電波食べ家族の苦悩2

「俺はよお――東浦川っていうんだ」


右の脚でタッくんを、左の脚でヤスベを踏みつけにして、フォッツェンプロッツ――東浦川は口を開いた。


「親は漁師でよ。漁師って言ってもマグロとかよ、タイとか景気いいやつを釣るんならいいんだけど、イカ釣りの漁師なの。イカってのは夜遅くじゃねえと捕れねえのよ。光に寄って来るから。虫みてえだよな」


僕は動けずにいた。5歳の僕にとってそれは、今まで感じたことのない威圧感だった。保育器を出て、街の空気に触れて、冷たい風は知らない。そんな幼子の僕だったから、あからさまな粗暴行為というのは、天災のようなものだった。とても自分にどうこうできるものではないと思ったし。逃げるなんて考えもつかない。


「5月の夜だぜ。まだ寒い。そんな時間に厚着した親父が家出る。お前らくらいの年の俺はまだ起きてんだよ。そりゃそうだ。親父にとって夜が仕事の時間だからな。気が奮う。そういう気配ってのをガキだって感じる。ああ、親父は船に乗るんだ。俺は一回だって乗ったことがねえのに。ずりぃなあ、そう思いながらドキドキして、いまに忍び込んでやる、と思いながら眠る。おい、幸せな記憶じゃねえか?」


そういって両足に体重をかける東浦川。2人がユニゾンしてぐえー声を出し、身をよじる。僕もぐえーと言いそうになる。でも声が出ず、軽く吐き気がしただけだった。


「でもよ、これは全部不幸なんだよ。幸せそうなだけ。しみったれた、所帯じみた苦労。なんでかってえと、親父は将来俺にも漁師になれということになるからだ。俺が高校出てまあ何年かぶらぶらして進路を考えようってときにつまんねえこというだろ。でよ、俺は漁師になるのはまっぴらごめんだと思ったわけだ。あんな夜遅く起きてよ、昼は寝てばっかりでよ。そこから始めたのがトビ。トビっていうのはまあ、くだらねえ仕事だよ。柱に上ったり。そんなの続かねえし、つまんねえ。でもな。その後がおもしれえんだよ」


話すことが楽しくて仕方がない年頃の娘のように目を爛々と輝かせて口角泡を飛ばし、東浦川はしゃべる


「なんと! 次に始めたのがメキシコとの貿易。なんでそんなのがはじめられたかってえと舎弟に友達になちょスっていうメキシコ人がいたから。そいつが教えてくれたルートで豚を輸入したのよ。で、その豚の腸には、まあお前らが気にはわかんねえだろうけど、超冷たいシャブが入っててよ。それを売って売って、一時期はウテウテだったんだよなあ。でもそれもうまくいかなくなった」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

電波食べ家族と異世界朝食戦争 @hadahit0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