第二十四話

 全身に気を燃やした炎を纏った俺とカルギデと睨み合うが、お互い一歩も動かない。

 否、動けないでいた。


 ――さて、どこまで俺の体が持ってくれるか……。


 俺の切り札である『光速分断波・鳳凰烈覇』は体内の気を油のように燃やし、身体能力を爆発的に向上させる技。

 半面、気を一気に消費し尽してしまうため、ごく短時間しか使えない。使い所を間違えれば、自滅してしまう諸刃の剣だ。

 だが、俺が今のカルギデを倒すには、この奥義に頼らざるを得ないだろう。


 速戦で決めるべく、俺は攻撃のタイミングを計っていた。

 しかしそんな中、先に沈黙を破ったのはカルギデであった。


「このまま互いに機を伺っていても、埒が明きませんね。貴方がこないなら、私から参りましょう。むぅん!!!」


 カルギデの鬼刃タツムネが、黒い炎で燃え上がった。

 奇しくも双方の切り札は色彩は違えど、炎を操る技。

 仮にも本家と分家で武を極めた者同士、発想は同じだったのだ。


「……これが私の秘奥義『グランドヘル』です。この黒炎を纏った鬼刃タツムネに接触したものは、鉄でさえも熔解させる。貴方の体を塵すら残さず、消し去って差し上げましょう」


「いいだろう、俺も待つのに飽きていた所だ。どちらの秘奥義が上回るか決着をつけるとするか。いくぞ!!」


 ダン!! 床を蹴って俺はカルギデに向かって駆けた。

 密着するほどの至近距離まで俺は間合いを一気に縮めると、ルーンアックスを繰り出し、それに反応するようにカルギデも黒炎を纏う鬼刃タツムネを振るった!


 ギィンッ!! ブオァアアアア……ッ!!


「ぐ……!」


「むぅ……!」


 打ち合いの威力はほぼ互角。――赤い炎と黒い炎。

 ぶつかり交わる熱量で、相殺された反動から俺達は後退するが、少しも怯まずに、剣撃を打ち合う。火炎と熱が周囲にまで、燃え広がった。

 だが、更に俺達は二撃、三撃、四撃、五撃! と双方、縦横無尽に炎を纏いながら飛び回り、幾度となく刃と炎をぶつけ合う!

 当初こそ互角の打ち合いだったが、徐々に俺の勢いが上回っていく。


「だあああああああああッッッ!!!」


 そしてついに生命とも言える気を燃やし、発現させた火炎鳥を纏った俺の追撃が、獣じみた雄叫びと共に、カルギデとの打ち合いに優り、カルギデへと叩き込まれた。

 肉が焼ける匂いと共に、カルギデを炎が包み込む。

 その炎は竜巻のように渦を巻いて燃え上がり、天井にまで届かんとしカルギデの体を焼き尽くそうと激しく燃え盛った。


「はあっ、はあっ……この炎は俺の命そのもの。くたばれ、カルギデ」


 ドゴォオオオオオオアアアアアアァァ!!!!


 多くの気を消耗し、さすがの俺もがくりと膝をつき、決着を願った。

 だが、次の瞬間。赤い炎が真っ黒に染まってさらに勢いを増して、燃え上がったのである。

 あまりの激しさに上ばかりか、横にまで黒炎が広がる。


「くっ……何という炎だ。俺の炎をも飲み込んでしまうとは」


 広がった漆黒の炎に、俺の体も余波を受けた。皮膚がちりちりと焼け焦げる。

 そして熱源の中心、黒く燃え上がる炎の中からカルギデが現れた。


「素晴らしい! これが本家の当主の力ですか! 十分に評価していたとはいえ、貴方は私の予想以上の腕前を見せてくれた! ではその礼に私もお返しをしなくては!」


 片膝をつきながら俺は、自分の限界が近づいていると感じていた。

 余力の少ない今の俺には、もう戦い続けられる時間は残されてはいないと分かっていたからだ。


「……ならば……俺も」


 弱まっていた纏う炎が、再び俺の全身から激しく燃え広がる。

 しかもそれはこれまでを遥かに上回るほどの、周囲で燃え盛る炎の熱量を防ぐどころか、押し返すほどのものだった。

 正真正銘、生命を絞り尽くし、燃やし尽すほどの煉獄の火炎を発現させたのだ。



「あっちは……もう決着がつきそうな勢いね。じゃあ私達も……終わらせようかしら」


 ヴァイツとノルンとギスタは、エリクシアと対峙していた。

 だが、三人の息は荒い。いくら技量の差を気迫で補おうとしても、遥か格上のエリクシアにはまるで通用しなかったのだ。たとえ三人がかりだったとしても。

 いや、何とか彼女を足止めしているだけでも健闘していると言っていいだろう。


「はあ、はあ、はあ……。ちっ……化け物め」


 ギスタは震えていた。そしてそんな自身に怒りを感じていた。

 エリクシアから発せられる眼力が、三人を威圧し押さえつけていて微塵も勝てる気がしなかったのだ。


(セッツ、すまねぇ。俺が未熟過ぎて、この女には勝てそうにねぇ。お前の仇、ここで討ってやれないことを許してくれ)


