迫る、災厄の時

第二十六話

 翌日、まだ日が昇って間もない頃に俺はヴァイツ、ノルン、ギスタを伴いデルドラン王国王都、竜角都を出立した。

 馬車を走らせ徐々に、王都が遠く見えなくなっていく。

 遠くなっていく王都を眺めながら、俺はポワン王女の姿を思い出しこの国の行く末を案じていた。


「どうした、アラケアさんよ。この国に対して思う所があるのか?」


 ギスタが俺に声をかける。胸中を察したのだろう。


「ああ、この国にも何とか皆既日食の時を生き延びて欲しいと思ってな。妖精王の加護を失った今、この国も例外ではなくなり、黒い霧と魔物ゴルグの脅威に立ち向かわねばならなくなった訳だからな」


 しかし妖精王の血を引くポワン王女もまた国を覆う結界を張ることが可能だと聞いている。

 そして人よりも強靭な肉体を持つ竜人族と獣人族の兵士団も抱えており、総兵数ではこの国はアールダン王国よりギア王国よりも強国なのだ。

 彼女の指揮の元、何とか凌ぎきってくれることを本心から願った。


 そうこうする内に俺達は、亜竜や亜獣が徘徊する外周部分を通り過ぎていった。

 そして行きと同様に、再び黒い霧の中へと突入していく。


「……霧の中に入りましたね、アラケア様。ですが勝手知らないデルドラン王国へ向かっていた行きの時と違って今頃、王都にはアールダン王国の心強い精鋭達が集結しているのだと思うと心強さを感じます」


「ああ、全国民達も王都に招集されつつあるだろうから今、王都は人の波でごった返しているだろう。泣いても笑っても後少しだ。もうじき皆既日食が始まる。一か月だ……その期間、魔物ゴルグの軍勢から王都を死守すれば俺達、人類の勝利だ。陛下もいてくださる、だから俺達も陛下の指揮の元、全国民の期待に報いなくてはな」


 馬車は黒い霧の中を走り続ける。その後は皆、口数は少なかった。

 大丈夫だと自分に言い聞かせながらも、やはりこれからの戦いに胸中には不安感を募らせているのだ。


(……万全を尽くし、勝利を信じるしかないだろう。これまで先人達がやり遂げてきたように。俺にも、陛下にも、誰にも、今回の戦いの結末がどうなるかなど、分かりはしないのだから)


 馬車は漆黒の中を走り抜けていった。

 そして……時間の経過も分かりづらい黒い霧の中で、幾度かの昼と晩が繰り返された時、俺達はアールダン王国の王都セントウィローに無事、帰還を果たしたのだった。


 ようやく帰還した王都は、王都周辺を取り囲むように塀がせり上がっていた。

 塀の高さはゆうに五十メートルはある。皆既日食の時に備えて先人達が、王都防衛のために作り上げていた知恵の一つである。

 塀の入り口付近には、王都に招集命令が出され、集まってきた国民達が順番に出入管理を受けていた。


「これじゃ中々、中に入れそうにないね。僕らも順番待ちしないといけないかな」


 ヴァイツがそう漏らしたが、そこへ聖騎士隊の兵装を着こんだ兵士達がやって来た。


「アラケア様ですね。ご無沙汰しております。前に一度だけお会いしたことがあるのですが、覚えておられますでしょうか? ガイラン陛下率いる聖騎士隊の聖騎士が一人、アルフレド・ジュバでございます。またお目にかかれて光栄です、アラケア様」


