第15話:この人、根っからの意地悪さんデス
秘密の話題は店内で禁止と緋色は話を強引に変えた。
弥子に対して、スマホを操作しながら説明する。
「そういや、弥子。あの件だけど、昨日、チェックしてきたぞ」
「あー、お願いしてたやつ?」
「一応、全ヶ所見てきた。写真もあるぞ」
「さすが山男。行動が早いわねぇ」
「それは誉めてないだろ」
「いえいえ。あの山を自由に歩き回れるのは感心してるのよ」
スマホで何枚か写真を見せる。
「なになに? ……これは何ですの?」
金属で出来た物体が錆びついてた。
「谷側の三番目と五番目の奴が劣化してたんであれは交換だな」
「そっか。分かった、小関のおじいちゃんに頼んでおくね」
「そうしてくれ」
どうやら、弥子に緋色が頼まれごとをしていたらしい。
「何のお話?」
「緋色君にお願いしてたの。この裏山にイノシシ用の罠が仕掛けてあるんだけどね。春になると、あの子達も出始めるからその前に罠が使えるかの確認をしてもらってきたの」
「へぇ、そうなんだ? 昨日、緋色に山で会ったのって……」
「その件だよ。まさかあんな場所でお嬢と出会うとは思わなかった」
半ば呆れ気味に緋色は悪態をつく。
本来は神社のある裏山は弥子の家が管理しているらしい。
人里の方に来ないように、いくつかわなを仕掛けているようだ。
今、彼女が妊娠していることもあり、代わりとして緋色が見回っていた。
「まったく、どこぞのお嬢様が田舎の森で迷子になってるとはなぁ」
「うぐっ。お世話になりました」
「アサちゃん、山の方に入ってたの?」
「はひ。緋色に助けられて無事に脱出できました」
そうじゃなかったら、今頃、遭難してたかもしれない。
――そして、クマさんに食べられてたかも!?
そう考えると緋色は命の恩人だった。
「そうなんだ。でも、危険だから気を付けて」
「そんなに危ない? 熊さんいます?」
「そういう意味じゃなくて、あの辺の山は地元住民以外は近づかない方がいいの。所々に動物用の罠もあるから迂闊に入ると怪我するよ」
「はーい。クマさんも出てきそうな気配もしてたもん」
熊と遭遇して襲われたくはない。
そもそも、迷子に二度も三度もなるのは嫌だった。
「さすがに熊は最近見てないなぁ。もっと奥の方なら別だけど」
「猟友会の駆除が時々あるくらいか」
「うん。去年は二匹くらい、駆除されたよね」
「そうなの? クマさん、怖い」
「実際に遭遇する確率は少ないから安心していいよ」
田舎では野生動物は農作物を荒らす天敵でもある。
自然と仲良く、と言うのは都会の人間が思ってるほど甘くはない。
「熊はともかく、イノシシやシカとかは普通にいるよね」
「私も見てみたい」
「その辺の山に入れ。すぐに見つかる」
「うちの神社でもイタチとか見るよ」
「可愛い?」
「可愛いというより、あっちこっちで悪戯するからムカつく」
見つけ次第追い回すのが弥子の役目らしい。
「それに、ジビエ料理とかも一応、この村の名物だし」
「ジビエ?」
「野生動物のお肉のことだよ」
「た、食べちゃうの!?」
「え? 普通に食べるよ? 鹿肉とか食べられるお店、この商店街にあるもの」
「……シカさん、可哀想」
あんまり野生動物に縁がないのでそう思ってしまう。
「イノシシさんも、シカさんも皆の食料に……ハッ、そのための罠!?」
「あー、違う違う。ああいう罠にかかると、鮮度が落ちるから食べないよ」
「せ、鮮度……食べないのに殺しちゃう。ひ、ひどい」
「なんか、ショックを受けてるな」
都会と田舎の受け止めた方の違いである。
「野生動物ってね、田舎じゃ畑の作物を食べたりする害獣だもの」
「確かに共存共栄は難しい所もある」
「可哀想だけど、戦う宿命にあるのよね」
「まぁ、適度に駆除するくらいがちょうど数的にもいいしな」
「そうそう。人のいる所に来ちゃった動物たちも悪い」
「ふーん、そう言うものなんだ」
改めて、田舎特有の問題を知るのだった。
――都会と違って、田舎って大変なんですね。
そういう意味では新鮮だ。
「アサちゃん、気になるなら今度、鹿肉でも食べる?」
「た、食べないよ!?」
「クセはあるけど、美味しいのに。シカの焼き肉とか」
「……想像させないでぇ」
シュンっとする朝陽を緋色が「お嬢に熊肉食べさせてぇな」と意地悪発言。
――やっぱり、この人、根っからの意地悪さんデス。
断固拒否する朝陽であった。
緋色のお店で朝ご飯も食べ終わり、外に出てのんびりと村を散策。
のどかな風景は記憶のそれとあまり変わらない。
自然豊かな村、町中から離れると、点々と家がある以外は森しかない。
「ほとんど変わらないのってすごいことかも」
都会なら一年でも大きく変わる光景もある。
気が付けば近くの空き地にはビルが建つ。
ここは違う、時間の流れがゆったりとしている。
「こっちの方が私にあってるかも。都会はスピードが速すぎて、ついていけません」
ペース的にも田舎暮らしの方が性に合ってるかもしれない。
「……あっ」
それは、昨日と同じ場所だった。
小川の流れる橋にもたれるように、杖をつく女性がひとり。
桜並木を眺める、その綺麗な横顔は憂いに沈んでいる。
「沙羅ちゃん」
朝陽にとって大事な親友。
今は距離ができてしまっているけど、またお話しできるようになりたい。
そのためには一歩を踏み出す勇気が必要になる。
「また拒絶されたら嫌だな」
小さく傷ついた心が朝陽に言葉をかけるのをためらわせる。
沙羅に何があったのか、どうして、あんな顔をしているのか。
よく空気が読めないと言われる朝陽でも。
それを直接、本人に聞くのには勇気がいるのだった――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます