第33話:撫子さんって私の事が苦手なの?

 

 ただいま、猛への女子の好感度が激下がり。

 かつては学年でも人気の男子だったのに。

 株価大暴落の理由は妹の大和撫子の入学だ。

 美人で素敵な女の子。

 彼のシスコン疑惑だけではなく、撫子のブラコンっぷりも半端なく。


――この兄妹、デキてる。


 その認識は少なからずの女性ファンの心離れを生んでしまった。

 元々、彼女の事を知っている淡雪は幻滅せずにすんだ。


――もう既に幻滅以上のものをしているわけだし。


 そんなわけで淡雪の興味は大和撫子と言う少女にある。

 彼女と淡雪は血の繋がりがあるのか。

 この点に関しては確実な証拠を持って“ない”と言える。

 淡雪の母が離婚したのは淡雪が2~3歳程度。

 その事から考えても、撫子と母の血縁関係はない。

 

――猛クン一筋、ラブラブな彼女は知っているのかな。


 彼が本当の兄かどうか――。






 学校の中庭の花壇は淡雪のお気にいりの場所だったりする。

 園芸部が丁寧に育てているため、とても綺麗で心が安らぐ。

 花を育て、手入れするのは結構大変なものだ。

 

「いつみても可愛らしい花たちだわ」


 花は見ているだけで癒される。

 そんな気持ちを抱いて、ここに来るのは淡雪だけではないようだ。


「あれは?」


 淡雪の視界に入ってきたのは漆黒の髪色。

 長い黒髪が印象的な和風美人、大和撫子。


「撫子さん?」


 彼女も同じように花壇を眺めていた。

 撫子とこれまで何度か話はしたけども、あまりこちらに好印象ではない。

 

――というよりも、彼女は他人と壁を作っている所がありそう。


 他人への興味が希薄。

 大好きな兄以外にはまるで興味なし。

 ブラコンっぷりもここまでくればすごいものだ。

 淡雪は彼女に興味を抱いて声をかけてみる事にした。

 

「こんにちは、撫子さん」

「……須藤先輩?」

「ふふっ。こんな場所で会うなんて奇遇ね。貴方も花が好きなのかしら?」


 淡雪の顔を見るなり、嫌そうな雰囲気を漂わせる。

 

「……そんな風に顔に出されたら私も傷つくわ」

「すみません。根が素直なもので」

「よく言う。撫子さんって私の事が苦手なの?」

「そんなことはありませんよ」


 棒読みで言われてしまった。

 かなり苦手の様子らしい。


「ふふっ。大好きなお兄ちゃんを取られないか心配なのね」

「私にとっては彼に好意を抱く存在はすべて敵ですから」

「それはよくないわね? 自分から敵を作るのはよくないことよ」


 人間だから相性があって当たり前。

 いがみ合うことはあるにしても、自分から他人を拒み続けるのはよくない。

 ただ、優しい男の子を勝手な思い込みで嫌いでい続けてた淡雪の台詞でもない。


「兄さんなんて誰でも優しさを振りまくので、こちらはいい迷惑です」

「お兄ちゃんのファンが増えて困るわけだ」

「なので、私は彼女達の目を覚まさせてあげてるんですよ」


 それがここ最近の撫子の行動の理由か。

 あえて、猛のシスコンっぷりをさらす事で、周囲の女子の好感度を下げる。

 

――この子も考えて行動してるんだ。

 

 その結果、猛ひとりが被害をこうむり瀕死状態である。


「猛クンと血の繋がりがある兄妹なのに、すごい愛情ね」

「血の繋がりなど私には些細な問題でしかありません」

「そこが重要じゃないの?」

「私達の愛の前には血縁なんて障害ではありません。誰であろうと、何であろうと、私と兄さんの愛を妨げることなんてできませんから」


 真っ直ぐな眼差しを前に淡雪は言葉を失う。 

 

――この子……かなり変わってる子かもしれない。


 一途な愛もここまで来るとすごいとしか言えない。

 素直に感心してしまう。

 

