第20話:私も真の実力を発揮するときです



 その後、忙しい午後のランチタイムが終わるまで、朝陽はお店のお手伝いをしながら過ごしていた。

 

「ありがとう、朝陽ちゃん。お皿洗いまでしてくれて」

「いえ、これくらいなら手伝えますし」


 緋色の傍でお仕事をしてる姿を見ていたかったのもその理由。

 ちゃんとお店を切り盛りしているんだって言うのも傍目でよく分かった。


「緋色は何気にお店の店長してるね。頑張ってるじゃない」

「その上から目線がムカつくな」

「見直してあげてるのに」

「お前にそんな評価はされたくはない」


 お昼時はそれなりに食事する人も多かった。

 お店は最後のお客さんが出ていって、しばらく暇な様子だ。

 

「お客さん、いなくなっちゃったね」

「だいたい三時くらいまでは暇になるから店を閉めることもある」

「そうなんだ?」

「腹減った。母さん、俺の飯を作ってくれ」


 そういうのは何だか普通の親子っぽい。

 

――何だかんだで、親子としては仲が良いんだなぁ。


 家族としての団欒だ。


「そうだ、緋色。私が料理作ってあげよっか?」

「は? 何の冗談だよ」

「さっき、私が料理もできないとバカにされていたのをお忘れですか?」


 お昼ご飯くらいなら朝陽にもできるはず。


――それに何より、緋色にバカにされっぱなしで悔しいのです。


 わずかばかりの自尊心が傷つけられているのだ。


「いいじゃない。朝陽ちゃんに作ってもらったら?」

「母さんまでやめろって。こいつを無意味に煽るんじゃない」

「朝陽ちゃん。こっちのあまりの材料で作っていいわよ」

「やった。ふふふ、緋色に私の実力を見せてあげるわ」


 キッチンスペースをお借りして、朝陽は料理を始めることになった。

 生暖かい視線を向けながら奈保は何かを食べている。


「頑張れ、朝陽ちゃん。もぐもぐ」

「待て、母さん。アンタ、今、何を食べてる?」

「お隣のパン屋さんで買ってきたエビマヨサンドイッチ」

「俺もそっちがいいわ! このダメ女の作る料理なんて不安過ぎる」

「可愛い女の子が手料理を振舞ってくれるって言うのに贅沢な子ねぇ」

「料理上手な女の子なら喜んで誘いも受けるがこのダメ女だぞ?」


 いい方がきつくて泣きそうだった。


――ホント、この人は失礼な物言いばかりだね。


 だからこそ見返したくなる。


「この私の作る料理が不安ですと?」

「不安にならない方がおかしいだろ」

「緋色は私の事を何もできないお子様扱いしてない?」

「扱いどころがそう思ってる。ちなみに最近、いつ料理したんだよ?」


 朝陽はうーんと考えて思い返しながら、


「多分、包丁を持つのは半年ぶりくらい? 高校の調理実習以来かも」

「頼むからやめてくれ!? うちの店のキッチンが悲惨な目にあいそうだ」

「ご心配なく。愛ある手料理を振舞ってあげるからね(はぁと)」

「マジで不安しかねぇよ。やめてくれー!」


 緋色の悲痛な叫びが店内に響き渡るのだった。

 

「ご心配なく。愛のために、私も真の実力を発揮するときです」

「実力って何もないのに軽々しく言うんじゃない」


 聞く耳持たず、やる気の朝陽はエプロンを借りてキッチンに立つ。


「えっと、包丁ってどう持つんだっけ?」

「まずはそこからかっ! 本気でやめて。お嬢、俺のお願いを聞いてくれ」

「大丈夫、大丈夫。手を切らない程度には使える、はず」


 本日のランチの余りである材料の関係で朝陽もオムライスに挑戦だ。


「皆さん、こんにちは。朝陽ちゃんのクッキングタイムのお時間です。なんと、今日はオムライスを作ります」


 脳裏にあの定番の料理番組のテーマソングが流れてる。

 ちなみにレシピは奈保からこっそり教えてもらいました。

 

「頑張って作るぞー。オムライスの作り方。材料はこちら。まずは野菜を切ります。えっと……あー、玉ねぎさんかぁ。私、これ苦手デス」

「みじん切りにするだけだろ」

「だって、涙がでるから。これ、抜いちゃダメ?」

「……やる気のない料理人だな」


 ニンジンにピーマン、玉ねぎ。

 定番の野菜を小さく切っていく。

 包丁は基本的にあんまり使った事がないので慎重になる


「おー、この包丁、切れ味がいいね」


 お家にある包丁と違って、軽く野菜が切れる。

 サクサクっと音を立て、簡単に野菜がみじん切りに。

 あまりにも切れ味がよすぎて、指が切れそうで怖くなる。


「こ、この子はキレすぎる。まるで妖刀みたい。ちょっと怖い」

「ビクつくくらいに怖いならやめろ。今すぐやめなさい」

「緋色は黙って見守っていて。私、緋色のために頑張るから」

「……見守りたくねぇ」


 手料理を待つ緋色のためにも頑張ると決めた。

 鶏肉を小さく切ったところで、切り終わった材料を確認する。

 

――あれー。どれもこれも何だか形がいびつです。


 それが自分の実力なのだと思い知る。

 経験値が低すぎた。


「なんかすごく汚い。あれ、もう少し形がマシだと思ったのに。なんで?」

「……」

「まぁ、食べるのは緋色だし。これくらい、いいよね?」

「全然、よくねぇよ! 食べさせられるこっちの身にもなれ」


 何だかんだ言いながらも食べてくれる気のようだ。

 

――えへへっ、嬉しい。


 内心喜びながらご機嫌になる。


「緋色に期待されてる。ここが踏ん張りどころ」

「期待なんてしてない。何事もなく無事に終わって欲しいと願うだけだ」

「……集中。朝陽、集中しま~す」


 ここからが肝心。

 深呼吸を一つして集中力を高めてから、お鍋に野菜とお肉を投入。

 油で炒め始めると香ばしい匂いがし始める。


「良い感じじゃない? 私、才能あるかも」


 なんて調子に乗っていたら油断厳禁。

 突然、油が軽くはねてびっくりする。


「きゃっ。油がはねた……アクシデントにより調理終了」

「するなっ! せめて、野菜に火くらいは通せ。生はやめろ」

「だって、怖いんだもん」

「俺はお前の作る料理の方が怖い」


 げんなりする緋色が寂しそうなので朝陽は調理を再開する。


「そうでした、緋色のために頑張ると決めた。これも愛のために!」

「あー、はいはい。何でもいいので食える物を作ってください」


 もはや、緋色の方は諦めたようで投げやりだった。

 野菜に火を通したら、ご飯を投入してケチャップ等々で味付け。

 あとは大きな卵焼きでくるんで出来上がり。

 

――おー、奈保さんの言う通りに作ったら初心者でもできました。


 それっぽく出来上がったオムライスを前に感激。


「はい、できました。ハートマーク付きのオムライスです」

「あらぁ、オムの部分はすごく上手ね? 手際もよかったし」

「昔からクレープとかホットケーキを焼くのが得意なのです。包丁使わないから」

「そういう所だけ無駄にスキルがあるのな」


 綺麗に卵でくるまれたオムライス。

 愛を込めて、ハートマークをケチャップで描いてみました。

 朝陽はオムライスを緋色の前に出す。


「どうぞ、召し上がれ?」

「?をつけるな」

「ちゃんと残さず食べてね」

「無駄なプレッシャーも与えるんじゃない」


 味の評価が気になるところ。

 奈保もお皿の品を眺めながら、


「見た目は良い感じじゃない。オムライスの形も綺麗だもの」

「騙されるな、オムの出来が予想よりいいせいで中身がさっぱり分からない。こいつの作るものだからオムの部分ですらぐちゃっとなってると思ったのに」

「小学6年生の時、クレープ職人を目指そうと思った事もある私ですよ」

「無駄な自信を持ちやがって……でも、手先が器用だったとは意外だ」


 スプーンを持ちながら躊躇う緋色に「食べないの?」と催促する。


「食べてあげなさいよ。お腹が空いてるんでしょ?」

「空腹であると言う事実を忘れそうになるほどに、危険だと直感が告げている」


 そこまで警戒されると悲しい。


「そんなことないってば。料理するところを見てたじゃない」

「そうそう。何も変なものを入れてる様子がなかったから大丈夫よ」

「問題はそこではないような……」

「文句ばっかり言わないで、食べなさい。冷めちゃうでしょう」


 奈保の後押しもあり、彼は渋々口をつけようとする。


「分かった。あーんしてあげよっか?」

「黙れ、お嬢。ひとりで食べられるわ」

「きゅーん」


 せっかくのチャンスだと思ったのに。

 こうみえて真面目に作ったのが初めての手料理。

 期待半分、不安半分。


「さぁ、実食をお願います。美味しいかなぁ?」


 朝陽の手作りオムライス。

 その味はいかに――?


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