第二十七話
「え? 僕に訓練に付き合ってくれって?」
私は来るべき皆既日食の日に備えて、ヴァイツ兄に訓練を提案したのだが、ヴァイツ兄は私がその申し出をしてきたのが、意外という風な顔をしている。
「何でまた僕と? いつもは誰ともつるまずに君一人だけで黙々と訓練を積んでるのに今日は一体、どういう風の吹き回しだい?」
「……うるさいわね、いいじゃない。アラケア様は修練場で一人、自己修行が終わるまで誰も中には入れるなと言って、閉じこもっておられるし、私が他に声をかけられるのって、ヴァイツ兄くらいしかいないじゃない」
そう、私には気軽にこんな提案が出来る同僚……いや、同僚以外でもそもそもプライベートでだって、親しく会話出来る友人自体がいない。
男の黒騎士達に混ざって厳しい訓練と仕事をこなしてる私に、気圧されしてしまうのか、同年代の女性達は私に近づくのを避けてしまっているし、そして自分でも自覚しているが、私は可愛げのない性格をしているため、男の黒騎士達も好き好んで話しかけてきたりはしないのだ。
勿論、仕事となれば他の黒騎士達は私と共に行動してくれるが、仕事以外でとなると交流はまったくなしなのだ。
「いや、ほんと友人の少ない妹を持つと心配するなー。そんなんじゃ黒騎士として集団行動するのにも差し支えるじゃないか。同僚達と普段から親交を深めておくのも仕事の一環だぞ、妹よ」
「分かってるわよ、そんなこと。でも、これが私の性格なんだから仕方がないじゃない。今更、性格の矯正なんて不可能なの。で、訓練に付き合ってくれるの? どうなの?」
私は激しい剣幕でヴァイツ兄に詰め寄ったが、するとヴァイツ兄は頭をぽりぽりと掻いて、やれやれと言った調子で引き受けてくれた。
「じゃあノルン、お前の腕前がどこまで上がったか見てあげるよ。と言っても僕だってアラケアと比べられたら全然、大したことないんだし、あまり偉そうなことは言えないんだけどね。じゃあ、始めようか」
ヴァイツ兄は陽輪の棍を手にして、来るなら来いと構えた。
まずはその防御の体勢を崩すべく、私は新しく考案していた技を使った。
私は空へと大きく跳躍すると、空中からヴァイツ兄に狙いを定める。
女である私の非力さを補うため、空からの落下速度を利用して、攻撃力を増加させるという発想の技だ。
「それじゃ、いくわよ! ヴァイツ兄!」
「空中からの攻撃か! けどまだまだ……っ!!」
ヴァイツ兄が咄嗟に横に飛び退いて、攻撃を避ける。
が、しかし予測済みであり、攻撃を外した時の対処法も考えてあった。
それは……。
「じゃあ、これはどうかしらね!」
着地と同時に、私は光臨の槍で周囲を薙ぎ払った。
回転する槍から放たれた衝撃波が、円を描くように周囲へと飛び散っていく。
前にアラケア様に試し打ちした、鬼哭血覇の新バリエーションであったが、効果は抜群だった。
ヴァイツ兄は衝撃波を受け止めきれず、陽輪の棍で防御は行ったものの、そのまま吹き飛ばされて転倒してしまった。
そして私は倒れたヴァイツ兄に槍を突き付けると、ヴァイツ兄はしばらく驚きの表情を見せた後、「参った」と降参した。
「強くなったね、ノルン。お前もずいぶん努力してたんだ……」
「ヴァイツ兄が大したことないのよ。私達の黒騎士隊の隊長なのに。もしかしてアラケア様の強さを当てにして、自分自身が強くなる工夫と努力を怠ってるんじゃないの? 私は……自分の強さでアラケア様を支えたい。だから戦闘で足手まといになるのなんて真っ平ごめんなのよ」
こんなことを言う所も可愛げがない性格だと分かっているが、抑えきれない。
私はヴァイツ兄を見下ろすが、やはりこのままじゃいけないなと思いヴァイツ兄の側に腰を下ろした。
「せっかく訓練に付き合ってくれたのに悪かったわ、ヴァイツ兄。ねえ、もうじき皆既日食が始まってしまうじゃない。そうしたら何が起こるか分からないんだし、その前に私のお母さんの墓参りに一緒に行ってくれない?」
「ん~、フレナさんか。血の繋がりのない僕にもよくしてくれた気立ての良い人だったね。墓参りか……」
そう、私とヴァイツ兄は血の繋がりはあるものの、母は違うのだ。
私の実の母はこの国の人間ではなく、国外からやって来たというどこぞの少数民族の末裔らしかった。
私が歌う歌も母から教えてもらったものだ。
他の歌でも
それがなぜなのかは、私にも分からないのだけれど……。
「いいよ、行ってこようか。お供え物は果物でいいかな。ちょっと用意してくるよ」
私とヴァイツ兄は屋敷にあった手頃な大きさの果物をいくつか袋に包んで用意すると、さっそく王都の外れにある墓地へと足を運んだ。
そこは王国が管理する質素な共同墓地ではあったものの、手入れがとてもよく行き届いている墓地だった。
私達は母が眠るお墓に供え物をした後、亡き母を想い祈りを捧げた。
「さて、と。僕らがこの墓地に埋葬された人達の仲間入りするにはまだ早いよね。戦って生き延びて、人生を楽しまなきゃ。だってまだ僕らは若いんだしさ」
「ええ、そうなったら母だって悲しむと思う。大きな戦いになるんだし、犠牲者が出るのは避けられない。だけど……それでも精一杯、抗って生き残ってみせるわ」
と、その時……ぽつぽつと雨が降ってきた。
水滴が顔や頭に当たり始め、私は心の中で「また来るね」と墓地を立ち去ろうとしたその時だった。
「いやー、墓参りとは良い心がけだねぇ。ノルンちゃんにヴァイツ君……だっけ?」
私達はばっと振り返った。今まで誰もいなかったはずの背後から突然、声をかける者があったからだ。
しかもこの声には覚えがあった。
そしてそこにいたのは……ここにいるはずのない、いてはならない者だった。
「お、お前はっ……! な、なぜお前がここにいるんだ!? ……いや、そもそもどうやってこの場所に!?」
ヴァイツ兄が叫ぶ。私も思わず身構えた。しかし疑問が頭から離れない。
今、この王国の……しかも王都に敵国の人間が入り込めるはずはないのだ。
不審者や反乱分子が入り込まないよう厳重に出入管理が行われているのだから。
それもこの男ほどの重要人物を見逃すはずがない。
背後にいたのは、国境砦で一度面識があったギア王国の宰相シャリムだった。
「どうやってって……現にこうして入ってこれちゃったんだよねぇ。あ、そう構えなくてもいいよ。今日は公務じゃなくて僕個人としてお忍びで君らに会いにやって来ただけなんだから」
「信じられるか、そんなこと! 目的はなんだい!? 真っ当な理由で今、ここを訪れるはずがない! それとも観光にやって来ただなんて言うつもりかい!?」
ヴァイツ兄は強い態度で問いただそうとするが、シャリムは飄々とした態度で動じる様子はない。
「僕らは君達と情報を共有したいと思ってるんだよ。君達は
シャリムが唐突に予想もしていなかったことを口にする。
目的は何なのか、国境砦の時と同様にこの男の考えは相変わらず読めなかった。
「さあね、そんなこと知る訳がない。先人達が探し求めてまだ答えが見つからない事象だ。それを教えるのが、お前がここに来た理由だって? 何を考えているんだ、シャリム!」
「じゃあ黙って聞くといい。黒い霧は遠く北の地から発生しているんだ。僕らはその発生地点を
それが事実なのか、虚構なのか、真意は読めなかったが、私は答えた。
アラケア様なら、こう答えるであろう返答を。
「そうね、私なら……いえ、アラケア様ならきっとそこに乗り込んで行って災厄の発生源を絶ってみせると思うわ。王国の人々のため、そして今まで黒い霧に苦しめられてきた、先人達の苦労に報いるためにもね」
「エクセレント! 素晴らしい答えだねぇ、ノルンちゃん。それを実行するための力があれば多くの者達がそれを願うだろう。だけど僕らはね、そのために君らより一歩進んでいるんだ。僕らはすでに一足早く、災厄の力の仕組みと海を越えて
そう言い終わるとシャリムは剣を抜き、子供のような笑みを浮かべる。
そして左腕を前に突き出すと、次の瞬間……信じがたいことにあろうことか、自分の左腕を斬り落とした。
「っ!? な、何をやってるの、貴方!?」
私は我を忘れてしまい、とっさに動けなかったが、斬り落とされた左腕から黒い煙のようなものが噴き出して、あっという間に周囲へと広がりだした。
ここで私はようやく事態を理解した。これは煙などではない。
今まで何度も仕事で目にしていた災厄の具現、黒い霧だったのだ。
そして黒い霧の中であっという間に大きな肉の塊ようなものが形作られ、霧の中から
しかもこのサイズを考えると、恐らく指揮官クラスの。
「ご、
「……私達だけでやるしかないわ、ヴァイツ兄。この場でこの木偶の坊を食い止めないと惨劇が起きる。私達だって
こうして私達二人だけでの戦いの舞台が幕を上げた。
決して負けることは許されない、アラケア様抜きでの戦いが。
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