第三十三話

「ぐ、うぐっ……こ、ここは?」


 俺が目を見開くと、俺はベッドに寝かされており、そこはどこかの医療施設のようだった。

 そしてすぐさま意識が途絶える前の記憶を思い出す。

 あの時、俺はグロウスに殺されたはず……だったが、どうやってか殺されたと思っていた俺は、こうして生きているようだった。

 俺は生を拾ったことに感謝しつつ、身を起こし立ち上がろうとしたが、途端に筋肉に痛みが走った。

 堪らず呻いた俺だったが、すると奥から聞き覚えのある声がしてカーテンの向こうから、声の持ち主が姿を現した。


「お目ざめになられたのですね、アラケア様。ですが無理をされてはいけません。貴方は常人なら死んでもおかしくない深手を負って陛下とお仲間のノルンさんやヴァイツさんに助けられここまで運ばれたのです。覚えてはおられませんか?」


 この男とは2度面識がある。先日もデルドラン王国から王都に帰還した際に顔を合わせていた、聖騎士隊のアルフレド・ジュバだった。


「いいや、それより今はいつだ? 皆既日食の期間はまだ始まってはいないのか?」


「すでに始まっております。ですが貴方は今はここで治療に専念してください。病み上がりの貴方が戦場に出た所で大きな戦力にはなりません。私は陛下の命により貴方をここから出すなと仰せつかっているのです。目が覚められたのなら、まずは食事を如何ですか? まずは弱った体力を回復させてください。それが今の貴方がすべきことです」


 俺はもう一度起き上がろうとした。再び激痛が走る。


「だが、俺がこうしてる間にも魔物ゴルグの軍勢と皆は戦っているのだろう! 俺だけこんな安全な場所でぬくぬくとしている訳には……っ!」


 するとアルフレドは厳しい顔で、そして静かに言い放った。


「私達、聖騎士隊や陛下、そして貴方の黒騎士隊の力を侮らないでください。皆がこの時のために訓練に訓練を重ねた、精鋭揃いです。貴方が一人欠けていたからと言って、そう易々と敗れたりなどしません。私達の力を信じて欲しい。皆の戦列に参加したいのなら、何度も言うように、貴方はまず体を本調子に戻してください。そうでなければ貴方の退院は認めることは出来ません。重ね重ね言いますが、これは陛下からのご命令ですので」


 陛下という言葉を二度も出されて、ようやく俺は力なくベッドに体を横たわらせた。

 体にあまり力は入らず空腹も感じられる。

 確かにこの状態では戦っても、すぐに無理が出てくるだろうと思われた。


「……分かった。では飯を用意してくれ。失った血を取り戻したい。一刻も早く体力を戻して戦いに参加するためにもな」


 アルフレドはにこりと笑うと、奥から大量の料理を運んできた。

 俺はナイフとフォークを忙しく動かすと、料理を次々と口へと運び、どか食いを始めた。


「まだだ、まだ足りない。まだまだ持ってきてくれ」


 俺は出されてくる料理を次々と、無理やりに口に押し込んだ。

 安静にして食事を取り、睡眠をしっかりとる。

 体力を戻すには地道だが、それしかないだろう。

 そうして腹を満たした俺は、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。


「三時間だけ寝る。時間が来たら起こしてくれ。そうしたらアルフレド、俺と模擬戦をして欲しい。鈍った体を動かして戦いの勘を取り戻したいからな」


「ええ、分かりました。そのように計らいます。お休みなさいませ、アラケア様」


 そう言うと俺は毛布を被り横になった。少しでも体力を取り戻すために。

 それが今の俺がすべき戦いなのだと、ようやく分かったからだ。

 そうして俺は次第に、泥のように眠りについていったのだった。



 そして……俺は夢を見た。そう、不思議な夢を。

 暖かな風が吹き、草原の叢の上でまだ少年だった俺は、戦斧を傍らに置き、横になっていた。

 俺は考え事をしながら、空を見上げて雲を眺めていたが……。


「ふう……」


 俺はひと眠りしようと、瞼を閉じようとした。

 しかしその時だった。そこへ同じくらいの年頃の少年が近づいて来た。


「お隣、よろしいですか? アラケア様」


「何だ……カルギデか。どうした? 俺に何か用か?」


 俺は上半身を起こすと、返事を待たずに隣に腰を下ろしたカルギデに話しかけた。


「お父上のこと、残念でした。あれほど強かった当主殿を倒すとは相手は相当の手練れ。ですが、やはり貴方はこれから腕を磨き仇を取るのでしょう?」


 それを聞いた俺は途端に、表情を暗くした。


「ああ、父上を殺した奴は俺がいつか仇討してみせるつもりだ。そして立派な当主になって凶星キャタズノアールや黒い霧が生み出す魔物ゴルグを一匹残らず根絶やしにして世界に平和を取り戻す。父上もきっとそう望んでいるはずだ」


