第21話:そう言うことにしておきましょうか?
基本に忠実でアレンジなしのオムライス。
なのに、定番と言う名の安心感はなぜか消えていた。
「いただきます……はぁ」
緋色はオムライスを口に入れるとしばらくして動きを止めた。
「……」
「緋色? おーい、緋色さん?」
無反応は寂しい。
声をかけ続けると彼は何とも言えないような顔をして、
「あー、マズい。普通にマズい。甘いとか辛いとかじゃなくて普通にマズい」
「えー!?」
「野菜は生じゃないだけマシ。それでも油まみれで、ひどいありさま。形が悪いのはまだいいとしても、この味付けはないだろ」
「ふ、普通に作っただけなのに。そんなにマズい?」
朝陽はスプーンで一口すくい、口に入れる。
刹那、口に広がるのは……。
「な、なんか普通にまずい。うわぁ……まずっ!?」
「自分でも認めるだろ。これは料理じゃない。動物のエサだ。いや、それ以下だ」
「ぐ、ぐぬぬ……言い返せない」
口に広がるのは言葉にし辛い味がして、マズすぎる。
その一言に尽きる味。
味がしない所とする所のバランスが悪く、味付けも微妙。
本音で言えば、そのままお皿を放って投げ出しくなるお味でした。
「どうよ、自分で作ったマズい飯の味の評価は?」
「そ、そんな意地悪ないい方しなくてもいいじゃん。ぐすっ」
「これを昼飯にされた哀れな俺よりマシだろ。どうしろって言うのやら」
「ごめんなさい……ダメな私が何をしてもダメでした」
緋色に責められている朝陽を見かねて、奈保がそっと味見をする。
「料理のプロから見たらゴミ以下の味ですね、すみません」
「あー、なるほど。こういう味になっちゃったか」
「ごめんなさい。ダメダメな私がダメな料理を作りました」
すっかりと意気消沈して落ち込む朝陽を奈保は慰めてくれる。
「そんなことないわよ。味付けの仕方に少し問題があっただけだもの」
「ホントですかぁ? 手遅れじゃないですかぁ?」
「うん。これ、少し手を加えてもいいかしら?」
「いいですけど?」
奈保はもう一度お鍋に戻して、調味料をいくつか投入する。
あのマズいオムライスが美味しくなるとは到底思えないけども。
彼女は手際よくパパッと調理しなおして、再びお皿に戻された。
「どうぞ。朝陽ちゃんのオムライス・改」
「いや、改って言われても。あのマズさが改善されるとも思えん」
「いいから食べなさい。女の子が一生懸命に作ってくれた手料理を残すな」
母として息子の悪癖に文句を言う。
「すぐに女の子相手に意地悪する子なんだから」
「うるせっ。これは事実だ。まずい。それだけだろ」
彼は嫌そうな顔をしつつも、お皿に手を付ける。
「マズいものは変わらな……あれ?」
「どう、緋色?」
「さっきよりも断然マシ、というか美味い」
「えー!? あんな短時間でどんな魔法ですか、奈保さん」
朝陽も味見すると、さっきのマズさがどこへやら。
しっかりと味付けされて、十分に食べられる味に仕上がっていた。
「どこをどうすればこんなお味に? 魔法?」
「料理は足し算って言うでしょ。朝陽ちゃんは味付けがシンプル過ぎて単調な味になっちゃっただけだもの。料理って手の加え方でずいぶん変わるでしょ」
「奈保さん、すごいっ」
朝陽のダメな料理をここまで改善できるなんて、さすがはプロだ。
きらきらと感心と尊敬の目を向ける。
「あと、緋色。マズいを連呼しすぎ。せっかく作ってくれたのに失礼よ」
「マズいものはマズい。正直に言うのも優しさだろう」
「そう言うのは優しさって言わないの。ホント、乙女心に疎い息子だわ」
味が美味しくなったからか、緋色は残さずにオムライスを食べ終えた。
――完食されたのはいいけど、なんか悔しさも残ります。
結局は奈保マジックのおかげである。
「奈保さんってホントに料理が上手ですね」
「朝陽ちゃんも続けていれば上手になるわよ。最初は誰でも失敗するもの」
