第二十五話

 決着はついた。

 しかしすべての力を使い果たした俺の体は、燃え上がって崩壊していくカルギデの体と共に、眼下へと落下していった。


「アラケア……様!」


「アラケア!!」


 真下でノルンとヴァイツが叫ぶ声が聞こえる。

 その時、ふと俺の視界を横切り、燃え盛るカルギデへと跳躍した影を見た。

 その影はカルギデの頭を掴み取ると、あっという間に視界の外へと消えていったが、そのまま重力に従って床へと落下していった俺はノルンとヴァイツによって受け止められていた。


「む、むう……ヴァイツ、そしてノルンか。助かった、礼を言う」


「酷い怪我です、アラケア様。すぐに治療しなくては」


 ノルンがハンカチでアラケアの血を拭おうとしたが、そこへギスタも駆け寄ってくると、曲刀を構えたまま怒号を飛ばした。


「おい、まだエリクシアがいる! 気を抜くんじゃねぇ!」


 俺達から少し離れた場所で、エリクシアは片手でカルギデの首から上を掴んだ状態でそれを眺めていた。


「頭だけだけど……ここから修復出来るかしらね。まあ、運が良ければ……何とかなるかもしれないわ」


 そして今度はこちらに視線を移すと、冷笑を浮かべた。


「カルギデを倒すなんて……凄いじゃない。がご執心なだけあるわね。あの人、貴方なら……ライゼルア家歴代最強の当主になれると期待してるのよ。その期待を……裏切らないことね。でないと失望させた途端に……貴方、殺されるわよ」


「誰のことか知らんが、忠告は有り難く受け取っておこう。それでお前はこの場で俺達とまだやり合うつもりか? 疲労は限界に近付いているが、戦うつもりなら容赦はせん」


 しかしエリクシアは冷ややかな笑みを崩さずに答える。


「虚勢は……やめておいた方がいいわね。貴方にもう戦える力はない。けれど……やめておくわ。あの人の楽しみを奪ったら私が……殺されてしまうもの。私はこれで退散するけれど……地上に急いで……戻った方がいいかもね。大変なことが起こっているから」


「何だと? お前ら、一体、何をしでかした?」


「さて……ね。じゃあね、アラケア」


 俺のその問いには答えず、ふっと笑みを浮かべるとエリクシアは大きく跳躍し、見えない動きで姿を消してしまった。

 そして後には俺達と妖精族の女性、十数人の竜人族と獣人族の兵士達だけが残された。


「くそっ! 好きなだけ暴れていきやがった。あの女! 早く弟分を弔ってやらねぇと。このままじゃ不憫で仕方ねぇぜ」


 ギスタが壁に拳を叩きつけて、俯きながら怒りを噛みしめている。

 その表情は悲痛さすら漂っていた。


「ええ、そうしてあげた方がいいわね。彼、私達があの女の鋭い殺気に二の足を踏んでる所に、たった一人であの女に向かっていったわ。蛮勇だったかもしれないけど、私達に出来なかったことをした。その勇気は称えられるべきだわ」


 ノルンがギスタに声をかけるが、ギスタはうっすらと目に涙を浮かべ、ただ「ああ、そうだ。そうだな」と呟くだけであった。


「だが、地下監獄内の黒い霧はまだ晴れていない。指揮官クラスの魔物ゴルグがまだ監獄内のどこかに潜んでいるはずだ。弔いは後回しになってしまうが、まずはここの安全を確保しなくては」


 実際、先ほどから周囲の魔物ゴルグの気配は消えてはいない。

 妖精族の女性が放つ光によって、こちらに近づけないようだが、依然、こちらの出方を伺っている様子だ。

 だが、そこへ獣人族の兵士が新たに一人、上階から降りてくると血相を変えて、こちらへと走って駆け寄って来た。

 そして妖精族の女性に膝まづくと、その口から驚愕の事実が飛び出した。


「ポワン様、一大事です! 急ぎ王城にお戻りください! 陛下が……妖精王ラルラ陛下が暗殺され、お亡くなりになられました!」


「っ!? な、なんですって! それは本当なのですか!?」


「はっ。残念ながら……賊によって暗殺され、しかもあろうことかご遺体は賊によって奪い去られてしまいました」


「な、何と言う……」


 ポワンと呼ばれた妖精族の女性は数歩後ずさると、顔を手で覆い嗚咽を漏らした。

 余程、ショックが大きかったことが伺えた。

 しかしすぐに元の毅然とした表情に戻ると、兵士達に指示を飛ばした。


「一先ず地下監獄は閉鎖します。魔物ゴルグ達が地上に這い出てこないように。それより今後のことです。ラルラ陛下が亡くなられたのなら、我が国はこれから大変なことになります。皆既日食の時がもうすぐ迫っているのです。私に陛下の代わりが務まるか分かりませんが、王女としてこの国難に立ち向かわねばなりません」


 ポワンの言葉を聞いた兵士達の行動は早かった。

 すぐさま脇の兵士二人を除く全員が駆けだすと、命令を実行すべく地上へと向かっていった。

 

「王女だったのですか、貴方は。道理で妖精種族の中でも特に魔物ゴルグを退ける力が強いはずです。しかし国王が暗殺されたということは、ここでの戦いは陽動だったのかもしれませんね」


