第49話:猛クンを愛しているわ


 もしもの話である。

 淡雪が感情に任せて恋愛をすることができたとしたら。

 いったい、どういう恋をしていたんだろうか。

 自分の胸に手を当てて考えてみる。

 

――撫子さんのように心の望むままに、恋ができたら……。


 それはきっと、今以上に恋い焦がれて、思い悩む展開になっていた。


「私は猛クンが好きよ。ずっと今でも愛してる」

「はぁ!? いきなり告白ですか。私の恋人を口説かないでください!」

「私は猛クンと恋人ごっこをしていた間、本当に好きだったわ」

「――!?」

「付き合えるものなら付き合いと思っていたの。勇気がなくてできなかった」

「勇気があっても困ります。くっ、私の兄さんに手出しはさせませんよ」


 警戒心まるだしで、猛に抱きつきながら淡雪をけん制する。

 淡雪の突然の告白に唖然とするふたり。

 猛は口をぱくぱくとさせて言葉も出てこない様子だ。


「私には最後まで、できなかった。頭で色々と考えて、恋をすることを躊躇って。自分の立場とか考えたら恋愛も自由にできないと思いこんでしまったのね」

「それで実際に恋愛してたら、近親相姦です。貴方の母を悲しませる結末です」

「……確かに。そこだけは運命の悪戯としか言えないわ」

「されてたら困ります。運命どころか呪いの類です」


 男の子を大好きになった。


――初めての恋をしたのが双子の兄なんて、あの時は思いもしてなかった。


 最後の一線を越えてたら、きっとどうしようもなくなってたかもしれない。


「私が撫子さんみたいに感情で恋をしてしまうタイプなら、きっとお母さんを悲しませることになっていたでしょうね。それは悲しいこと」

「先輩ってブラコンだけじゃなくて、マザコンなんですよね」

「そうよ」

「いつも誰かに依存しっぱなしです。その年でせめてお母さん離れくらいはしたらどうですか。大人になってくださいよ」


 やられた仕返しに、嫌味っぽく撫子に言われてしまう。

 返す言葉もなく、淡雪は頷きながら、


「ブラコンはともかく、マザコンは仕方ないわ。私はお母さんが大好きだもの」

「……満面の笑みで言わないでください。」

「お母さんが世界で一番大好きです」

「普通に気持ち悪いです」


 若干引き気味の撫子だった。

 花壇に咲き乱れる花。

 朱色の世界に染まる綺麗な光景。

 この場所で彼女に言われた言葉を思い出す。


「以前に撫子さんは私にこう言ったわね」

「お子様ですって?」

「その話じゃなくて。クローバーにはもう一つの花言葉がある」

「あぁ、そちらですか。黒雪姫な貴方にお似合いの言葉だったでしょう」

「……復讐、か。過去、私の中に復讐心があったことも否定はできないわ」


 取り返しのつかない過去。

 淡雪が猛を嫌っていた、あの時期の事だけは……。


「嫌いだったことが私の中で好きに変わった。愛っていうのは不思議なものね」


 振り返れば、自分のしてきた行いは何だったのかと呆れかえる。

 嫌って、好きになって、どうしようもなくなった。


「常に好きな相手を意識し続けてしまう。好きも嫌いも意識する事に変わりがない。昔から今に至るまで私の心には一人の男の子がいた」

「……さりげに兄さんの事を“好き好きアピール”はやめてもらいませんか?」

「だって、本当のことだもの」


 淡雪は猛に近づくと、そっとその手を握る。

 男の子の手、淡雪の大好きな人の手からは優しい温もりを感じられる。


「な、なぁ!? 私の兄さんに何を……」


 その言葉を遮るように、彼の手を淡雪は自分の胸元に近づける。


「――この手で頭を撫でてくれる猛クンが好き」


 それは彼女の告白だった


「――私を甘やかせてくれる所も好き」


 これからも自分の中にある実兄への恋心は消えないだろう。


「――優しい笑顔が好き」


 ずっと、ずっと、これから先も。


「時々、情けない顔をするのが子犬みたいで可愛い所も好き」


 他に新しい人でも好きにならない限りは、きっと無理だ。


「――好き。誰よりも好き。たくさんの好きって気持ちが私にはある」


 だから、想いだけは伝えておかなくてはいけない。


「猛クンを愛しているわ。この気持ち、撫子さんにも負けないつもりよ」


 はっきりとした口調で淡雪はそう告げた。

 撫子は敵意全開で、顔を引きつらせながら、


「そ、それは宣戦布告と言う意味でとってもよろしいですね? 戦争ですよ」

「恋人になりたいとは言わないわ。私は妹だもの。それは受け入れるわ」

「まずは兄さんの手を貴方の自慢の胸に押し当てるのをやめてください!」

「ふふっ。これは失礼。はしたない真似をしてしまったわ」

「……兄さん。鼻の下を伸ばしたことについては後でお話ししましょう」

「え、冤罪だから!」


 たまには自分らしくない行動をしてしまうもの。

 手を離した淡雪はいい機会だからと、猛に本音を言う。


「だけど、猛クンを好きだと言う気持ちからはもう逃げない。妹だけど、愛し続ける。きっといつまでも……貴方が好きよ、猛クン♪」


 淡雪の告白に彼は顔を赤くして照れくさそうにしている。

 心に秘めた想いを、言葉にして伝えることの大切さ。

 想いを昇華して、受け入れて、淡雪は前にようやく進める。


「これは永遠の片思いなのかもしれない。妹が兄に恋をする。あーあ、私も撫子さんを笑えない、重度のブラコンね。ホント、どうしようもないなぁ」


 微笑みながら、「私もダメな妹ね」と自嘲する。


「ふ、ふざけないでください。兄さんは私の物です。ずっと、私のなんです!」

「……あら、独占しちゃうの? それはずるいわ」

「ええいっ、兄さんから離れてください、この女狐めっ。貴方は魔女です。これ以上、私の兄さんを籠絡するなんて真似をしたら許しませんよ」

「ふふっ。私も貴方みたいに少しくらい心で恋をしてみたくなったのよ」


 猛に抱き付いて必死に守ろうとする姿は可愛らしくも見える。

 いつだってこの子は愛のために必死だった。

 淡雪にはその勇気がなかった。


――でも、いつかは私も撫子さんみたいに心で恋ができるかしら? 


 赤い夕陽に包まれながら、淡雪はそんなことを思っていた。


――そうしたら、私も少しは成長できるのかもしれないな。


 ちなみに、当然ながら淡雪と撫子の関係は悲しくも悪化しました。

 

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