電波食べ家族の苦悩1
電波が僕の朝ごはんだ。
昼ご飯だってそうだし、夜ご飯だってそうだけど。
とにかく最初の食事の記憶だって電波です。
ニコラ・テスラ式の放電装置で丹念に作り上げた薄甘い電磁の球。
それを母さんがU型磁石ですくって赤ん坊の僕に食べさせてくれたのを、今でもはっきりと思い出すことができる。
僕が小学校に上がるまで、うちの家族はずっと川崎に住んでいた。
川崎にはJR東日本川崎発電所がある。父さんの職場はそこだった。
そこから毎日、おいしい電波を持って帰ってきてくれるのだった。
きっと給料はたまる一方だったろう。だって食費がただなんだから。
川崎は工業の町だ。発電所以外にも、石油コンビナートや大手メーカーの工場がひしめいている。幼稚園に通う僕の友達はみんな、そこに勤める人々の子どもだった。
「おい、アリ喰いって知ってるか?」
仲間内で一番のガキ大将だったタっくんはよくそう言った浅い知識を仕入れてきては、僕たち子分に予期せぬタイミングで問いかけるのだった。
「知ってるよ! 」
靴を飛ばすと同時に電化製品メーカーに勤める広岡さんとこの息子、いつも巨人のキャップをかぶっているヤスベがこたえる。
ああそうだ、いつもミスミ公園で遊んでいたんだった。ブランコ1つにジャングルジム1つに砂場も1つ。大きいものも小さいものも1つずつしかないひなびた公園。
「アリ食べる動物でしょ? 違う?」
「そうだよ! だからコウタもアリクイ!」
たっくんが靴を投げてケラケラ笑った。靴に入っていた砂がまき散らされる。
食べていたのはアリではなく、アリが湧くような暗いところに溜まった静電気だった。
昆虫の四肢がすり合わせられるところに生じる微細な電気を、僕はお腹が空いたら吸っていたのだ。
「そうだよ! だってアリは美味しいもん」
「変なやつだよ」
ヤスベはもう一足も中空へ飛ばす。ビニールテープでくっつけるタイプの19.5cmの靴。
転がったそれを拾ったのは、ドイツの人気児童小説『大泥棒フォッツェンプロッツ』のタイトルを飾る悪人(主人公じゃないんだなあ)を思わせるような、髭もじゃの大男だった。その重たい口ひげを持ち上げて、フォッツェンプロッツは、こう言った。
「おいおまえら、四つん這いになれ」
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