第6話:接敵

「遺跡の聖遺物を魔王の血族の奴等に渡してはならない。」


それが王家直下特殊部隊「王都の剣」の隊長、イチノセが王から賜った使命であった。

王都の剣とは王都グランシエルの支配者、シエル8世の剣となり盾となり、時に早馬。時に伝書鳩となる者たちの存在である。軍部や諜報部から完全に独立した部隊で、俗にいうスペシャルナイトという奴だ。

先の魔族たちとの大戦が終結した際一度解体されたが、最近になってまた妙な動きを始めたという事で—―もう既にイチノセともう一人しか残っては居ないのだが――再結成された。

シエル王からの命で、「資格あるもののみを入隊させよ」というものがあった。常に死と隣り合わせで、得られるものと言えば高めの給金と実力くらいな物、という超絶ブラックなこの仕事を誰もが憧憬の目で見る。この王都における強さとは彼らの事だ、と。

そんな具合の仕事内容な為、資格あるもの—―簡単には死なぬ武の才覚のあるもの――のみを採用せよというお達しは当然と言えるだろう。


「そんなんだから私の負担が激増するんですよねぇ…」


早馬を優に超える速度で森を駆けながら、イチノセはため息とともに愚痴をこぼす。

こういった組織力より少数人でのスピードや隠密性が必要とされる任務は王都の剣がこなすべき任務であった。全面戦争とあらば最前線で敵を蹴散らしながら前線を猛スピードで拡大したりもする。

そのレベルについてこれるもの以外は皆殉職し、今や残るのは隊長副隊長のみ。人が圧倒的に足りていなかった。


「どこかに転がってませんかねぇ、新人…」


イチノセが移動を止め、朝日が昇る森の中で砂塵が乱舞する。

そして遺跡の入口へ手をつき、ゆっくりとその中へ消えていった。


――――――――――――――


遺跡。過去の文化を感じられる場所。大体の方がそんな認識だろう。

由緒正しき一般人であったヒナタも似たような認識を持っていた。そのため、遺跡の調査という名目の任務で入ったはずのこの場所の佇まいに驚きを隠せないでいた。

何に使うのやらわからない機械。打ちっぱなしのコンクリートの床。そこら中に散らばる見覚えのある言語で記入された書類。割れて散乱したガラス管。キム〇イプ…。

そこは、遺跡というにはあまりにも近代的であった。


「遺跡…?!」

隠しきれぬ驚きが思わず喉をついて出た。

最悪の可能性。アナザーが遠い未来の地球だという可能性が考えられる。

…いや、それは違う、とヒナタは思いなおす。ここが本当に遺跡と称される程の過去の遺産ならばもっと苔むしているはずだ。風体が新しすぎる。

と、なると恐らく自分と同じく”連れてこられた”と考えるのが妥当であった。人ではなく、場所ごと。


「どうしたのヒナタそんなに口開けちゃって。そんなに珍しい?…あ、まあ遺跡だから珍しいのは当たり前か!」

「エスカ…俺この場所見たことある。と、思う。元居た世界ではこういう場所は珍しくなく存在してた…。」


嘘だろ。とエスカも目を見開き、顔にそう書いてあるかのように驚愕した。

その刹那、エスカはぴくっと体を震わせる。


「…ヒナタ、構えて。敵だ。…少なくとも敵意を持った何かだ。」

「…応。」


「…ほう?何やら人の気配がすると思うたら童が二匹とはな。何をしに来たのかは知らんが、我が武は弱きに振りかざすものではない。俺の気の変わらぬうちに失せよ。」


物陰からひょっこりと現れたその男は、並の成人男性程度の身長しかないものの、明らかな個の力を体全体で雄弁に放っていた。

腰に携えた大振りの刀がその男を象徴するかのように見える程、見ただけで理解が及んでしまう洗練された実力から、彼が只者ではない事がわかる。

少し劣化した着物のような風体の服装が一層刀を男の一部として形どることに一役買っている。

更に特筆するならば、彼は左手に日本人ならば恐らく誰もが知っているであろう、黄色と黒で書かれた脅威のシンボルマークがでかでかと載っている世界一危険な立方体を抱えていた。

その立方体の大きさは1m弱ほどもある。この世界のバランスを狂わせるには十分な量の劇物だ。


「エスカ、あいつが抱えているあれ、本当にヤバい。核物質っていって、冗談抜きで国が土地ごとひとつ滅ぶ代物だ。」

「…成程ね。じゃあ俺らで奪い返さなきゃねえ、ヒナタ?」


「おい、童共。何をこそこそと。疾く失せよと言っておるのだ。」


強敵と対峙した際に生き残る為取るべき行動は大まかに2つ。

全てを投げ捨て命からがら生還すること。そして…


「俺が初動で出来る限りやる。後は任せたぞ。エスカ!」


堂々の不意打ちである。

弾丸の如く射出されたヒナタの躰は一歩、また一歩と前に進むごとに速度を増し、男がもつ居合の範囲との距離を縮めていった。

ヒナタをバラバラに引き裂いて余りあるこの実力差を前にして特攻など無謀であると言わざるを得ないだろう。だが、彼には時の捜索者があった。

(一撃で仕留めに来るはず。なら、カバーするべきは喉!あとは、腹!)

左手で喉、右手で腹をそれぞれカバーし猛スピードで制空圏を侵す。

思い切り抜かれた刀身が、守りを固めた左手ごと彼を真っ二つにせんと喉元へと流水の如く吸い寄せられる。その速度たるや、生半可な動体視力では、目視どころか動作が行われたことすら認知できぬ程であった。

獲った。その男は確信したはずだ。だが予想は得てして結果とは異なるものとなる。

(時の捜索者…発動ッ!)

ぱしゅっ、と軽い音を放ち刀は男の腰へと戻り、右腕はだらりとぶら下がった。


「なっ…」

記憶ごと10秒前に巻き戻されたその男には、ヒナタが一瞬でとんでもない距離を一駆けで移動したように映った。

(縮地法!?…なのは解るが、何という練度!…間に合わぬ!)


破壊力というものは衝突物の硬さと衝突速度によって大まかに決まる。

回転による衝突速度の上昇、また硬度も申し分ない肘鉄が男の人中を貫く。

人体の正中線と言われる縦のラインに存在する鼻下の急所に与えられた衝撃は、男の意識を数秒ブラックアウトさせるには十分であった。


「座標転換!」

次の瞬間、エスカの詠唱する呪文が自らの手中の空間と刀の空間を入れ替え、いとも容易く武器を奪い去ることに成功していた。

既に互いに息の合う戦闘法を任務の道中で確認し合い、何度も何度も何度も道すがら襲ってくる魔物で試した二人にとっては、出来て当然の連携である。


(あとは核物質!)

一度ヒナタは地に足をつき、男のもつ立方体を左側の壁へと思い切り蹴飛ばした。


「よし、エスカ!もういちどざひょ…あがっ?!」


意識の消失から数瞬早く目を覚ました男は、重く、殺意を限りなく込めた一撃を持ってヒナタを眼前へと殴り飛ばした。

向かってきた以上のスピードで吹き飛ぶ哀れな童が後方の壁へ激突し肉片と化す事は誰が見ても明白であった…が、またも男の予想は裏切られることとなる。


「なんだ、転がってましたね、新人…」


日本ではスーツと呼ばれる礼服に身を包んだ男が、ヒナタを受け止めて呟いた。


「…覚悟はよろしいですか?」


辺りを包む空気が一変する。カズヤ・イチノセ。その男と同じく、彼もまた圧倒的強者であった。

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