――私は……そこまで強い想いを抱けなかったかな。


 猛の事は好きでも、家の事情を理由にして一歩引いてしまうほどに臆病だ。

 淡雪にも彼女のような気持ちの強さがあればいいのに。


「……あんまりむすっとしてたら、可愛らしい顔が台無しよ?」

「ご心配せずとも、兄さんにはよく『笑顔が可愛い』と言われてます」

「そう? 猛クンは女の子に甘いからなぁ。私もよく言われたわ。『淡雪さんは笑顔がステキだね』って。彼の口説き文句の常套句なのかしら?」


 淡雪はあえて意地悪くそんなことを彼女に囁いた。


「へ、へぇ。そうなんですか」

「うん。同じような台詞を彼に言われた子って多いのかもね?」


 淡雪の事をあからさまに苦手としてる様子。

 こう言う子を見ていると、つい意地悪したくなってしまう。

 素直に反応するから面白い。

 すぐに頬を膨ららせて子供みたいに拗ねはじめた。


「……兄さんの女ったらし」


 小声で兄への不満を漏らす。


――この子の事が少しだけ分かった気がする。


 良くも悪くも純粋なのだ。


――猛クンと言う一人の男の子が“世界のすべて”。


 それゆえに、周囲を敵にしようがおかまいなし。

 彼の愛情を自分の物だけにしておきたい独占欲。

 その純粋さはひどく脆く危ういようにさえ思える。


「猛クンって結構な女好きだと思わない?」

「……引っかかる言葉を選びましたね?」

「女好きでしょ、彼? 普通の子みたいに性欲的な意味ではなくて。なんていうのかしら。女の子を無条件に甘やかせる所がある」

「兄さんは優しいだけです」


 淡雪は人差し指を立てて、彼女に言う。


「それよ。彼のその甘やかせるところって、逆に言えば、甘えて欲しいって事の裏返しじゃない。甘やかせて、甘えられて。彼は女の子を可愛がるのが趣味なのね」


 これまでの経験からそう感じていた。


――うちの結衣にはピッタリの相手かもしれない。


 甘える事が大好きな結衣と甘やかせるのが大好きな猛。


――ある意味、理想的な兄妹かもしれないわ。


 現実的にはすごくダメダメな兄妹になりそうだが。


「猛クンに甘やかされてるのは私も同じ。だから、つい甘えてしまう」

「須藤先輩が?」

「私は人に甘えるのが苦手なの方なの。そんな私ですら甘えたくなる」

「無自覚に愛情をばらまく人という意味では、理解できます」

「それも彼の魅力かしら」

「……はぁ。先輩も兄さんの無自覚な愛の犠牲者でしたか」


 彼女はくすっと笑いながら「どうでしょう?」とはぐらかす。

 猛を好きになった。

 その気持ちを彼女に伝えるつもりはない。

 微笑しながら淡雪は花壇に植えられている花を見つめながら、

 

「猛クンの家には百合の花がたくさん咲いているんでしょう?」

「えぇ。昔からずっと植えられてるそうです」


 猛の家の庭には綺麗な百合の花が多く植えられていると聞いている。

 淡雪自身も幼い頃に見た記憶がある。


「子供の頃、百合の花が嫌いだったの」

「え?」

「嫌な思いでがあったせいで、すごく苦手だった。花に罪はないのにね。百合の花を見ると今でもその頃の未熟な自分を思い出すわ」


 猛の事を嫌いになった記憶。

 そんな自分を思い出したくないから。


「逆に須藤先輩が好きな花は?」

「私は……シロツメ草。クローバーの花が好きなのよ。花言葉も素敵でしょ」


 クローバーの花言葉は4つの意味がある。

 

「愛、約束、希望、幸運。四葉のクローバーはもっと素敵で『私の物になってください』って意味があるのよ。私、子供の頃によく探してたわ」

「……先輩。クローバーの花言葉にはもう一つの意味があるのをご存知ですか?」

「いえ、知らないけども。何か他に意味があるのかしら?」


 彼女は意味深めいた言葉と共に不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「――その意味をぜひ調べてみてください」


 その微笑みの意味を淡雪は後に知ることになる。






「……くっ、あの子め。やられたわ」


 淡雪は苦い顔をして、花言葉の本を閉じた。

 図書館に寄り道して調べてみた結果。

 

「クローバーの花言葉。まさかこんな意味があったなんて」


 改めて調べてみれば、意外なものだった。

 

『クローバーの花言葉:復讐』


 他にこんな意味があったなんて、こんなの子供の頃に知らなくてよかった。


「まったく、復讐なんて可愛くないわ」


 今の淡雪にはお似合いの花言葉かもしれないけども。

 でも、どうして幸福の象徴みたいな花言葉の他にこんな意味があるのか。

 一説によると、幸福の『約束』を破ると『復讐』されるところから来てるそう。

 

「約束と復讐、か。表裏一体、幸福の反対は不幸だもの」

 

 花言葉の意味って思っているよりも奥深い。

 ちなみに四葉のクローバーが公園に多いのは踏みつけられることが多いせいだ。

 三つ葉のクローバーは傷つけられると再生しようと新しい葉っぱが生えて、あの四葉のクローバーになるらしい。


「なるほど。三つ葉のクローバーの花言葉は幸福。人は目の前の“幸運”を得ようとするあまり、足元にある“幸福”を踏み続けていることに気づかないってことかしら」


 案外、そういうものなのかもしれない。

 幸福とは小さな幸せの積み重ね。

 淡雪も日々の猛との時間を大切にしなくてはいけない。


「……久しぶりに四葉のクローバーでも探してみようかな」


 その時には他の葉を踏まないように気を付けて――。

 

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