第43話:猛クンは素敵な男の子に成長したんだよ


 数日後、淡雪の家に猛が訪ねてきた。


『俺は淡雪を許すよ』


 彼はあんな事件があっても責めることなく、受け入れてくれた。

 双子の兄妹であったということ。

 彼は彼なりに受け止めて、一つの提案をする。


「これから友人のままでい続けるのか、それとも妹として接するのか」

「うん……」

「俺は悩んでいた。でも、ようやくそれを決めたんだ」

「どうしたいの?」

「キミには兄として接したいって思ってる」


 それは淡雪を妹として認めて、改めて関係を始めるということ。

 今までの様にはいかない。

 

「“淡雪”は俺の妹なんだ。俺から離れるなんて認めたくないね」

「……妹。それもそれで複雑な気持ちよ。私は貴方の妹になれるかしら」


 強く彼に抱きしめられる。

 淡雪はその腕に抱かれながら、我がままを口にした。


「ねぇ、猛クン。友人としての最後の我がままを叶えてもらえない?」

「なんだい? 」

「私の初恋を終わらせて欲しいの」


 叶わぬ恋ならば、せめて終わりくらいはつけてあげたい。

 初めて人を好きになった。

 その恋が終わるならば、


「私は貴方を好きだった、その気持ちを過去にして」


 心に区切りをつけたい。

 そうじゃないと淡雪は自分の気持ちと向き合えない。

 前へ進むための勇気が欲しい。

 

「兄妹なのに互いに惹かれあってたんだな」

「……新しい関係を始めましょう。そのために最後の未練を断ち切らせてよ」


 兄妹なのに恋をした。

 

――全く運命なんて信じた結果がこれだなんて、ひどい結末だ。


 笑ってしまうくらいに。


――だけど、この恋をした経験を私は無駄にしたくない。


 淡雪はファーストキスを猛に捧げる。

 大事な想いをこめて、キスをした。

 愛してる人がいる。

 その人が笑ってくれるとこちらも笑顔になれる。

 大事な人と唇を重ね合う。

 そのキスという行為に憧れてた。


――ずっとしたかった。


 淡雪は猛を兄だと認めて、現実と向き合うことを選んだ。

 これから先、淡雪の気持ちがどうなるのかは分からない。

 心の整理をするのはまだこれから先だ。

 きっと長い時間がかかるだろう。

 それでも、二人が選んだ道なのだから……。





 その日の夜の事だった。

 月が綺麗だな、と淡雪は思いながら屋敷の廊下を歩いてると、

 

「……淡雪か」

「お父さん? どうしたの、こんなところでお酒なんて」


 縁側に座り、日本酒で晩酌する父の姿がそこにあった。

 庭から見えるのは夜を照らす煌びやかな満月。

 昔から父はお酒が好きだ。

 いつだったか、「自分は弱い人間だから酒に逃げてるんだよ」と酔いながら言っていたことがあるのを思い出す。

 ずっとこの家では肩身の狭いを想いをして生きてきたのだ。

 酒に逃げたい事もあるはずだ。

 そこで酒に溺れずにいられるだけ、父は立派な人だと思う。


「こんなところで月見酒なんて珍しい」

「良い月だから、たまにはね。……猛に十数年ぶりにあったよ」

「え?」

「もう会うことはないと思っていた。息子にあえるなんてな」


 どうやら、淡雪の部屋からの帰り道に父と会ったらしい。

 まさかの再会に、普段は寡黙な父だが淡雪に想いを吐露する。

 感傷に浸る彼は「お前たちにはすまないことをした」と呟いた。


「あの子は強い。過去を受け止めて前を向ける。名前通りに強い子に育っていた」

「そうだね」

「私とは違った。私はこの家に生まれて、運命というものに抗おうとしなかった」


 須藤家の言われるがままに行動し、望まれるがままに生きてきた。

 父はその生き方をどう感じていたのか。

 それを語ることはないが想像することはできる。

 とても辛くて、自分の生きた道を悔やむ事も多かったはずだ。

 望み通りにならない人生、それを歩む事ほど辛いことはない。


「本音で聞かせて。お父さんは猛クンが家を出ていったことをよかったと思う?」

「子供を追い出してそれを良しとするのはひどい話だ。だが、彼の未来を想えばこの結果はよかったのかもしれない。身勝手な想いだろうがな」

「親が子を想う気持ち。お父さんもお母さんも、辛かったんだろうね」


 そして、追い出す形にさせてしまった祖母自身も。

 古い慣習に縛られて皆が辛い思いをした。


――誰もが苦しんで、悩んで。心に傷を負っている。


 本当に愚かで悲しい出来事が須藤家の歴史の過去にある。

 父はお酒を飲みながら月を見上げた。


「……あの子は私を恨んでいないと言った。それに救われた」

「猛クンはそういう子よ。人を憎まない。いい意味でも、悪い意味でも」

「親の私が子に救われるなんて情けないな。しかし、子供の成長と言うのは親にとって嬉しいものだ。あの子はちゃんとした男になっていた」


 子の成長は何よりも親を喜ばせるものだと言う。

 淡雪はまだ子供だ、親の気持ちなど理解できない。

 いつか淡雪にも子供ができたら、そう言う気持ちを理解できるだろう。

 

「猛クンは誰かを恨んで生きるより、誰かを愛していきたい人なの。人を嫌いになることなんてない、すごいわよね。私にはできなかった」

「いい家で過ごせたのだろうな。大和家と言う環境がそうさせたのか」

「……可愛い妹と頼りになるお姉さんがいるんだって。たくさん愛されて、たくさん愛して。猛クンは素敵な男の子に成長したんだよ」

 

 父は「そうか」と微笑する。

 その横顔に、息子の成長を素直に喜んでいるのだと分かった。


――複雑だろうな。私を含めて。


 月を見つめて、お父さんは過去に想いを馳せながら、酒を飲み続けていた。


「いつの日か、猛クンとちゃんとした話がしたい?」


 彼は何も答えなかったけども、心に秘めた父の願いが感じられた。

 月明かりに照らされて、垣間見えたのは穏やかな表情だった。

 手放した自分が望んではいけないことだとしても。

 いつか、分かり合えるかもしれない。

 そんなわずかな希望を抱いているのだ、と――。

 

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