 ギスタが苦々しい顔を浮かべていた時、ノルンの声が彼の思考を遮った。


「ギスタ、あいつの身体能力、普通じゃないわ。人が鍛えてどうにかなる域を超えてる。何なの? あいつ? せめてあの女の強さの秘密が分かれば、事態が打開出来るかもしれない。もしかして彼女も貴方と同じく魔物ゴルグの力を移植しているのかしら?」


「あ、ああ。その通りだ。俺以上に全身至る所を魔物ゴルグの部位を移植してるって話だ。並みの人間なら死んでる程の手術を繰り返してるらしい。ただでさえ移植手術の成功率は低いってのによ」


 ギスタは依然、難しい顔をしていたが、それを聞いたノルンが微笑んだ。


「じゃあ、なんとかなるかもしれないわ。しばらく時間稼ぎさえ出来れば。ギスタ、それにヴァイツ兄。あの女の足止めをお願い出来るかしら。対魔物ゴルグ用の私のを使ってみるわ」


 ヴァイツが手をぽんと叩く。どうやらその意を理解したようだった。


「なるほど、その手があったか。でも、きっとギスタにもその影響は出ると思うな。そこは耐えて欲しい、ギスタ。だから少しの間、僕らであの女をかき回すんだ。ノルンに決して近づけさせないようにね」


 ギスタはきょとんとした顔を浮かべていたが、理解してないながらも他に手がない以上、ノルンとヴァイツの策に賭けてみようと、曲刀を構えて臨戦態勢をとった。


「何だか分からねぇが、乗ってやるよ。時間を稼げばいいんだな。それくらいなら俺でもやってのけてみせるぜ」


 ジャ!

 ギスタが前方へと足を踏み出し、更にエリクシアの周囲を駆け回りだした。


「急に……表情に活力が漲りだしたわね。何か勝機でも……見出したのかしら?」


 ギスタは懐からナイフを取り出すと、5本同時にエリクシア目掛けて投げた。

 ……が、それをエリクシアは最小限の動きで見切って回避すると、今度は床を蹴ってギスタへと走り、瞬く間にギスタの顔を鷲掴みにして床に叩きつけた。


「がっ、ぐう……」


「まったく……お前の動き、とっくに見切っているというのに。今更、何をしでかそうというの?」


「……ぺっ!」


 ギスタが吐いた唾が、エリクシアの顔にかかった。

 エリクシアは無表情のままでそれを拭うと、ギスタの顔面を込めた力で殴りつけた。


「お前の目……死にゆく者の目じゃないわね。何か手を考えている。私を怒らせようとして……狙いは何なのかしらね。そういえば……金髪の彼女だけ私への攻撃に参加していない。後ろでは黒甲冑の優男が……私に武器を振り下ろそうとしているのに」


「え!? 何で背後にいる僕が分かったんだ?」


 エリクシアが言った通り、彼女の背後にはヴァイツが陽輪の棍を振り下ろそうとしていたが、彼女はそのままの姿勢で振り下ろされた棍を片手で易々と掴んで受け止めてしまった。


「え、ええ!? き、君さ……どこに目がついてるんだよ? 背後からの攻撃さえ見えちゃってる訳かい?」


「さあ……どうかしらね」


 エリクシアは表情を変えずに立ち上がろうとしたが、その時……じゅううううう……!!! という音と共に棍を掴んだエリクシアの手が突然、焼け焦げ白く燃え上がった。

 それを見たヴァイツがしてやったりと言った顔を浮かる。


「しくじったね。君の体、魔物ゴルグの部位を移植に移植を重ねたらしいけどそれが仇となったんだよ。この陽輪の棍は妖精鉱で作られた特別製なんだ。そんなものに触れちゃったから君の体は……」


「それで……?」


 だが、ヴァイツがその言葉を言いきらない内に、エリクシアは表情をまったく変えずに陽輪の棍をより強く握りしめると、それを握るヴァイツごと片手の腕力だけで、ノルン目掛けて投げつけた。