「ええ、その可能性は高いでしょう。陛下は妖精王とまで呼ばれた生きた伝説。その陛下が死に際に残す妖精鉱は並みの物ではありません。敵の狙いは恐らくそれだったのでしょうね……。さあ、私達も王城に向かいましょう。貴方にはお話しなくてはならないこともあります。積もる話はそこで……」


 そう言うとポワンは俺達も伴って王城へと続く上階への階段を上がっていった。

 ギスタがセッツの遺体を背負い、ノルンとヴァイツもそれに手を貸している。

 戦いには辛くも勝利出来たが、事態は最悪の方向へと進んでいる。

 妖精王を失ったこの国がこのまま皆既日食の時を迎えれば、果たしてどうなってしまうのか、悪い想像は容易に出来てしまうのだから……。


 俺達が地上に上がると、王城は慌ただしい様子になっており、城内の人々は皆、物凄い剣幕で辺りを行き交っていた。

 俺達はポワンに案内されて玉座の間へと通されると、彼女は楽にしてくださいと俺達に一息つくように言った。


「さて、皆さん。まずはお礼を言わせてください。貴方達のご助力のお陰で、地下監獄を占拠していた賊を退けることが出来ました」


 そして彼女は深々と俺達に頭を下げた。


「おやめください、ポワン王女。王族である貴方が私などに頭を下げる必要はありません。私達は私達の目的のために奴らと戦っただけですから」


「いえ、こうさせてください、アラケア様。それに王族と言うなら貴方は本来、私よりも王位継承順位が上なのですから」


「そ、それは一体……? 俺はアールダン王国の……」


 ポワン王女から耳を疑う言葉が飛び出し、俺は意味を理解しかねて困惑していると、彼女は柔和な顔で更に言葉を続けた。


「やはり知らなかったのですね、アラケア様。貴方のお父上がなさったこと。しかし驚かないで聞いてください。貴方は我が国と浅からぬ間柄なのですよ。それどころか、その血筋はデルドラン王国王家のものなのです。貴方は……この私の姉の息子なのですよ、アラケア様」


「なっ!? ご、ご冗談を。母は私が幼い頃に死んだと聞いています。私はライゼルア家の生まれ、この国の王族であるはずなど……」


 自分でも驚くほど動揺しているのを自覚していた。

 ポワン王女はこのような冗談を言う方とは思えなかったが、その顔真剣そのものだ。

 それがますます俺を困惑させていた。


「姉と貴方のお父上は駆け落ちのようなものでした。異なる種族同士から生まれた子は、両種族の特徴を併せ持ち、能力的にも優れた子が生まれるという実例があります。だから貴方のお父上は、他種族の血をライゼルア家に取り込むために姉に近づき子を儲けたのです。しかしきっかけはどうあれ、姉もお父上を愛していたと……そう、聞いています。お父上も姉も、きっと貴方に愛情を注いでおられたはずです。妖精王陛下も最初は心を痛めお怒りでしたが、幸せに愛を育む貴方達、親子の様子を知って、最終的には姉の決断を尊重し、二人を咎めることはなさらなかったのです」


 俺は思わず後ずさった。

 その言葉を受け入れるには、俺の今までをひっくり返すほどの、あまりにも大きすぎる事実だったからだ。

 父はそのようなことは教えてはくれなかった。母も物心ついた頃にはすでにおらず父は男手一つで俺を育ててくれていたのだ。なのに……。


「し、しかし……父はそのようなこと一言も。それに私には妖精種族のような、魔物ゴルグを退ける力はありません。私は今まで自分を武家の名門、ライゼルア家に生まれその宿命を持ったただの人間だとそう思って生きてきました。その新たな事実を受け入れるにはあまりにも……決して軽くない事実です」


「今までの生き方を変える必要はありません。貴方がその宿命に生きると言うなら、これまで通り生きて良いのですよ。ただ貴方が己の歴史と、ここが貴方の第二の故郷であると、心の片隅にでも留めておいてください。であれば私も誰もそれ以上のことは望まないでしょう」


 その時、ギスタがセッツを背負って、玉座を出て行こうとした。

 その目は決意に満ちているように見えた。


「アラケアさんよ、俺は弟分を弔ってくる。これからのことだが、決意が固まったぜ。俺はアールダン王国で皆既日食の期間をあんたらと共に戦ってやることにしたぜ。あんたも早くアールダン王国に戻るべきだ。もうじき始まるんだぜ、あの災厄の期間が。もたもたしてる時間なんてねぇはずだろ」


 そう言い残すとギスタは出て行った。残されたヴァイツとノルンも俺にどう声をかけていいか、迷っているように見える。

 だが、ギスタの言葉とヴァイツとノルンの様子を見て、俺の心は決まった。

 そう、これから人類存亡を賭けた戦いが始まるのだ。

 父と母はそのような人生を送った。それが彼らの人生だったのだろう。

 それだけのことだ。俺には俺の果たすべき使命があるのだ。


「行くぞ、ヴァイツ、ノルン。俺達にはアールダン王国で王都を魔物ゴルグの軍勢から死守する使命がある。カルギデを倒すという目的を果たした今、一刻も早く王都に戻らなくてはならない」


 それを聞いたヴァイツとノルンに笑顔が戻った。

 やはり当主である俺が迷いを抱えていては、部下である二人も安心出来ないということだ。

 俺はポワン王女に別れの挨拶をすると、アールダン王国に帰国するため再び黒い霧を渡る準備を始めた。時間は待ってなどくれないのだから。

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