「お嬢は料理の才能がないんじゃね?」
「うぐっ。私の場合、ママに教わることもなかったから経験値不足は認めます」
せめて、もう少し料理ができれば緋色に認めてもらえたのだが。
朝陽は奈保の顔を真正面に向き合い、頭を下げる。
「奈保さん、私に料理を教えてください!」
「いいけど。私の指導料は結構高いわよ?」
「この人、お金とるのかよ! 我が母ながら強欲魔人だな」
「いくらですか? 私、こーみえて、お嬢様ですからお金はあります」
緋色が「払う気満々か!」と呆れた声をあげた。
――お料理教室に通うくらいなら彼女に教わった方が上達できそうだもんっ。
奈保は「んー」と、唇に手を当てる仕草をしながら、
「お金じゃなくて愛?」
「愛ですか?」
「うん。朝陽ちゃんに料理を教えてもいいけど、緋色のお嫁さんになってくれるという条件があるわ。それでもいいかしら?」
「よくねぇよ!? どんな条件だ、それ! 現金より高いわっ」
「お嫁さんっ。素敵な響き。はい、私、緋色のお嫁さんになります!」
「あっさり決めるな!? あと、俺の意見も聞けっ!」
叫ぶ緋色をよそに奈保は嬉しそうに笑いながら、
「快諾してくれたわね。緋色の未来のお嫁さんゲット」
「ふつつかものですがよろしくお願いします」
「朝陽ちゃん、可愛いし、素直だから私は緋色のお嫁さんにはいいと思うの」
「私、頑張りますから!」
「……お願いだからふたりさん。お兄さんの話も聞いてあげて」
すっかりとおいてけぼりの緋色がお疲れモードで朝陽達に嘆くのだった。
……。
ようやく、朝陽が喫茶店から出ていき、緋色は大きなため息をつく。
「ったく、ようやく帰ったか。あのお嬢め、余計な真似ばかりして……」
「素直で良い子じゃない。お母さんはああいう子、好きだな。可愛いお嫁さんね」
「……勝手に人の嫁にするな」
「いいじゃない。私、実は娘が欲しかったんだよねぇ。料理とか教えてあげたいってずっと思ったからすごく楽しいことになりそう」
奈保はすっかりと朝陽の事を気に入った様子。
娘が欲しかったというのは本当だろう、と彼は思う。
「緋色も満更じゃないでしょ」
「何がだよ」
「あれだけ美少女で、胸も大きくて、おまけにお嬢様。それに何より、あれだけアンタに懐いて好意をむけてくれるなんて」
思わぬ奈保の発言に彼は反論する言葉を失う。
「な、何を言ってるんだよ」
「どんなに鈍感男でもあれだけ大好きオーラ出されたら気づくでしょ。あれは本気で緋色に惚れてるわね、可愛い。緋色も性格悪いけど、案外モテるじゃん」
「モテてねぇし。お嬢に好かれても嬉しくねぇ」
ふて腐れながら、緋色はコーヒーカップを片付ける。
そんな様子を見ながら、奈保は「ホントに?」と尋ねた。
「お嬢は昔からガキのままだ。あんなお子様、ごめんだね」
「お子様なのはどちらかしらねぇ?」
「は? 俺の方がガキだっていいたいのか?」
「……女の子の成長に気づけてないだけじゃない? 緋色は素直でもなければ捻くれてるし。ホント、朝陽ちゃんもこれでいいのかと心配になるわ」
ひどい言われようだな、と緋色は肩をすくめる。
「意地悪ばかりしてないで、もうちょっと優しくしてあげなさい」
「十分にしてるだろ。これ以上は望まないでもらいたい」
「まだ足りてない。もっとあの子も緋色の事を好きになってくれるわ」
「別に好きになってもらわなくていいけどな」
「ふふっ。何だかんだ言いながらも、緋色だってあの子のこと、好きなんでしょ? 私、緋色があんなに楽しそうに女の子とお話してるのは初めてみたんだけどなぁ?」
「そんなことねぇよ」
母親からの追及に緋色は何も言いかえせず。
「そう言うことにしておきましょうか?」
「……しておいてください」
どこか気恥ずかしそうに目線を逸らすのが限界だった――。
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