春雨でなければ



 昨日の晩から雨が止まない。


 窓ガラスを叩く音は頼りなささえ感じるほど弱々しく、見つめていても雨粒が細い。中途半端なその雨は実際自分のやる気をそぐ。外へ出るとして、傘を差そうか差すまいか、とても悩ましい状況だからだ。


 春雨なら濡れていくというのが昔の武士の心意気というものらしいが、残念ながら春雨と呼ぶにはすこし頑張っているものだから辛い。何を利益として捉えて選択するかという段階だ。


 たとえば濡れていくとする。背広は駅までの間でどれほど濡れてしまうか、出社ないし営業先に赴く段階で乾くだろうか?靴下は平気か?試しに手を差し出してみる。数十秒待って、手には少々水がたまっている。


 それならば、傘を差すとする。行きは少なくとも役立ってくれるが、午後はどうだろう。この調子なら確実に晴れる。そうなると傘はただ荷物になるだけだ。非常に居心地が悪い。


 その場合、折り畳み傘という選択が考えられる。が、自分にはこだわりがあって、使用した折り畳み傘は必ずビニール袋に入れて鞄にしまうようにしている。なるたけ店舗やオフィスに迷惑をかけたくないのだ。しかし、あいにくビニール袋の在庫が切れている。持って行ってもいいが折り畳み傘を鞄にそのまましまうと少し厄介だ。なるべくなら諦めたい。


 さあ、こうなれば濡れていくしかなかろう。シャツを着て、ネクタイを締めて、背広を羽織って、鞄を手に持ち玄関を出た。


 するとどうだろう、目の前が晴れたかのように、ひとつ思い出したことがある。




 今日はオフィスのあるビルが一斉停電だった。

 そう、今日は業務を行えなかった。


 ひとまず、新聞を回収し部屋に戻った。

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