「覚えておりますとも、アルフレド殿。しかしいつ帰還するか分からなかった我々を、わざわざこうしてすぐに出迎えてくださるとは陛下のご指示でしょうか?」


 好青年と言った印象のアルフレドは、うやうやしくお辞儀をする。

 まだ若いが優秀であれば筆記と実技試験、そして陛下自ら行う面接を経て、若手でもどんどん採用するというのが、陛下の方針なのだ。

 しかしそれでもこの若さで陛下直属の聖騎士になるということは並外れているということだろう。そしてアルフレドは頭を上げると、答えた。


「ええ、勿論でございます。陛下がお待ちしております。どうぞこちらへ。別口から王都内にお入りください。我々、兵士専用として使っている入り口でございます」


 俺達はアルフレドに言われるがまま、案内された入り口から王都内に入ると王城に向かって馬車を進めていった。

 王都内はやはりどこもかしこもこれまで以上に人、人、至る所、人の海である。

 皆既日食時には兵士以外の国民は、地下に用意された居住区で身を隠してもらうことになっているが、今はまだ地上の街並みで過ごしているようだ。


「カルギデを倒されたのですね。どうでした? 奴は強かったですか?」


「ええ、強敵でした。死闘の末、ようやく撃破出来ましたが、負けていたとしても何ら不思議ではなかったですね」


 アルフレドはにこやかに微笑むと、興味津々に旅の出来事を聞いてきた。

 聖騎士隊の任務は陛下の護衛警備と王都の防衛が主であるため、王都の外に行く機会というのは少ない。

 だから外の出来事が、気になって仕方がないのだろう。

 俺は目を輝かせて聞いてくるアルフレドの質問に何度も応答してあげたが、その度に彼は子供のように面白がって、耳を傾けていたのだった。

 そしてそんな他愛ない話をしている間に、俺達はいつしかガイラン陛下がおられるガルナス城正門前へと到着していたのである。


「よく戻った。お前の勝利を信じて疑っていなかったが、こうして無事に帰還してくれたことを嬉しく思うぞ。ふふふふ、そして見れば分かる。今回のカルギデ討伐の旅で、お前は更に一回り大きく成長したようだな」


「そもそも今回のカルギデ討伐の旅は、私の我儘から出たこと。そのような私に対し、勿体ないお言葉でございます」


 王座の間に案内された俺達は、陛下より労いの言葉を頂いた。

 俺もヴァイツもノルンも膝まづき、陛下のお言葉に耳を傾けている。


「さて、皆既日食の日まで後、十日足らず。刻限も迫ってきた。だが、その日が来るまで、お前達にしてもらうことは特にない。それまで腕を更に磨くもよし、旅の疲れを癒すもよし。自由に行動してくれて構わない。時がくれば嫌でも働いてもらわねばならんからな。重ねて言うが、ご苦労だった。下がってよいぞ、アラケア、ヴァイツ、ノルン」


「はっ、皆既日食の時には我ら一同、必ずや陛下のご期待に沿えるよう死力を尽くさせて頂きます。では陛下、我らはこれで」


 俺達は陛下に一礼してから玉座の間を後にし王城を出ると、外で待機していたギスタと合流し、ライゼルア家の屋敷へと帰途についた。その途中……。


「いいのか、ギスタ。陛下に言えば、お前を正式に雇ってもらうことも出来るんだぞ。お前ほどの腕前なら重用してもらえるはずだ」


「買いかぶり過ぎだぜ、アラケアさんよ。俺はまだ未熟だ。弟分の仇すら討ってやれねぇんだからな。あんたらと一緒に皆既日食の時をこの王国で戦ってやると決めたのは、またあの女と戦う機会が巡ってきそうだと思ったからだ。それとな……考えていたんだが、皆既日食の日までしばらく修業に出ようと思ってる。更に腕を磨くためによ。だからそれまでは少しの間、お別れだ。じゃあな、時が来ればすっとんで駆け付けるからよ」


 そう言うとギスタは身を翻して、人ごみの中にあっという間に消えていった。

 あの男も大きな覚悟を決めて、戦いに臨むことを決意していることが伺えた。

 エリクシアに惨敗した苦い記憶を、あの男は乗り越えようとしているのだろう。

 挫折を克服しようと抗い、そして乗り越えた時、人はより大きくなり成長する。

 次に俺の前に現れた時、ギスタはより磨きがかかっているであろうとそう思える確かな予感があった。


 ――ならば俺も負けている訳にはいかないな。


 と、来るべき皆既日食の時に備えて、俺も訓練に励まねばとそう決心していた。

 カルギデ戦で苦戦した大きな要因の一つ、それは奥義『光速分断波・鳳凰烈覇』の持続力の短さだ。

 魔物ゴルグの軍勢と戦い抜くには、その弱点を克服する必要がある。

 そのためのビジョンを浮かべつつ、俺は屋敷への帰路を辿った。


 ……皆既日食が始まる日まで後、十日。

 それぞれの思惑を胸に秘めつつ、嵐の前の静けさである最後の十日間が始まろうとしていた。

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