第44話:シスコンと言わずに何と呼びます?


 この世界の色が変わる感覚。

 淡雪が猛の実妹だということをほんの少しずつ受け入れていく。

 世界が変わる、それは周囲からの視線も変わるということ。

 淡雪達が双子の兄妹であるということはいつしか学内に広まっていた。

 クラスメイト達の会話から聞こえてくるのは、


「猛君と淡雪さんのふたりが兄妹だったなんて」

「でも、なんだか納得できるわよね」

「元から雰囲気が似てるって思ってたし。撫子さんとはまた違う感じだよね」

「……ただ、妹というより、恋人の方がしっくりとくるんだけど」

「というか、あのふたり。恋人同士って噂もあったよね」

「付き合ってたのはフリ? いや、それとも……?」


 困惑と疑惑、二人の関係に興味津々。

 ちなみにこの噂を流したのは淡雪の提案でもあった。

 本来ならば、大事なことだし、人に話すようなことではないけども。

 淡雪達の関係に妙な勘繰りをされるのも嫌だったので思い切って、真実を噂として流して周囲に伝えることにしたのだった。


「あら、また私達の噂されているわね」

「……飽きないねぇ。いや、もう噂の中心になるのは慣れましたけど」

「ふふっ。シスコン戦艦ヤマトさん?」

「その噂はやめれ。違います。キミにまで言われたら泣くよ、俺」


 肩をがっくりと落として彼は嘆く。

 撫子との噂から始まり、淡雪との関係まで噂になって。

 猛と言う男の子は学内において、ある意味、常に話題の中心にいる人物だ。


「淡雪はこれで本当にいいのか?」

「私、隠し事はするのもされるのも苦手なのよ」

「なるほど」

「下手な噂になるより真実を知ってもらいたい方なの。私達の本当の関係を隠し続けるのも楽しそうだけどね」

「……キミらしいな」


 秘密の関係っていうままでもよかった。

 ふたりの関係について、須藤家も大和家も淡雪達に任せている。

 これからどう生きていくのは自分達次第。

 

――私は猛クンの妹として傍にいる方を選んだ。


 ならば、関係も公にしておいた方がいいと思う。

 そんな淡雪の意見に彼も協力してくれた。


「もうすぐ夏休みよ。そうすれば、噂も自然と収まるわ」

「そう願いたいよ。夏か、何か予定は? 」

「……私、今年の夏はお祖母様について日本全国を回る予定なの」

「えっと、お祖母さんって仕事で忙しい人だったっけ?」


 淡雪は首を横に振りながら、


「お仕事の方は引退しているわ。でもね、影響力のある人だから未だにあちらこちらに行くこともあるのよ」

「周囲が放っておいてはくれない、と」

「うん。本人も仕事ばかりしてきた人だからやめられないみたい」


 あらゆる企業に顔の利く人だ。

 祖母いわく、自分が生きているうちに淡雪を一人前にしておきたいらしい。

 彼女はずっと経済界、ビジネスの最前線にいた人だ。

 一番理想としている人の傍で勉強したい。

 少しずつでいいから淡雪も彼女のようになれたらと思っている。


「私は須藤家の次期当主だもの。頑張らないといけないって思ったの」

「……将来は大企業の後継者か。すごいね」

「あら、他人事のように? 猛クンも私についてきてくれなきゃ嫌よ」

「はは、そうだな。俺は淡雪を支えていこうと決めたんだし。俺も頑張らないと」


 彼は進路を含めて、淡雪の傍にい続けててくれることを約束してくれた。

 

――これから先、どうなるかなんて分からないけども。


 心の底から信頼できる兄が傍にいてくれること。

 淡雪にとって安心感を与えてくれる。


「そういう猛クンのご予定は?」

「それが夏休みは撫子が何かしら、企んでいるようだ」

「企んでいるという、言い方が気になる」

「俺もだよ。何をしたいのかな」

「あの子の事だから何かサプライズでも考えているのかもね」


 変なことに巻き込まれないことを祈る。

 

「撫子さんと言えば、私はあまり好かれていないのが残念なところ」

「こればかりは相性がよろしくないのでは?」

「顔を見るなり、拒否感を示されるのはあんまりだと思うの」

「キミはあの子に何をした」

「イジメすぎたかしら。撫子さんともうまく付き合えていきたいわ」


 撫子を見るとつい、いらぬ事を言ってしまったりする。


「でも、私は悪くないと思うのよ」

「反省もしておられない様子」

「だ、だって、撫子さんって甘っちょろい考えのお子様じゃない?」

「言い方に気を付けて。あの子、普通に噛みつくよ」

「……その辺が相性の悪さなんでしょうねぇ」


 撫子と淡雪、相性の悪さはどうしようもなく。

 それだけではない。

 自分の中に未だに残り続ける恋心とも向きあわなければいけない。

 いろいろと前へ進むには乗り越えていかないといけない問題が多い。


「ちゃんと、私達の間に入ってくれなきゃダメよ。お兄ちゃん?」

「この場合、どちらかに恨まれる展開でしょ。それは嫌だな」

「そこはお兄ちゃんだもの。妹のために頑張ってもらわないとね」

「義妹と実妹の修羅場だけは避けたいな。仲良くしてもらえるように努力しよう」


 彼は苦笑いをすると、淡雪もつられて笑ってしまう。

 淡雪は結局、猛を“兄”と呼ぶことはしないように決めた。

 お兄ちゃん、兄さん、お兄様。

 呼び方をいろいろと考えたんだけども、どれもしっくりと来なくて。

 関係が変わっても、無理に彼女達が変わる必要もない気がした。

 それに、淡雪は“猛クン”という呼び名が気に入っているのだ。


「シスコンな貴方になら甘えられる。私をもっと甘やかせて欲しいわ」

「……あのね、シスコンと言う部分だけは訂正してもらえないかな?」

「違うの?」

「違いませんけど。俺の肩書きが最近、本当にシスコン扱いなので悲しい」


 淡雪に優しく微笑みを浮かべる。

 彼にだけは淡雪は本当に甘えられる。

 

――この人が好きだと言う気持ちは多分、一生消えてはくれないと思う。


 だからこそ、淡雪はその気持ちとも向き合って生きていくつもりだ。 


「妹にだけは超甘い。それをシスコンと言わずに何と呼びます?」

「妹想いの素敵なお兄さん」

「略してシスコンでしょ」

「一文字も略してないっ」

「いいじゃない。貴方はシスコンです」


 淡雪にそう微笑まれて言いくるめられてしまう。

 ぐぬぬと不満そうな彼に、


「心配しないで。私もブラコンだもの。お兄ちゃん大好き」

「……公言はしないで。俺、これ以上は敵を作りたくない」

「どうしようかなぁ、うふふ」

「こ、この妹、小悪魔めいた笑顔を浮かべてる。怖い子やで」


 兄妹であっても、なくても。

 須藤淡雪と言う少女にとって大和猛は大切な男の子なのだ。

 それはこれからも変わらない。

 それだけは事実だった――。

 

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