「……やはり戦いに身を投じるのはライゼルア家とクシリアナ家に生まれた者の宿命なのでしょうね。私もそれを嘆く気はありません。戦うことこそが私達の存在意義ならば宿命に従うのみですから。当主殺しの犯人……クシリアナ家の方でも追ってみましょう。見つけたならお知らせします、アラケア様」


「ああ、頼んだぞ、カルギデ。そして大人になったらお互い家を継いで陛下のために、国のためにこの腕を振るうんだ。約束だぞ」


「ええ、勿論です」


 身内同士、俺達は日が暮れかかるまで将来の夢を語り合い、談笑を交えていたが……。

 

 ――そこで……俺は目が醒めた。


「……夢、か。だろうな……。しかしなぜ俺は今更、あんな夢を……」


 俺は首を傾げたが、なぜなのか分かっているような気がした。

 恐らくだが、カルギデは今も生きている予感があった。

 確かにこの手で倒したはずで、あり得ない話かもしれないが、もしかしたらどうやってか生き延びていて、俺との再戦を望んでいる気がしてならなかった。


 ――しかも次は腕を更に上げて。


 そんなことを考えている自分に苦笑し、俺は首を振ってカルギデの幻影を振り払うと、ならば俺も負けていられないなと今、俺がすべきこと……力を取り戻すべく立ち上がった。

 丁度いいことに時間はもうすぐ三時間だ。

 俺は奥で俺を監視しているアルフレドの名を呼ぶと、約束通り模擬戦を行うべく、装備を整えた。



 ◆◆



 ――私はどこか分からない場所で目を覚ました。


(ここは……どこだ? 私は生きて、いるのか)


 目を開けると、私は全身を頭まで液体に浸かっていた。

 そして私を眺める二人の男達がいる。


「どうじゃ? こやつの蘇生は可能か?」


「いや~、それは勿論でございますよ、陛下。彼の生命力は大変素晴らしい。何より生への執着心が並々ならない。首から下は失ってましたから、ほとんどを魔物ゴルグで代用しておきましたけどねぇ。あれだけの手術に耐えた彼は、エリクシアと並んで一級品の人間兵器ですよ。災厄の根源と戦うために、必要不可欠な戦士に育ってくれることを期待したい所ですが、ただ……アラケア君との戦いに負けたことで心に影を落としていなければいいんですがねぇ」


 記憶が錯乱していたが、この声には覚えがある。

 液体に浸かりながらも私は目を凝らして、その声の主が誰かを確認した。

 そこにいたのは……。


(シャリム、それにダルドア陛下。ではここはギア王国のどこか。私はあの時、当主殿に敗れ、死んだと思っていたが……どうやら私は命拾いしたということですか。やはり分家である私が本家当主を超えるのは険しき道。それに……先ほどまで私は夢を見ていたような気がする。若かりし頃の当主殿と私……なぜ今になってあんな夢を……)


 手に力を込めてみると、これまで以上に力が満ち満ちているのを感じ取れ、次いで下を向いて自分の体を見ると、失ったはずにも関わらず再生していた。


 ――シャリムの仕業か、と私は確信した。


 魔物ゴルグの部位を人間に移植する技術、凶星キャタズノアールや黒い霧と魔物ゴルグの仕組み、いずれもシャリムがギア王国に齎した技術だ。

 あいつが何者か分からないが、得体の知れない知識と技術で陛下に取り入り、ギア王国の宰相にまでのし上がった。

 そして私に手ほどきをして、当主殿と渡り合えるほどに鍛え上げてくれた。

 だが、あいつの正体など私には関係はないのかもしれない。

 私に力をくれるというなら、私はそれを利用するまで。しかし……。


(あのような夢を見るとは、まさか私の心に躊躇があるとでも言うのですか。いや、私の我儘に巻き込んで父上も犠牲にしてしまった今、後戻りなど出来るはずもない。当主殿と決着をつけ、クシリアナ家をこれまで以上に盛り立てねば、父上に申し訳が立たない。当主殿……アラケア。今度、相対する時には貴方以上の存在となり、私の悲願を果たさせて頂きましょう)


 急激に眠気を感じ、私は再び目を閉じた。

 次に目を覚ます時はこの体はより仕上がっているだろうと、完成された時の自分の肉体を思い描いて。

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