第2話:幕開け
どれくらいの間、木々の間を走り抜けただろうか。
気づけば明かりの灯った街道へ出ていた。
多少の落ち着きを取り戻したヒナタは煉瓦作りの道へへたり込む。足が震え、先程までの状況が鮮明に思いだされた。
「何だったんだ、あれは…」
あれが奇跡や偶然じゃないとしたら異能力の類だろうか。生憎、その手の展開はよく読む小説では定番なのですぐに思い至ることが出来た。
異能力の類だとして、どういう能力だろうか。あの不思議な状況になる前にした行動といえば、死にたくないと思ったことと、拳を握り締めたことくらいだ。
死の間際にテレポートする能力?…いやテレポートという感じではない。意思を持って移動したのではなく、気づけば人狼達を後ろ取っていた。なら、敵の後ろを取れる能力?それなら結構当たりの能力なんじゃないか?
でも、せっかく異能力が開花したならもって派手でかっこいい能力がよかったな…。
全身から炎吹きだしたり、空中から伝説の剣抜刀したり…。
「あのぉ…こんな夜更けに何されてるんですか?」
熟考の最中、突然声を掛けられたかと思いきやそこにはニコニコと愛想笑いを浮かべるおそらく3、40代は半ばであろう眼鏡をかけた男性が鎧を纏い、盾を構えながら立っていた。
明らかにこの男性はヒナタを警戒している。それもそのはず、深夜で20代もそろそろ後半戦になろうという青年が一人で座り込んでブツブツ喋っているのだ。誰がどう見ても怪しい。
「ちょっとお時間よろしいですかね、駐在所でお話ししましょうかぁ~。」
(このシチュエーションは日本でも経験したことがあるぞ…。職務質問ってやつだ…。)
深夜に終電を流して歩いて帰った時に初めて受けた職質に思いを馳せながら、ヒナタはおとなしく連行されていった。
―――
「じゃあ君は異界から来たばかりってことかい?」
警備員?の眼鏡の男性…。名をアランというらしいそのおじさんに駐在所まで連れられ、1時間ほどかけて経緯と状況を説明した。
説明した状況は殆ど妄言と相違ないので懐疑の目は避けられないという自負があったのだが、意外にも
リアクションは淡白なものだった。
「あの…俺の言ってること信じてもらえるんですか?」
「ん?あぁ、異界の存在はこちらでは10年以上前から認知されてるからねえ。何かの拍子に世界が繋がっちゃって迷い込んだ、なんて話もよく聞くよ。」
やはり、ここは件の「アナザー」で間違いないようだ。迷い込んだというのは恐らく意図的な渡航だろう。
そして、アランはそこまで珍しくないような口ぶりでヒナタの質問に答え、続けてこう付け加えた。
「でも、異界からの訪問者は例外なく全員死んでしまっているから向こうに戻る方法は確立されてないね。」
「そ、そう…ですよね…。それが一番聞きたかったんです。…ありがとうございます。」
アナザーへ渡界してはや数時間、日本へ戻る手段は完全に断たれてしまっていた。
気分は沈んでいき、青年の顔には見る見るうちに暗くなっていく。
「ヒナタくん、だっけ。私はね。異世界からの旅人にあったら必ず今は帰る手段が無いって正直に話すことにしているんだ。気を遣えなくてすまないね。」
「・・・」
「でもね、同時に君たちに必ず言うと決めている言葉がある。『何時でも君の眼前には世界が広がっている』…。僕の尊敬する人の言葉さ。君たちはどういう経緯でこの世界にやってきたかは人それぞれだと思う。でも、今置かれた状況で前を向くってのも大事なことだぞ、青年!」
バシン!と少し強めにアランはヒナタの肩を叩いた。
…そうかもしれない。諦めるにはまだ早すぎる。もしかしたら俺が元の世界へ帰る方法を発見できるかもしれない。
「さっきより顔色がよくなったね。よかったよかった。」
ガハハハと豪快にアランは笑った。気落ちしていた自分の為に多少大げさに陽気を演じてくれたのかもしれないが、ヒナタはそれに十分勇気づけられた。もう少しここで生きてみよう。そうと決まれば…。
「アランさん、この世界のこと、僕に教えてくれませんか」
青年のアナザーでの冒険譚が今、幕を開けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます