢れ出る気を体の中心に向けて集中させた。

 背後の火炎鳥が、俺の体内へと吸い込まれていく。


「斬ッッ!!!!」


 アルフレドが放ったそれは羅刹のごとき剛の剣の極致であった。

 どう見ても十メートルは離れていた距離を一秒に満たない時間で縮めると、必殺の斬撃が強暴な風と共に、俺を襲った。

 だが、俺はそれをすっと前方に突き出した左拳で打ち抜くと、あっという間に暴風は四散し、更に鳩尾にそれを叩き込まれた彼は甲冑は砕け散り吐血し、後方に向けて大きく吹き飛んだ。


「が、がはあああっ!!!!」


 彼の体は水切りのように地面を何度も跳ねて、病院の敷地を取り囲む塀に叩きつけられると、塀を破壊してようやく止まった。


「……い、今のが……貴方の奥義……まったく捉えられなかった」


 俺の体から炎が消え、代わりに高温の熱が発し、白い蒸気が立ち昇っている。

 俺は蒸気が立ち昇る両手の平を眺めながら、上々の結果を出せたことを実感した。

 持続力の短い『光速分断波・鳳凰烈覇』の弱点を正面から克服するため、体外に溢れ出る炎のごとき気を体内に封じ込めた。

 それによって持続力を上げ、更に威力も爆発的に高めることが出来る。

 対人戦で使ったのは初めてだったが、何とか実戦でも使い物になりそうだった。


「アルフレド殿! 大丈夫か!?」


 そこで俺はようやく自分がやったことを思い出し、吹き飛ばされたアルフレド殿の元へと駆け寄った。横たわる彼に手を貸し、助け起こす。


「え、ええ。お見事でした、アラケア様。やはり私など貴方に勝てるはずもない。それだけの力があれば今、王都が陥っている魔物ゴルグの軍勢との戦いにも、勝利を齎すことが出来るかもしれません。どうやらもう退院をしたとしても大丈夫そうですね。私の裁量で貴方の退院を認めても良いと陛下から仰せつかっています。退院、おめでとうございます、アラケア様」


 俺はいつの間にか自分の体が驚くほど軽くなって感じ、筋肉の痛みも一切が消え去っていることに気付いた。戦いの間に完治してしまったのだ。

 自分でも信じられず、あるいはこれが俺に流れる血の力なのかと、肖像画でしか知らない亡き母の顔を思い浮かべた。


「ああ、貴方もその傷を癒したら駆け付けて来てくれ。俺はこれから皆の所へ向かおう。皆が待っているからな。手合わせ感謝する。貴方との戦いで俺も学ぶものがあった。ぜひまた模擬戦をさせて欲しい」


「ええ、行ってください、アラケア様。すでに皆既日食が始まって五日です。前線で戦う者達は皆、肉体も精神もすり減らしています。ですが、貴方が来ることできっと彼らも希望を見出すでしょう。さあ、どうか我が国に勝利を」


「ああ、必ずな」


 そして俺は踵を返すと走り出し、王都の南へと向かった。

 俺に勝利を託し、見送ってくれたアルフレドに報いるためにも。

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