「わ、わああああっ!!!」


 切り札を発動させようとしていたノルンにヴァイツが直撃し、二人は揃って壁に叩きつけられると、もたれ合って地面に倒れた。


「ヴァ、ヴァイツ兄。何をやってるのよ……時間稼ぐって言ったじゃない」


「ご、ごめん、ノルン。だってあの女、強すぎだよ……」


 エリクシアは倒れた二人を見下ろすと、今度は今、死闘の真っ最中である俺とカルギデの戦いの行方を確認しようと、視線を移した。


「カルギデ……まだやっているの? すでに目的は……完了している。後は……ギア王国に引き返すだけだと言うのに」



 ガギィンッ!!! ズザザァッ。


 甲高い音とともに燃え盛るルーンアックスと鬼刃タツムネが打ち合わされ、互いにその熱の余波を受けて、ダメージを受ける。


「ははははっ! 限界が近いようですなぁ! では私達の戦いも終幕といきましょうか!!」


「ああ、来い、カルギデ。次に奥義を繰り出す瞬間こそどちらかの最後だ!」


 再び漆黒の炎がカルギデの鬼刃タツムネに集まる。

 それは今までのものを遥かに上回るほどの正真正銘、全てを飲み込み焼き尽くす、黒いエネルギーであった。

 対して俺も激しく赤く燃え上がる炎が全身を覆い、まるで生きているかのような巨大な火炎鳥が俺の背後で羽ばたき、舞い上がった。


「ではお見せしましょう、当主殿。真の我が奥義『グランドヘル』を!!」


「ならば俺も俺のすべてを奥義『光速分断波・鳳凰烈覇』へと込める! この一撃で決めてみせよう! いくぞ!!!」


 俺とカルギデは閉鎖空間である地下監獄の天井を突き抜けて、上階と飛び出した。

 互いに監獄内の壁を蹴って蹴り上がると、それぞれ指先から赤い炎の玉と黒い炎の玉を相手目掛けて、放った。

 あまりの熱量に爆発の余波を受けた監獄の床や壁が、焦げ始めていた。

 だが、爆発の中、カルギデが更に真上に跳躍したのを俺は見逃さなかった。


「上か! カルギデ!!」


 俺は無拍子を発動させ、ふっと姿を消し去ると上空に飛び上がり、カルギデと空中で相対した俺は、幾つもの火炎球を放った。

 対するカルギデも黒炎を放ち、それを相殺した。


「やはり貴方は楽しませてくれる! 私の動きに難なくついてくるとは強くなっていたのは私だけではなかったと言うことですか!」


「あまり監獄内を壊したくはない。速戦で決めさせてもらうぞ!」


 更に俺達は熟練の使い手でも微かに見えるか見えないかの動きでぶつかり合うと、そしてまた高速移動をする。

 次々とまた別の場所に現われては、戦いを続けていた。

 先ほどから小技の応酬を繰り返しているのは、先に相手に奥義を決めた者こそが勝者となることを、どちらも理解していたからだ。

 だが、その膠着状態の中、先に勝負を決めようと動いたのは、またしてもカルギデだった。


「黒炎波!!」


 カルギデの全身から黒い熱風が激しく放たれ、その高温の風圧で俺の体勢が若干、崩れたのを、カルギデが見逃すはずもなかった。


「隙が出来ましたなぁ、当主殿! これで終幕です、私の勝利と言う結果でね! 受けて頂きましょう! 奥義『グランドヘル』!!!」


 強大なる黒き炎のエネルギーが、鬼刃タツムネに乗せられて俺を押し潰さんと迫りくる。それは地下監獄の壁や床があまりの熱量で、ドロドロと溶け始めるほどの黒い炎だった。


 だが……。

 俺は鬼刃タツムネを繰り出す奴の右腕に短剣を投げて突きさすと、新しく開発していた技の一つ『牙流点穴』を発動させた。

 その効果により内力の循環は止められ、カルギデの身体機能の動きを封じ込める。


「っ!? か、体が……! こ、このような小技で!」


「一手しくじったな。……終わりだ、カルギデ。己の行いを悔いてあの世へいけ」


 まるで生きているかのような巨大な炎の鳥を纏い、俺はカルギデ目掛けて羽ばたくと、鳴き声が響き渡った。

 その火炎鳥が辺りを一面、赤い炎と黒い煙に、包み込んでいく。


「奥義……!! 『光速分断波・鳳凰烈覇』!!!」


 グゴオオオオオオオアアアアァァァ!!!!


「……こ、このような所で! 私はまだまだ陛下のために働かねばならないというのに……っ。お、うおおおおおおおおっ!!!!」


 火炎鳥を纏った真紅のルーンアックスの直撃をまともに受けたカルギデの体は、紅蓮の炎によって燃え上がると、体がぼろぼろと崩れていった。

 因縁の戦いに決着はついたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る