異世界から帰りたい!

@kei-awcb

第1話:転移

今ある世界とはまた別の世界、「アナザー」へ行く方法が確立されたのは、その平行世界が発見されてから約1年がたった頃の出来事だった。

人々は未だ見ぬ未開の地に焦がれ、誰もがその地へ一度足を運んだ…という訳にはいかなかった。

理由は単純明快。その旅は一方通行なのだ。

新世界を求めて旅行気分で旅立ったは良いものの、向こうへ行けば連絡を取る手段はなく政府は即死亡扱いを認定。

地獄への片道切符である。政府に高い金を払って転移装置の利用券を買い取る超セレブ自殺。それが今のアナザーに対する一般的な認識となっていた。


……。


それを踏まえた上で俺の今の状況を考えてみよう。

空に煌々と輝く二つの三日月。夜闇に紛れてこちらを伺う人狼達。いつの間にかなくなっている手荷物。


ここはもしかして…いやいやいやいやそんなはずは。

突然の状況で頭が混乱して何故こうなったのか思い出せない。一旦落ち着こう。

今日は…うん。華金の飲み会帰りだった。酒に酔った上司に嫌な絡み方されて、すごい苛立ってたな…。


段々思い出してきたぞ…。そうだ、俺は○田急線の各駅停車に乗ったはず。

で、気づけばここか、真っ暗闇の中で二本足で立つ狼に囲まれている。せっかく家帰ってモンスターをハンティングするゲームやろうと思っていたのに、気づけばモンスターどもにハンティングされそうになっているのである。なんでよ。


なにはともあれ、だ。

酒が多少入っていたとはいえ、絶体絶命の状況で陽気になれる程、ヒナタは胆力のある人間ではなかった。だが、多少恐怖は紛れているようですくんで動けないようなことはなさそうだ。


「こんなことになるならちゃんと何か武道習っとくんだったなぁ…。」


そういえばどこかで一対多を相手取るとき、逃げながら一人ずつ倒すのが定石、と聞いたことがあったっけ…と思いつくもすでに囲まれていて逃げ場は一切ないことに気づいた。

改めて、昔授業で習った柔道の構えを取る。ほぼうろ覚えなので、この人狼達に有効かどうかは試してみるしかない。


グルルルル…。人狼達は威嚇と取れるうなり声を低く夜闇の草原へ響かせ、ジリジリと一歩、また一歩とヒナタとの距離を詰めていた。

どの角度から飛び掛かられてもいいように、目が回らない程度にすり足で回転をする。

人狼と獲物の緊張感が臨界に達しようとしていた時、我慢の限界へと達した一体の人狼がヒナタへと襲い掛かった。

肉を引き裂き餌とせんとするその凶爪をひらりと半身で躱し、腕を鷲掴み、対角にいる別の人狼へ叩きつけた。


「っしゃぁ!案外いける…」


絶望的な状況に光明が差したのも束の間、鈍い衝撃が背中に走った。


「がっ…。」


ヒナタは地に伏せり、暖かい液体が体から抜け流れていくのを感じる。同時に急激に体温が下がり始めているのに気づいた。

あぁ、俺はここで死ぬのか…まだハンティングのランクカンストさせてないのに…。

善良に日々を過ごしてきた青年にはあまりの仕打ちであった。突然知らない場所にいると気づいたのも束の間、狼の餌になりそうな状況である。

まだ死にたくない…。青年は拳を握り締めた。


無残にも一人、人外に食い荒らされ、ヒナタはその生涯を終え…


なかった。


拳を握り締めた瞬間、青年は立っていた。

またも状況が掴めない。立ち上がる気力すら失せていた自分が、あろうことか人狼達の後ろ側へと立っていたのだ。人狼達が取り囲みディナーにしようとしているはずの自らの肉体はあるべき場所に倒れていなかった。


よくわからんがチャンスだ…!

突然の状況に戸惑いつつも、ヒナタは脱兎のごとく夜の森へと駆け出した。

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