第三十五話
俺が南側の塀を昇降装置を使って最上部まで上がると、そこでは白騎士を率いる聖騎士隊と、俺の黒騎士隊によってテントが張られ、装備品の点検と負傷者の手当が同時に行われていた。
今は
だが、そこでは暗いムードが漂っており、見渡してみた皆の顔はどう見ても満身創痍で疲労困憊しており、次の戦いでは戦闘が難しそうな負傷者も数多くいた。
「……酷い有様だな。皆既日食が始まってまだ五日目だというのにそれがすでにここまで消耗した戦いになっていたとは」
その時だった。
俺の元に一人の黒騎士が近づいてきたが、その黒騎士が兜を取ると、その顔は俺のよく知る人物だった。
「や、アラケア。ずいぶん遅かったじゃないか。けどその様子を見るともう完全復活したって感じだね。君さえいれば百人力……いや、千人力だ。
「ヴァイツ! 無事だったようだな。お前の顔を見れて安心したぞ。ノルンはどうした? あいつはここにはいないのか?」
「ノルンは北側で陛下の指揮の元、戦ってるよ。ま、あっちは陛下がおられるから被害はそこまで大きくないんだ。だから多分、大丈夫だと思う。それより問題はこっちの南側の被害だね。……最精鋭である聖騎士隊が頑張ってくれてるから何とか持ち堪えてるけど見ての通りこの有様さ……。もう皆、疲労が限界に来てる。精神を病んだ者達も出始めてるくらいでね」
後悔しても仕方がないことだが、俺はそんな時に一緒に戦えなかったことをやはり悔やんだ。
だが、すぐに考えを切り替えると、これからの戦いに死力を尽くすことで挽回しようと心に深く誓い、塀の上から真下を覗き込んだ。
すると、そこには
「こちらもずいぶん殺したようだな。しかし奴らは無尽蔵の軍勢だ。兵数に限りのある俺達では物量戦で挑んでも勝ち目はない。ただ耐えるだけでいい。防衛に徹して残り二十五日耐え抜けば俺達の勝ちだ」
「うん、その後もやることは山積みだけどね。元々、王都以外はすべて切り捨てるというやり方だ。王都に避難してきた人々が帰る場所をこれから復興していかないといけないんだ。大変だよ、勝った後もさ」
「ああ、五十年の周期でこんな災厄がやって来る……やはりその根源を絶たなくては何の解決にもならないのかもしれんな。このままではいずれ徐々に疲弊していった国は衰退し、この世界は滅びゆく運命だ。シャリム……いや、グロウスが言っていたことが事実なら海を北に越えた先に、あの災厄の霧を生み出している何かがあるという。ならば俺はライゼルア家の当主として、それを止めなくてはならないだろうな」
俺は手にしたルーンアックスを見た。
あの時はグロウスにまるで歯が立たなかったが、もし奴が災厄の根源を制した後、何をしようとするか予想もつかない以上、先を越される訳にはいかない。
奴よりも先に俺達も海を渡る必要があるようだと、まだ先行きの見えない未来のことを俺は考えていた。
その間にヴァイツが望遠レンズを取り出して、大地の向こうを見渡す。
すると、その表情が瞬く間に陰りだした。
「……来た! また奴らの襲撃だ! アラケア、戦闘準備を!」
瞬く間にラッパの音が鳴らされ、装備品の手入れを行っていた兵士やまだ戦闘の続行が可能な負傷の程度の低い兵士達は戦闘配置につき、迎え撃つ準備を整えた。
だが、士気は高いとは言えない。
皆、不安なのだ。ここを突破されて王都内に敵の侵入を許してしまうことが。
「流れを変える必要があるな。ここで大きく勝利すれば皆の士気も回復する。ヴァイツ、今回が正念場だ。大勝するぞ、それでこちらの形勢は一気に盛り返すだろう。やれるか?」
「うん、任せておいて。実は僕もあれから自分を鍛え直したんだ。陛下にお願いして聖騎士達と同じメニューの修行法を教えてもらってね。あれから皆既日食までそれを続けてた。だから今の僕は一味違うよ。どう変わったか君にも見せてあげるよ、アラケア」
俺はいつになく自信を見せるヴァイツに頼もしさを覚えると、眼下を見下ろしながら、塀を乗り越えてきた
そうこうしている内に、
天を覆いつくす程の本数の矢に体を次々と射貫かれ、息絶えた
「……くっ、来た! 来たぞ!」
どこからか騎士達の叫びが聞こえる。そしてついに塀の最上部を乗り越えてきた
俺もルーンアックスを縦に横に振るって
「てやあああっ!! ららららら!!!!」
ヴァイツは流れるような動きで
俺はその動きの滑らかさを見て、素直に感嘆の思いを抱く。
「本当に腕を上げたようだな、ヴァイツ。基礎身体能力が一段と増しているぞ。しかも僅かながら攻撃に気を纏っている。ついにお前もその域に達したか」
「感心するのは早いんじゃない? まだ切り札は見せちゃいなんだからさ! ま、それを見せるのは後にとっておくよ!」
ヴァイツは俺に負けじと次々と
ここまで俺に張り合おうと、戦果を上げていくヴァイツは初めてだった。
どうやらあいつにも心境の変化があったらしい。
「ぶわっはっはっは! ようやって来たのう、ライゼルア家の若当主! 病み上がりで無理するでないぞ! ここは大人しくワシらに任せとけい!」
そこへ大戦槍を振り回して
「オセ騎士団長、ご無沙汰しておりました。ご忠告感謝しますが、何もせずにただ立って見ているだけの方がかえって気疲れします。今まで戦えなかった分を取り戻すためにも、ここは全身全霊を以って戦い、この前線を死守させて頂くつもりです」
「ぶわはははは! 口の減らん男じゃ! では存分に戦って見せてみい! お前の後ろぐらい、ワシのような老いぼれでも十分守ってやるわい!」
俺とヴァイツとオセ騎士団長が揃い踏み、その周囲に
少なくとも俺達三人は明らかに
「やはり部下達は上の人間をよく見ておるわい。上が狼狽えとったら部下達は一気に総崩れになるじゃろうのう。お前らも微塵も不安そうな顔を部下に見せるでないぞ!」
「ええ、当然です」
俺達は次第に襲撃の勢いが、緩んでいったのを感じ取っていた。
だが、眼下を見ると三下の
そしてその予感は的中だったと、すぐに思い知らされる。
どどずううううんっ……どどずううううんっ……。
大地の向こうから、大きな地響きのような音が聞こえてくる。
俺は地響きを起こしている元凶を目を凝らして探ろうとしたが、しばらくすると肉眼でも確認出来る位置までその元凶が接近し、姿を現した。
それは十五メートルはあろうかという大きな体格と頑丈そうな外殻、そして巨大な剣を手にした大鎧とでも形容すべき、指揮官クラスの
しかも一体や二体ではない。
数十体……それらが群れを成して、こちらへ向かってきているのである。
「……なんてサイズだ。今まで見てきた
「うぅぅむ……やむを得んじゃろうな。しかもあれだけの大物、並みの兵では逆に返り討ちじゃわい。悪戯に犠牲を出さぬためにも、最精鋭だけで迎え撃つべきじゃろうな。よし、一度下まで降りるぞい。そして門を開けて、迎え撃とうぞ。力を貸してくれい、アラケア、ヴァイツ」
俺達は昇降機で王都側の街並みに降りると、俺とヴァイツとオセ騎士団長と聖騎士五人で大門の前に立ち、意を決して開門し、
どどずううううんっ……どどずううううんっ……。
そこでは尚も数十体の大鎧の
「……直に来るぞ。あの堅そうな外殻を持つあいつらには並みの攻撃など通用しないだろう。技で、そして力で対抗するしかない。覚悟はいいな」
「うん、勿体ぶって死んじゃったら元も子もないし、ここは後のために余力を残して戦おうって考えは捨てた方がいいかもね。ここは全力で……。君にも見せてあげるよ、僕の修業の成果をさ!」
「ああ、期待しよう。いくぞ、ヴァイツ!!」
そして塀へのこれ以上の接近を阻止するべく、ついに間近まで迫った大鎧の指揮官クラスの
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